第6話 泥の中の手探り
「……なんでだ~~~~……」
頭を抱えながら、泥だらけの田んぼの端にしゃがみ込む。
手のひらの上で、かろうじて拾ったわずかな穂が、ほろほろと崩れ落ちた。
村人たちは、畏怖とも憐憫ともつかない目でとわ子を見ている。
さすがに神様も失敗するらしいと理解したのか、ひそひそと声を交わしていた。
「ちょっと待って……なんで枯れたんだろ……」
とわ子は深く息を吐き、ぐずぐずになった髪を後ろでまとめ直した。
考えろ。
かつ丼のために。
まず、水だろうか。
田んぼの水位はどうだった?
多すぎた?
少なすぎた?
いや、そもそも……種を蒔いた時期が間違っていた可能性もある。
それから、とわ子は泥に手を突っ込んだ。
掴んだ土をゆっくりと握りつぶし、匂いを嗅ぐ。
「……栄養、足りてない?」
そんなことすら分からない。
だって、稲作は人間が数千年かけて積み上げた知識だった。
不死でも、無敵でも、万能じゃない。
とわ子は、ただの素人だ。
いい。
時間はある。
調べるしかない。
翌年。
今度は水位を少し低くし、種を半月遅く蒔いた。
だが結果はほとんど変わらなかった。
次の年は、川沿いの別の場所に田を拓いた。
腐った稲を放置すると病気が残ると、どこかで聞いたことがあった。
さらに次の年は、田を休ませて違う植物を育ててみた。
同時に、周囲の野草の根を砕き、緑肥の真似事もした。
水の加減を変え、種の選別を試し、田を三度作り直し、村人に繰り返し作業を教えた。
何度も失敗した。
苗が腐り、枯れ、吹き飛ばされ、食い荒らされた。
心が折れそうになるたび、とわ子は川辺で膝を抱えた。
思っていたより、ずっと面倒だとしみじみ思った。
けれど、毎年少しずつ結果は変わっていった。
穂が去年より多く、粒が去年よりしっかりとしている。
何が正解かは分からない。
ただ、失敗するたびに小さく学んでいくしかない。
「……うん、やればできる……はず。」
かつ丼歴、五年目。
ようやく、村の水田はそれらしい稲穂を揺らし始めた。
黄金色の穂先が風に鳴る音を聞きながら、とわ子は目を細める。
白飯の準備は、ようやく半歩前に進んだ。
それだけでも、少しだけ胸が温かくなる気がした。
この繰り返しの先に、きっとあの味があると信じた。
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