唐代七詩人・100回100点出さないと出られないカラオケルーム

セオリンゴ

第1話 李白、两日(ふつか)にして狂態を現す

 とあるカラオケルームに朗々と詩吟が流れて、すでに两日ふつか。ゆうに10人は入れるその部屋の扉は開かない。


 李白りはくは手にしたマイクをもう少しでモニター画面に叩きつけるところだった。杜甫とほが李白に飛びついた。

太白たいはく、落ち着け! そなたは束縛を嫌い、奔放を求める男だ。が、今、我々は志を同じくして、この部屋を脱出するのでなかったか!」

 李白のあざな太白たいはくが口をついて出るのは杜甫とほの友愛の賜である。が、その太白たいはくは羽交い絞めにした杜甫とほの腕の中で叫んだ。

「俺は閉所恐怖症なんだあぁぁぁ! いい加減ここから出してくれぇぇぇぇ!」


その隙に王維おうい李白りはくの手首をひねり、白居易はくきょいがマイクを奪い取る。李白りはくは吠えた。

「ああ、もう誰が俺たちをこんな部屋に誘いこんだんだ! 出てこい! 脳天かち割るぞ、ゴルァ!!」


 その時である。部屋の隅で影のように立っていた李商隠りしょういん白居易はくきょいからマイクを受取り、自身の代表作『楽遊原』をじっとりねっとり吟じ始めた。壮年の彼は不遇な官僚人生のためか、いささかやつれていた。しかし、持前の幽玄と艶情をずしりと乗せた詠いっぷりは見事だ。


 向晩意不適 (夕刻になって気分はふさぎ)

 驅車登古原 (馬車を駆って、古来の高原に登る)

 夕陽無限好 (夕陽は限りなく素晴らしい)

 只是近黄昏 (それは一層の夕闇が近いために)


完全にアカペラの世界である。吟じ終えて58回目の100点が表示されたところで李商隠りしょういんはばったり倒れ、「大唐が滅びる、大唐が滅びる」とうわごとを繰り始めた。


 王維おういが手巾にペットボトルのミネラルウォーターをふりかけ、李商隠りしょういんの額に当てた。

「さすがに気力が尽きたのであろう。我々は丸々两日、ここに閉じ込められているのだ。幸い、食事は注文できるし、厠もある。相手が機械であるのは理不尽だが、さりとて怒りで壊してしまっては本末転倒であろう、李太白りたいはくよ」 


 李白は杜甫の腕を振り払い、ソファに突っ伏した。

「俺だって分かっちゃいる。分かっちゃいるけど、自分の詩を自分で詠んで100点出ないのが悔しいんだよぅ~~」


ほとんど泣きっ面である。それを白居易がほっほっと軽くいなした。

「詩仙といわれた李白どのが、こうも面白い男とは」


 白居易は李白の死から10年後に生をうけ、全く面識がない。反対に李白と杜甫と王維はほぼ同時代を生きた。特に杜甫と李白はともに一年半も旅をするほどの仲だ。3人は唐代玄宗皇帝の世に育ち、開元の治と呼ばれる盛唐の時代、それを打ち壊した安史の乱という地獄を経験してから世を去った。逆に白居易は安史の乱が収束したあとの、ゆっくりと唐が衰退する時期に生きた。


 ちなみにカラオケルームの面々は、王維が699年生まれ、李白が701年生まれ、杜甫が712年、白居易は772年、杜牧803年、李商隠821年である。


 李白は拗ねてみせる。

「ぺいっ! 俺と違って朝廷にお仕えするのが上手かった楽天(白居易の字)さまに言われたくねえよっ!」

 どうやら世代格差に経歴格差が便乗して、下っ端の宮廷詩人を短期間務めただけの李白の憤懣が頭をもたげていた。彼は商人の出自ゆえに官吏登用試験の科挙を受験できなかった。その悔しさは名門出身の白居易には分かるまい。

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