第47話 自暴自棄な推しを救い出せ!!

 日向は、鷹見とあんこの前でスマホを差し出した。

 その画面には、夜街からの最新のメッセージが表示されていた。


「……これが、昨晩届いた連絡です」


 文字は短く、しかし、明らかに切迫した雰囲気を持っていた。


《兄の死亡が確認されました》

《もう、全て終わらせるために、ダンディーズに乗り込みます》

《私が命を使ってでも、この闇を終わらせます》


 画面を見た瞬間、空気が凍った。


「……探していたお兄さんが亡くなっていると知って、自暴自棄になっているな」


 鷹見が淡々とつぶやいた。

 声の奥に、微かな焦りが滲んでいた。


 彼女は、視線をスマホからあんこ、そして日向へと移し、ゆっくりと口を開いた。


「夜街は、ダンディーズの暗殺組織に一人で乗り込み、そして――死のうとしている」


 しんと静まり返った会議室に、言葉が突き刺さった。


「もしかすると、自分の死と、これまで調査してきた性加害の記録や証言をセットにして、一種の“遺言記事”として世に出そうとしてるのかもしれない。

 少しでも社会に衝撃を与えるために」


 鷹見の言葉が終わるやいなや、あんこが立ち上がった。


「そんなこと、許さない」


 その声には、はっきりとした怒りがこもっていた。

 目の奥で燃える炎は、涙を含んでなお、消えることはなかった。


 あんこにとって、夜街という存在はただのVTuberではなかった。

 

 どれほどの孤独を救われたか。

 自分がいじめられて、母親に家に閉じ込められて、世界に居場所がないと思っていたとき、夜街の配信がどれだけの意味を持っていたか。

 

 そんな彼女が、今、希望を捨てるかのように死地へと向かおうとしている――それが、耐えられなかった。


「私、止めにいきます」


 その言葉は決意に満ちていた。だが――


「待って」


 鷹見の鋭い声があんこの背を止めた。


「あなたが一人で行って、止められると思うの?」


 まっすぐに問いかける鷹見の視線は、あんこを試しているようでもあった。


 しかし、あんこは食い下がらなかった。


「だからって、ここで指をくわえて待ってろっていうんですか?」


 目と目がぶつかった。

 沈黙が落ちたその瞬間、会議室の空気はぴんと張り詰めていた。


 そんな中、鷹見は、にやりと口角を上げた。


「……ここは暗殺事務所。

 今、あなたがニジライブから、うち――火影に移籍するなら、あなたを全力でサポートできるわ」


 その言葉に、あんこは思わず眉をひそめた。


「はあ!? 今そんな話、してる場合じゃ――」


 怒鳴りかけたが、口をつぐんだ。

 自分の感情とは裏腹に、理性の部分がその言葉を捉えていた。


 ――一人で行っても、無理だ。

 夜街は、命を賭ける覚悟で動いている。

 しかも相手は、ダンディーズの裏側――芸能界最大大手と結びついた暗殺組織。

 正面からぶつかれば、返り討ちにされるのは目に見えていた。


「……クソ、わかりましたよ!!」


 頭をかきむしりながら、あんこは鷹見が差し出してきた移籍契約書に目を通した。

 数行目を走らせただけで、もはや意味を取るのも面倒になり、

「ああぁぁぁあ!もう、わかった!」

と叫びながら、ペンを取り、勢いよくサインをした。


 サインが終わるのを確認すると、鷹見の口元はさらに深く吊り上がった。


「ようこそ、火影へ」


 指を鳴らす――パチン、と乾いた音が室内に響いたその直後だった。

 奥のドアが次々に開かれ、スーツ姿の男女が一斉に会議室へと流れ込んできた。


 数は優に二十を超える。

 一部は明らかに戦闘訓練を積んでいる肉体、また一部は軽装備に背負ったナイフ、銃、変装用の道具類――。


 さらには、かつて“しろさぎ高校”に所属していた、異形の雰囲気をまとった元暗殺者たちまで含まれていた。


 その異様な光景に、日向が目を丸くした。


「こんな……人数が……」


 鷹見は振り返り、あんこを見つめた。


「あなたの暗殺者としての特技は?」


 その問いに、あんこは数秒考えたのち、静かに答えた。


「気配を消しての……侵入、ですかね」


「いいわね」


 鷹見は満足げにうなずき、すぐさま手帳を開いた。


「すぐに作戦を立てる。あなたはその間に、装備と心の準備をして」


 あんこは、深く、強くうなずいた。

 あんこは深呼吸をして、気合いを入れ直した。 

 夜街を取り戻すために――

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