第48話 迎えに行くお王子様だ!!
一方その頃――
夜街は、ダンディーズが抱える暗殺事務所の一室に捕らえられていた。
かすかに鼻を刺す血の臭いがまだ残るその空間で、彼女は椅子に拘束され、うつむいていた。
その頬に残る細かな傷と、制服に染みついた黒ずんだ血の痕が、突入の激しさを物語っていた。
一昨日、日向に最後の連絡を送ったその夜。
夜街は単身、ダンディーズの中枢に踏み込んだ。
暗殺者数名を相手に、手加減など必要なかった。
格闘、ナイフ、銃撃――
彼女はすべてを武器にして戦った。
しかし多勢に無勢。
その数人を仕留めた直後、待ち構えていた増援に囲まれ、あっけなく捕まった。
今や、死体はすでに処理され、床も清掃されていた。
だが、その空気にはまだ――火薬と鉄と、殺気の“余韻”が残っていた。
「殺さないんですか? こいつは」
そう問うたのは、見張り役の一人。
手には軽く血の滲んだ包帯が巻かれていた。
社長と呼ばれる男――四十代後半、小太りで整ったスーツに銀縁の眼鏡をかけた男――は舌打ちをした。
「殺せるわけないだろうが……こいつはニジライブの主力だぞ」
苛立ち混じりに言い放った。
「こいつを殺すってことは、ニジライブと全面戦争ってことだ。業界全体がぐらつく」
続けて、吐き捨てるように言った。
「それに――こいつはダンディーズの“秘密”を握ってやがる」
部屋の空気が、さらに重たくなった。
そんな中――
「社長! 社長ッ!!」
突然、部屋の外から叫び声とともに一人の団員が飛び込んできた。
息を切らし、顔は真っ青だった。
「“火影”の野郎どもが……かちこみにきました!!」
「なにっ!?」
社長は立ち上がった。
額に汗を浮かべながら、困惑の声を漏らした。
「なぜだ……なぜ火影が……あいつらは、まだ弱小の事務所で、中立の立場じゃないのか……!」
しかし、そんな混乱を振り払うように、次の瞬間には怒声が飛んだ。
「野郎ども、戦闘準備だ!! 配置につけ!!」
団員たちは一斉に立ち上がり、武器を手に取った。
「うおおおおお!!」
雄叫びのような怒号が響き、戦場の熱が事務所全体を支配した。
だが、その混乱こそが――
絶好の機会だった。
誰も気づかぬ中、あんこがすでに侵入していたのだ。
空気のように気配を消し、ダクトから、あるいは裏口から――
その潜入ルートは明かされることなく、彼女は無音の影として、内部へと滑り込んでいた。
敵の目はすべて、正面突破してくる火影の襲撃に向けられていた。
だからこそ、あんこは――まるで幻のように、その奥の部屋へとたどり着けた。
夜街はそこにいた。
椅子に縛られた夜街。
かつて、そして今も自分が推し、そして助けられた、あの歌姫が。
その姿を目にした瞬間、あんこの心は――ふるえた。
(待ってて、今、助けるから)
そんなあんこの姿を見つけ、夜街の目が見開かれた。
「あ、あんた……なんでここに……」
声を出すまいとしながらも、驚きが押さえきれず、思わずそう口にした。
その声はほとんど息に混じったささやきに近かった。
あんこは眉をひそめ、小さく人差し指を立てながら、囁いた。
「助けに来たに決まってるでしょ!」
夜街の眉がさらに寄った。
困惑と警戒が混じったような表情だった。
「……あんこ一人じゃ無理だよ。逃げて。お願い……!」
その声には、夜街らしからぬ弱さと焦燥がにじんでいた。
だが、あんこはきっぱりと言い返した。
「――あんたが一人で突入するからこうなったんでしょ。今助けるから」
そう言って、あんこは迷いなくポケットから小型ナイフを取り出し、夜街の手首を縛っていた紐をスッと切った。
ほどかれた腕がだらりと落ち、しびれたように動かなかったが、それでも自由を取り戻したことに、夜街の目が少し見開かれた。
「これ」
あんこは懐から一丁のハンドガンを差し出した。
その黒光りする金属の塊を、夜街は戸惑いながらも受け取った。
「鷹見さんたちが、表からかちこみに来ます」
あんこの声は、今までになく静かで、そして凛としていた。
「そのタイミングで後ろを向いた団員たちを、私たちでやりますよ」
夜街はしばし言葉を失い、あんこをじっと見つめた。
そしてようやく、驚いた声を漏らした。
「鷹見が……?」
あんこは真っすぐにうなずいた。
「そうですよ。
みんな、あなたに助けられるシンデレラじゃなくて、迎えに行く王子様なんですから」
その言葉に、夜街の眉がぴくりと動いた。
そして、急に真顔になった。
「え……私のセリフで、かっこつけて、すべらないでよ……」
そのツッコミに、あんこはほんの一瞬固まった。
続けて、わずかに顔を赤くした。
「えっ……ええ!? いまの、決まってたと思ったのに!」
照れと焦りが入り混じった表情を浮かべながら、あんこは視線を逸らした。
しかしすぐに、気を取り直したように、ピンと背筋を伸ばした。
「……切り替えていきますよ! 夜街さん、立って!」
あんこの言葉に、夜街はようやく頷き、ゆっくりと立ち上がった。
その直後――
「突入ッ!! 全員、自由気ままにぶち殺せッ!!」
鋭い声が、扉の向こうから響いた。
それは鷹見の号令だった。
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