第40話 彼女は光のステージから一人、闇へと向かう…!!
闇ノ美狐のターン
披露したのは――
"VTuberあるある・歌ってみたメドレー"。
唐突な機材トラブルをメロディに乗せて、
配信中の地獄ASMRを汗だくになって撮っている状態を情熱的に歌い上げ、
コラボ相手が遅刻したのを笑いながら配信するも、どうやって時間を潰して話を考えて回すか、焦っている心情を歌で吐露した。
「おはよーございま“あ”しゅ……くっ、詰んだ~♪」
「マイク! ノイズ! ノイズ! ノイズ祭りィ~!」
完璧なリズム感とテンポの良い台詞まわし、そして繰り広げられるバカバカしさに、会場は腹を抱えて笑った。
コメント欄も
「腹よじれるww」
「神ネタ回w」
「公式でやる内容じゃないwww」
と大盛り上がり。だが、彼女が最後に見せた笑顔は、どこか本気だった。
「笑ってもらえたら……それが、わたしの勝ちかなって思ってるから」
続いて現れたのは、黒と蒼を基調としたステージドレスに身を包んだ歌姫、夜街だった。
彼女がマイクを持った瞬間、空気が変わった。
先ほどまでの笑いの渦はすっと静まり、息を呑むような静けさが包んだ。
BGMが流れ出す――
オリジナルソング『月華の誓い』。
その歌声は、まるで冷たい湖に一滴の雫を落としたように、澄みきっていて、深く、そして美しかった。
高音のファルセットから情熱的なサビ。
言葉一つひとつが感情に満ちていて、まるで一人ひとりの心に語りかけてくるようだった。
画面越しに涙ぐむファンも続出し、コメント欄には
「やっぱ夜街やばい……」
「心洗われた」
「語彙力死んだ」
と、感動の嵐が吹き荒れた。
歌い終わった夜街は、静かに一礼し、ただひと言。
「皆さんの心に……ちゃんと、届いていたら嬉しいです」
ステージ上にふたりが並んだ。
一人は、ネタと笑いの全力エンタメ。
もう一人は、感動を静かに届ける真の歌姫。
この真逆のふたりに、観客は同時に拍手と歓声を送った。
そして、司会のポンコツみこがマイクを持ち――
「ええとええと! いま、集計をしたところ……っ!」
ぽんっ、と謎の煙が出て、司会台が倒れる。
「うわあああ!? な、なんでこんなときに~~!」
一拍おいて、サブ司会がマイクを引き継いだ。
「結果発表です。最終競技、歌バトル……引き分けです!!」
\ワアアアアア!!/
観客の歓声が爆発した。
こうして、すべての競技が終わった。
V界の二大陣営、ニジライブとホロサンジによる史上初の大型コラボイベント――
V対抗・バーチャルカップは、拍手と歓喜の中で幕を閉じた。
ステージの幕が下りる瞬間、夜街が闇ノにぽつりと言った。
「私、あなたの歌……すごく好きだったよ。楽しかった」
「そ、そっちこそ……反則級でしょ。感動しすぎて、泣きそうだったじゃない」
ふたりは微笑みを交わし、別の陣営に戻っていった。
それぞれの歩く先に、それぞれ、配信者として未来がある。戦いがある。そして、まだ見ぬ波乱があるだろつ。
だが今夜だけは、誰もが笑顔に包まれていた。
バーチャルカップの閉会式は、そんな空気の中、終わりを告げた。
歓声の余韻とともに、控え室にはゆるやかな静けさが訪れていた。
あんこは、まだ心臓の鼓動が高ぶっているのを感じていた。
あの大舞台で堂々と名乗りを上げ、秘密結社Assaxとして爪痕を残した。
その達成感と充実感は、胸いっぱいに広がっていた。
そこへ、静かに、夜街が歩いてきて、そして、あんこの肩を叩いた。
「……よくやったわね。あなたたち、ほんとうに立派だった」
突然の賛辞に、あんこはぽかんとした顔を浮かべ、その後、顔を真っ赤にした。
「え、なに……いや、えっ、素直に褒められるとすごく恥ずかしい……」
推しに直接褒められるなんて、昔の自分は想像できただろうか、そう思うと感慨深く、涙が溢れきた。
シャチ女はそんなあんこの様子に吹き出し、園田もくすりと笑った。
夜街はふっと微笑み、柔らかくまぶたを伏せた。
(……最初は、この子たちを自分の作戦の駒にするつもりだった。だけど――)
目の前で笑い合う三人の姿は、夜街から見たら、もはや“兵器”でも“戦力”でもなかった。
夢を語り、配信を楽しみ、ファンとつながって生きていく、ひとりのVTuberたちだった。
(……彼女たちは、あの光の世界で生きている。私のような影が巻き込んではいけない)
「これからも、楽しんで配信してね。あなたたちらしく」
そう言って、夜街はそっと背を向けた。
「もういっちゃうんですか?」
その一言に、夜街は振り返らず、片手だけ手を振って去っていった。
誰にも気づかれないように、楽屋裏の通用口から外へ抜け、暗い路地裏へと消えた。
そこは、人目を避けた静寂が支配する場所だった。
夜街は、ジャケットの内ポケットから一枚の名刺を取り出した。
彼女はスマホを取り出し、名刺に書かれた番号にコールをかけた。
数秒後、通話が繋がった。
「……夜街です。例の作戦、単独で遂行します」
通信の相手は動揺の色を隠さず言った。
《単独? チームを使わないのですか?》
「使いません。今回は私ひとりでやる。
――彼女たちは、もう巻き込まないから」
《だが、それはリスクが――》
「承知の上です」
夜街はきっぱりと言い切った。
目の奥には、今までの彼女にはなかった決意が宿っていた。
「協力は要請します。
ただし、現場には私ひとり。
……必要なのは、あくまで裏の道具と足場の支援だけです」
《了解した……だが、くれぐれも“彼”には気をつけろ。あの組織は、既に動いている》
「ええ。だからこそ、私が止めなきゃいけない」
通信を切った夜街は、ふうっと夜空にため息を吐いた。
空は雲が流れ、月がちらりと覗いていた。
彼女の姿は、そのまま夜の奥へと消えていった。
誰にも気づかれることなく、誰の名も呼ばず、ただ一人。
そうしてこの夜から――夜街れいせいは、表のすべての連絡網から姿を消した。
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