第6話 Vデビューまでぼっちなんて辛すぎる!!

「……え……嫌です」


 あんこは、ぽつりと呟いた。


 それは、拒絶というには弱すぎて。

 しかし、受け入れるには痛々しすぎる、小さな抵抗だった。


 けれど、その一言は、山郷社長の眉間にシワを刻ませるには十分だった。


「……といってもね……」

 彼は額に手を当てて、深く息を吐いた。


「メンバーが集まらなくて」


 視線を天井に向けたまま、山郷は続けた。


「夜街さんが……どうしても、“秘密結社の原石”しか入れたくないって言ってね。

 スカウトした子を、何人も門前払いしてるんですよ。書類選考すら通らない…」


 ——またかよ、この女。


 あんこは、無言で夜街れいせいを睨んだ。


 その視線に気づいた夜街は、どこ吹く風とばかりに、

 腕を組み、どや顔で社長の横に立っていた。


 まるで、こう言いたげだった。

「だって、妥協したら負けじゃない?」


 (……この、男性アイドル落としのアバズレ野郎が)


 得意げな顔がむかついた。

 こっちはお前のせいで人生狂ってんだよ、と、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。


 そんな火花散る視線戦をよそに、山郷はさらに言葉を重ねた。


「しかしですね、いまのニジライブの流れとしては、あんこさんには早めにデビューしていただきたいんですよ。

 タイミングが命ですからね」


 そう言いながら、彼は二通の書類を机の上に広げた。


「そこで——」


 目を伏せていたあんこは、顔を上げた。


「秘密結社グループとして5人揃ってからデビューするか、

 あるいは、あんこさんが“総帥”という立場で先にデビューして、仲間を探していくっていう設定で始めるか。

 どっちか、選んでください」


「ええええええ!? 私が仲間を探すんですか!?」


 思わずあんこは叫んだ。

 アイドルの世界に入りたかっただけなのに、なぜダンジョンのパーティーリーダーみたいなことをさせられるのか。


 しかし、山郷は冷静そのものだった。


「あ、いや。仲間はこっちで探しますよ。」

「あくまで“設定”なんで。」


 その瞬間、あんこの中で何かがふわっと抜け落ちた。


 (そっか……わたし、また……作られたキャラになるんだ)


「……あんまり、そういう、設定とかっていうのは……」


 小さな声が、会議室の壁に飲まれていっま。


 ——でも、拒否はできなかった。

 これが、夢を叶えるということ。

 これが、“あっち側”に行くということ。


 かくして、津島あんこのデビューは、決まった。


 暗殺者として、そしてVTuberとして。

 津島あんこの新しい名前が、ついに与えられた。


 ——黒羽ヨハネ(くろば・ヨハネ)


 ■黒羽ヨハネ:キャラクター設定

 ○役職:秘密結社AssaX(アサックス)の総帥。


 ○カラー:

 深い紫を基調に、黒と銀がアクセント。ミステリアスで知的、だが少しドジで天然。


 ○キャラクターデザイン:

 艶のある黒髪にパープルのグラデーション。

 ハーフアップの髪型に、三日月型の髪飾り。瞳は左右色違いのオッドアイ。


 ○衣装:

 燕尾服をベースにしたハイブリッドな軍服風ドレス。

 片腕だけアーマーがついており、秘密結社らしい"技術者的"なディテール。


 ○口調:基本はクールで尊大、自分のことは"吾輩"、部下は"眷属"と呼ぶスタイル。

 ただしテンパると語尾が崩れるギャップもあり。


 ○裏設定:

 元は孤児で、組織に拾われ、数々の任務を通して頭角を現した天才少女。

 現在、世界征服の準備中


 ——という設定。


 あんこは、そのプロフィールが刷られた資料を眺めながら、スタジオの休憩室でペットボトルを抱えていた。


(私……こんなキャラ、演じきれるのかな)


 着替えたばかりの練習着。キャラカラーである紫の服に変えただけで、なんだか、嬉しさと緊張感が重くのし掛かっているようだった。


 そこへ、みこ——いや、みこ先輩がやってきた。


「ヨハネちゃん、紫色、似合ってるにぇ!」


「みこ……先輩……。あの……私、緊張してきました……やばいです……」


「わかるにぇ〜! デビューってほんと、心臓バクバクだよね〜! わたしなんて、最初の“にゃんはろ〜”のイントネーションで3時間悩んだもん!」


 みこ先輩の軽いノリに、あんこの顔も少しほころんだ。

 しかし、そのときだった。


「黒羽ヨハネさん、こちらへどうぞ」


 スタッフの女が無表情で呼びに来た。

(あれ……名前で呼ばれるの、地味に怖い……)


「ファイトだにぇ~」


 そう応援するみこ先輩を背に、あんこは向かった。


 導かれるままに通された奥の部屋。

 そこは照明も暗く、妙な圧が漂っていた。


 机の上には、一枚の書類。


 その中央には、女の写真が貼られていた。


 目元には深いクマ。びん底メガネをかけ、前髪で顔の大半を隠している。

 シャツはシワだらけ、表情も冴えない——見るからに陰キャだった。


「……この子……?」


「ええ」


 スタッフの声は、妙に明るかった。


「あなたとデビュー日が同じ。前世でちょっと有名だったみたいで、注目度があるのよね。」


(……嫌な予感)


 そのスタッフは、笑顔のまま、机の引き出しから一丁の銃を取り出した。


 カチャリ、と音を立てて安全装置を外し、

 そのまま机に"トン"と置いた。


「だから、始末してきて。」


 にっこり笑うその顔が、照明の下で、影と混ざって、化け物みたいに見えた。

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