子供になりきれなかった大人たち

@sotsuwa

第1話 二度と開けない扉

 薄暗い部屋に2人きり。チクタクチクタクと、秒針の音だけがうるさくこだましている。カーテンのすき間からは光が漏れている。どうやらもう朝がくるようだ。

 ベッドの上で2人きり。散らばるように寝転がったまま、話すこともなく、お互いに視線をやることもない。それがどれだけ虚しいことなのか。きっと2人ともわかっているはずなのに。

 女がのそりと起き上がって、先ほどまで見ていたスマホをベッドに放り投げる。そしてそのまま、部屋を後にした。

 取り残された男は、ふと女の投げたスマホに目をやった。ロックがかかったままの画面に表示されたのは、女の綺麗な写真。カフェを背景に両手でピースをし、うっすらと笑みを浮かべている。かわいらしいというよりも、きれいの一言に尽きるだろう。かっこよささえも感じられるような、そんな写真。

 それを見て男は薄ら笑いを浮かべた。別に怒っているわけではない。だっていつものことだから。一緒に行ったカフェ。一緒に撮った写真。それなのに切り取られて1人しか写っていない現実。別に楽しそうにしていなかったわけではなかったのに、雲のように流れていって掴めやしない。彼女は自分を、他の人には知られたくないようだった。


 はじめはちょっとした気まぐれだった。【れいや】と【れいな】。名前が似てて、なんか面白いなって。だから何回かデートを重ねて、なんかいい雰囲気になったから、付き合ってみた。それだけ。

 多分それは僕だけじゃなくて、れいなもそうだっただろう。僕に興味がないのは丸わかりだったし、今相手がいないからってだけで僕を受け入れただけ。きっとそんなとこだ。

 れいなは基本的に他人を自分のテリトリーにいれるのを好まない。もっとわかりやすく言うのであれば、友人を家に入れたがらないのだ。今までれいなは女友達でさえ、ひとりかふたりしか家に入れたことがないという。

 そんなれいなも恋人という立場に気を遣ったのか、僕だけは家にあげてくれる。それももう、何度目だろうか。結構な回数お邪魔していると思う。

 れいなの家の扉を開けて入るたびに、ああ、れいなにとって僕は特別な存在なんだなって。そう思うから、きっと僕は幸せなんだろう。……きっと。

 れいなが朝食にしようと僕を呼ぶ。僕のことが知られたくないのなら、わざわざ切り取った写真をロック画面に貼り付けなくとも。他の写真にすればいいだけなのに。そんな疑問にもならない疑問は、こだますることもなく今日も飲み込んだ。




 別れよ。翌日、チャットで送られてきた短いそれ。僕は抵抗することもなく、すんなりと受け入れた。だってわかっていた。僕らにこれ以上進む道がないなんてことくらい。それは別れと言うにはあまりにきれいで、前を向いたと言うにはあまりに醜い。

 沈む夕日が窓の外から主張する。君といた瞬間、僕の心には確かに日がさしていた。それが暗闇に通じていることも、毎日太陽が昇ったり降りたりしてるんだから、知ってたさ。次に進むことを夜明けだというのなら、結局のところ、僕には朝なんて必要なかったわけだ。

 僕に必要だったのは、たった一つの考え。扉はもうひらけないんじゃなくて、ひらかないんだ。わかってるよ、わかってる。

 ああ、もう、夜が来る。だから、だから今だけは。ほんの少しの間、寝かせておくれ、昨日の太陽。

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