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「あたしさ、越境通学組なんだけど、高宮は知ってたっけ」

「そうなのか?」

「じゃあ、いま知ったな。よしよし」



 まだ目の前にいる女が何を言っているか分からないような顔をしている高宮に、あたしはさを添加した声色で呟いた。



「中学時代のあたしって、すっごい地味でさ。他人と喋んのも嫌いっていうか苦手だったんだよ。本当は、自分だって他の子たちと仲良くしたかった。でもそれ以上に(こんな自分と仲良くしたいと思ってくれる子なんていないだろう)って、最初っから勝負を投げてたところがあるのね」

「なら、途中から一念発起したのか?」

「一年生までクソ陰キャだったやつが、いきなり二年生からパリピを気取れるわけないやん。だから中学時代は〝最初からなかった〟ことにする決心をしたわけよ。勉強以外にやることなくって中学時代の成績はよかったから、いっそ地元の子たちが来ない遠くの高校に進んで、第二の人生スタート、本当のあたしデビュー……ってやつです」

「与田にとっては、今の自分が本当の自分なのか」

「高校入ってから、勇気出して自分から話しかけに行ってみたら、なんであんなに苦手意識持ってたんだろうなーって感じ。そういう意味では今のほうが自分に対して素直になってるかな。少なくとも中学時代のあたしなら、いきなり高宮に話しかけたりしなかったよ?」



 あたしを拒絶しきっていた高宮の心に張り巡らされた防壁に、僅かなヒビが入ったのを感じる。ハナから住む世界が違うと思っていた女の子が、実は今の自分と同じ道程を歩んできたのだ……と知った瞬間、どこか不思議な仲間意識のような楔が打ち込まれた。そのことに高宮本人だけが気づいていない。


 あたしはその楔をさらに深くまで届かせようと、つちを振るう。



「あたしができたんだから、高宮にできない道理なんかないと思うけど」

「そんなのは〝できるやつ〟の台詞なんだよ」

「でも、それは〝何もしてないやつ〟の台詞でもあるんじゃね?」



 図星を突かれた高宮は、反論できずに黙り込む。数日前は確かにあたしが負けた。あんたにあんなふうに主導権を握られるなんて思ってもみなかったせいで、思わず涙まで流してしまった。


 女の子を泣かした罪は、あんた自身をもってあがなってもらわなければ気が済まない。



「そもそも、高宮はどうして自分に自信が持てないん?」



 高宮の前の空席に腰を下ろし、椅子の背もたれを抱くように彼のほうへ向いた。彼の瞳が左を見ても右を見ても、さらには下の机の天板をにらんでも、あたしのほうにだけは絶対に向かなかった。


 自分の髪の先をくるくる指で巻いて言葉を待っていると、やがて高宮は初めて自供する犯人みたいに、ぽつりと呟いた。



「他人に対して、うまく感情表現ができないから」

「はぇー。心の蝶番ちょうつがいがうまく動かないってわけだ」



 やっと高宮の視線があたしを向く。まじまじと眺めてみると、彼は少し黒色が濃い瞳をしている。



「蝶番?」

「感情の開け閉めがうまくできないってことじゃん。ボロいドアみたいに。――あぁ、高宮は知らないと思うけど、この階の女子トイレの奥から二番目のドアは、閉めるのにコツが要るんだよ。蝶番がぶっこわれてるから」

「ああ、鍵は上に引っ張りながらスライドしないといけないよな」

「違うって、逆だよ。下に押し付けながら――って今、さも知ってるみたいな口ぶりで言ったの、何なん」

「適当に喋ってるから」

「なんでさ」

「与田みたいなやつと喋るなら、これくらいがちょうどいいと思って」



 とっさの受け答えが稚拙なあたり、いかにも他人とコミュニケーションをとった経験が薄いやつの特徴が表れている。


 まあ今はどれだけ薄くても構わないけど。

 今は、な。

 これからうんと濃くして、あたしが飲むのに飽きる濃さまで達したら、排水口へジョロジョロ流してやるんだ。



 これは復讐なのだ。あんたはあたしの青い季節を彩る、冷たいカルピスの一杯でしかない。にもかかわらず急にあたしのお腹に手痛い一撃をくれやがって。もう二度と、中学時代のように惨めな学校生活に戻されないためにも、主導権はあたしが握っていないといけないのに。



 ある意味、あたしの心の蝶番も、すっかりバカになっている。

 その自覚はある。

 だからって、今更他人の手で閉ざされるわけにいくものか。


 昼休みが終わる予鈴まであとわずか。あたしはさらに深く、攻め入った。



「さては、高宮ってさ」

「なんだよ」

「――本当は他人と喋ったりするの、好きなほうなんじゃない?」



 周囲と関わり合いになりたくないような顔をしたり、考え事とかなんとか言いつつ、教室でいつまでも一人佇んでいるのはそういうことなのではないか。そもそもあたしが最初に高宮へ狙いを定めた理由はそれだった。誰かと話してみたいけれど、自分から話しかけに行く度胸はないから、向こうからアプローチしてくれるのを待っている。自分に自信を持てない人間は、得てしてそういう着信専用の電話みたいなムーブを選びがちだ。本当に他人を拒絶するタイプならば、休み時間は教室を出るなり、留まるにしてもずっと机に突っ伏したりしそうなものだが、いつもそうせずに教室の自席に居座り続けている高宮は、いかにもそういうタイプのような気がしていたのだ。


 そしてそれが紛れもない事実だったことは、いま、あたしの前で目を見開いている高宮自身が証明してくれている。



「本当はクラスメイトと気軽に言葉を交わしたい。可愛い女の子と甘酸っぱすぎて唇がお尻の穴みたいになっちゃう青春を送りたい、とか思ってんでしょ」

「もっと食事どきに聞いても問題ない喩え方をしろよ」

「まあ可愛い女の子と送る青春は、これから始めるからいっか」



 ワンテンポ遅れて、高宮の唇から「――え?」という言葉が漏れる。いいねいいね。YouTubeのショート動画でよく観るリアクションだよ。



「青春がなんだって?」

「あたしがあんたの蝶番に、感情という油を差したげるよ。ぬるっぬるになるくらい」

「それをして、与田になんの得があるんだよ」

「だって、気持ちいいじゃん。ずっと引っかかりがあってうまく開かなかったドアがすいすい開くようになるのって」



 口にすればするほど、スルスルッと自分の中で合点がいった。どうしてあたしは、いまいち冴えない男がそれなりに外向的になった瞬間、飽きてしまうのか――について。



 だって、考えてみたら簡単な話だったんだもん。

 黙ってたってスイスイ開くドアに、いちいち興味なんか持たないんだよなあ。



 だからあたしがスムーズに開くように直してあげて、そうしたらあたしもそのドアに興味なんかなくしちゃうけど、ドアはこれからもパカパカ開くようになるからみんな幸せでよかったね――って、これ全然フォローになってないな。

 でも、少なくとも今の高宮にする話ではないと思った。どこか諦めたような、それでいて安心したような笑みが口元にこぼれている。花壇を踏み荒らすならよそでやってろ、と冷たく言い放っていた時が嘘のようだ。



 さて、あたしはどれくらいの期間をかけて、高宮の心の蝶番を直してやれるだろうか。そして今回も、その目的を果たした瞬間に見向きもしなくなってしまうのか。それは今の段階ではあたしも高宮も、きっと誰にも分からないことだ。


 高宮は肩の力を抜きながら、言った。



「僕は古い扉か」

「古いね。現代は外向的で勝手に開くドアが主流なの。斜に構えて生きてたって、そのまま誰にも気にしてもらえず斜めに滑り落ちていくだけだよ。……でも、高宮は運が良かったね」

「なんでだ」

「あたしに目をつけられたから」



 なんだよそれ、と肩の力を抜いた高宮はようやく、はっきりと笑顔を見せる。

 ありゃりゃ、あんまり簡単に開いちゃっても困るんだよな。それじゃ張り合いがないもん。


 でもこれは、あたしのテクニックが向上しすぎたという説も捨てきれない。ただ、高宮は昔のあたしを見てるみたいで、簡単に放ってはおけない。



 だから、まあ。


 これまでの恋人よりは親切丁寧なアフターサービスを提供してあげてもいいかな、なんて。




/end/

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ココロのヒンジ 西野 夏葉 @natsuha

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