第7話
「始め。」
その声に、フィアルカもアルテミスもしばらく相手の動きを読もうとしていた。しかしアルテミスはいくらか苦労しているようだ。感情が表情に出ず、体が小さいゆえに初動も小さいフィアルカの動きは読みにくいのだろう。先に動いたのは、やはりヴァイオレットだった。足払いをかけようとして、姿勢はだいぶ低く保たれている。アルテミスは、フィアルカから見て左に避けた。しかしフィアルカはそれを見越していたかのように右足から左足に軸を変えて、アルテミスに足払いをかける。アルテミスは慣れた様子で跳んでそれを避け、さらにフィアルカの上に降り立とうとした。しかしフィアルカは一瞬で距離を取る。
「戦場を疾く駆け巡れ、血の滴る獲物はすぐそこに。グレイシャル・ウォルフ。」
詠唱と同時に、蒼い狼がアルテミスに向かってかけていく。アルテミスもそれに対して魔法を放つ。
「すべてが凍る、銀世界。氷の精よ、静寂を。アイス・シュティレ。」
狼に罅が入り、砕け散った。氷の結晶が宙を舞い、一瞬視界が悪くなる。アルテミスは表情を僅かに歪めた。この戦いで視界が悪くなるのは相手に再び先手を許すこととなる。
「手加減は無用、か。」
つぶやきの内容に警戒し、距離を詰めようとしていたフィアルカは目を見開いて距離を取った。
「戦地を駆け巡るは氷の友。リエス・パートナー。」
アルテミスの隣に、大きな馬が現れた。その体は青く、氷河を連想させる。
「あれは魔物じゃないが、今は敵とみなす。いくぞ、ケルレウス!」
向かってくるアルテミスに、フィアルカはため息をついた。そして彼女も詠唱する。心に浮かんだ、そのままに。
「戦地を駆け巡るは、魂の友。ソウル・パートナー。」
フィアルカの隣に、馬が現れた。普通の馬よりも小柄で、氷のように半透明である。
「初めまして。よろしくお願いします。今は親交を深めるよりも、戦闘に集中しましょう。」
ひらりと飛び乗り、手綱を使わずに足だけで上手に馬を操る。大きな弧を描きながら、再び相手の動きを読み合う。始めに動いたのは、今度もフィアルカだった。
「軌跡は光り、結晶と散る。ミチオール・ストレーラ。」
手の中に現れた氷の弓矢をすっと引き、放った。アルテミスは避けようとするが、その速度に間に合わない。矢はとん、とアルテミスに当たり、落馬させて消え去った。フィアルカはその様子を見るために馬から降りた。肩が上下しており、疲労の色は濃い。アイリスが興味深げに近づき、問いかける。
「まじか…ヴァイオレットは馬も作れるのか。名前は?」
アルテミスも起き上がり、その答えを聞こうとする。しかしアイリスの問いに、フィアルカは首を傾げた。
「名前、ですか?考えていませんでした。なにせ今初めて作ったので。」
アイリスの動きが固まった。アルテミスも呆れて空を仰ぐ。彼らの反応を気にせずに、フィアルカは馬を消した。
「あの、変なこと言いましたか…?」
ため息が後ろから聞こえて、フィアルカは振り返った。ジニアが手で額を抑えていた。
「あの馬、初めてで作れる精度じゃないのよ。あなたの魔法の精度はもうわかったわ…多分、この場の誰よりもいいってことがね。」
フィアルカはぽかんとしていた。不意に褒められて照れているのが半分、驚いて声が出ないのが半分だ。
「アイリス。新人がここまで魔法の精度がいいのは初めてだな。それと、馬を作れる見習いは今までいたか?」
アイリスは驚きのあまり、無言で首を振った。未だに驚きから立ち直れなさそうなので、アルテミスは二人に指示を送った。
「今日は寮に戻って体を休めておけ。明日からは訓練が始まる。ヴァイオレットには魔力の精度に対して体力が足りない。そこを徹底的に強化する。」
フィアルカは、嫌な予感にぶるりと身を震わせた。はい、とつぶやくように返事をして、ジニアの後を追う。
「ちょっと待て。」
アルテミスに声をかけられ、フィアルカは振り向いた。アイリスも慌てているように見える。
「なんでしょう。」
話しは終わったはずなのになぜ呼び止められたのかわからず、フィアルカは首を傾げた。アルテミスはムッとしたようで、僅かに眉をひそめていた。ジニアも足を止め、振り返る。
「お前はなぜ女子寮に行こうとする。男子寮は反対側だ。」
フィアルカは瞬きをした。なぜそんなことを言われるのかわからなかったからだ。
「なぜ、と言われましても、僕の寮はこちらでしょう。」
アルテミスは理解不能という顔でフィアルカを見た。
「だからそっちは女子寮と言っているだろうが。」
フィアルカも理解不能という顔でアルテミスを見る。
「ですから僕の寮はこちらです。」
アイリスはやっと理解したらしく、吹き出すのをこらえていた。ジニアもその様子を見て事態を飲み込んだしたらしいが、会話している当の本人たちは気づいていない。
「お前は男だろう。男は男子寮に入るべきだ。」
フィアルカはアルテミスの言っていることが本当に分からなくなり、つぶやいた。
「僕は女ですが。」
アルテミスは驚愕のあまり固まった。アイリスとジニアは、笑いをこらえきれなくなって吹き出し、爆笑している。ジニアはもちろん、上品に笑っている。
「もう寮に帰ってもよろしいでしょうか。」
フィアルカの不機嫌な問いに、アルテミスは無言で頷いた。完全に上の空で、今なら何を言っても許可されそうだ。
「では、失礼します。」
軽く頭を下げて、フィアルカはスタスタと寮に向かい始めた。ジニアも未だに笑いながらそれについていく。二人の姿が見えなくなってから、アイリスはアルテミスの肩に手をおいた。
「それ、一番間違えちゃだめなやつだよ。」
アルテミスは、その言葉にとどめを刺されてその場に座り込んだ。アイリスはしばらく経っても動かないアルテミスを担ぎ、寮へと運んでいった。
その姿が噂になったのは、また別の話である。
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