嫉妬と羨望

 スマホが振動している事に、明美はしばらく気が付かなかった。

 

 虚ろな目で画面を眺めている。

 手が操作しているのだが、自分でも何をやっているのか、よくわからない。

 画面の中で、もう何度も見た映像を再度流しているのだが、見慣れてしまったのか特に感情は湧かない。粛々と作業を続ける。

 そういえばこの動画、アップロードしただろうか?

 

 そもそも、なんでこの動画を見ていたんだっけ……。

 それにしても……体、だるいなぁ……。

 頭が重い……ズキズキする……。

 パソコンの見過ぎかなぁ……。

 あれ……?

 ……私、一体いつからパソコンの前にいるっけ?

 ……お腹すいたなぁ……。

 お母さんと最後に話したの、いつだろう……。

 でも……編集しなきゃ……。

 自分の……夢の……ために……やらなきゃ……。


 義務感と頭の中で響く声に従って、淡々と終わりのない作業を繰り返す。

 もう一度、スマホが振動した。


 ……うるさいなぁ。一体誰だろう。


 目を落とすと、スマホの待受画面が目に入る。

 明美と誰かが、顔を寄せ合って笑っている画像。確か高校デビュー直後の写真だ。ぼうっと眺めているうちに、頭の中で、ぼやけた記憶とズレた視覚が、段々と重なっていく。


 …………あ……。


 それが由紀子だ、と確信を持つまでにだいぶ時間がかかった。

 スマホを手に持つと、繁々と画面を見つめる。なんだか、ひどく懐かしい。

 

 おかしいな……いつも学校で会ってるのに……。

 ……学校……?

 あれ?今って、休みだっけ?


 考えようとすると、思考が形になる前にぼやけて、雪解けのように消えてしまう。

 明美は頭を振る。

 

 そういえば、由紀子と最後に話したのはいつだろうか。

 

 いつも……由紀子の方から話しかけてくれてたのに……最近、連絡もくれないなんて……。

 

 少しだけ、心に不快なさざ波が立つ。

 

 由紀子は、いつだって私の味方だった。私が一番つらいときに、一番近くで話を聞いてくれた。

 なのに、少し学校を休んだだけで、連絡もくれないなんて……。

 

 それが「不快さ」ではなく、「寂しさ」だということに、明美は気づいていなかった。

 再び、スマホが振動する。


 もう……一体なによ。


 そう思って、メッセージアプリを開く。

 見慣れたアイコンとメッセージが表示されて、何の気なしに開いた。


 ――ねぇ、アッキー!これ見てみて!


 由紀子からのメッセージには興奮した様子の短い文章と、自慢げな姿のスタンプが添付されている。

 URL表示が画像に変わる。明美がなんとなくタップすると、そこには由紀子と級友達が楽しそうに何かをしている姿が映っている。明るい音楽を使っているが、撮影方法はなんの変哲もない動画だった。

 

 一瞬、明美の頬が緩む。ふざけ合ったり滑稽な素振りをする友達の姿に、しばらく触れていなかった日常を感じた。

 でも、そこに自分がいない。

 由紀子の隣にあるはずの自分の席が、他の誰かで埋まってしまっている事に、少しだけ苛立ちの火が灯る。

 続けて届いたメッセージを見ると、明美の中で、少しずつ炎のゆらめきが大きくなっていく。


 ――この動画、バズっちゃった!私、ちょっとした有名人!


 見ると確かに閲覧数は万を超えている。いいねの数も随分多い。

 何でこんな動画が……と思いつつも、沸々と明美の中のストレスが増えていく。体を抱きしめるように、椅子の上で両膝を抱く。

 

 何でこんな時に限って……。

 

 親指の爪を噛む。なんで私がいないときに限ってこうなるのだろう。歯がゆさを感じて足の膝をすり合わせる。

 私が一緒にやっていれば、もっとインパクトのある動画にできたし、自分のアカウントのアピールもできた。

 由紀子も由紀子で、やる前に少しくらい相談して欲しかった。それに、活動がうまくいってない私に、わざわざ自慢げに見せつけてくるなんて。


 明美の猜疑心が、少しずつ、歪に形を変える。


 由紀子はひょっとして……以前から私を見下していたのだろうか?

 

 動画制作で四苦八苦する私をみて、柊先輩と同じ様に、くだらない努力と心で笑っていたのだろうか?

 そういえばこの間、由紀子は黒子と同じ様に、動画をやめろみたいなことを言っていた。

 一番の理解者だと……一番のファンでいてくれると思っていたのに、ショックだった。

 小さい時に私と一緒にいてくれたのも、目立たない私が横にいた方が、由紀子が優越感に浸れるからだったのだろうか。

 

 ああ……きっとそうに違いない。

 

 だから、高校に入って目立ち始めた私を、うとましく思っていたんだ。

 だから、うまくいかなくてつらい私に、こんなふうに自慢気に優越感を見せつけてくるんだ……。

 

 疑問が猜疑に、猜疑が嫌悪にすり替わり、嫌悪が攻撃性を呼び起こす。

 胸を締め付けられる思いがして、相手を無茶苦茶に黒く塗りつぶしたくなってくる。

 その昏い感情に抵抗するほど、頭が重くなり、息苦しくなる。

 だからいっそ……むせぶような黒い感情に身をゆだねてしまった方が楽になれると、最近知った。


 だから……そうしよう。

 

 ごめんね……ユッコ。

 あなたが悪いんだよ?

 ずっと友達でいられると思ってたのに。

 ……ううん、違うね。

 これからずっと、私の中でユッコと二人きりになれる。

 あなただけは特別。

 他の子とは別にして、ずっと、私の中にしまっておいてあげるね……。

 

 こういうのを何て言うんだっけ?

 そうそう、「善は急げ」だ。

 明美はスマホを両手で持つと由紀子に向かってメッセージを打ち込み始めた。


 

 …………………………


 

「…………かかった。」

 石上がすっと目を開いて椅子から体を起こした直後、由紀子のスマホが着信音を立てた。

 由紀子は不安げな目で読子と石上の方を見てきたが、読子が頷くと由紀子はアプリを開いた。


「明美さんからのメッセージ?」

 と石上が問うと、由紀子は頷く。

「今晩、動画を一緒に撮らないか……って。」

「よしっ……!何とか騙せたようだね。あとは誘いに乗った明美さんから『忌み物』を祓うだけだ。」

 石上はここまでが計画通りに進んだことに、満足そうにソファーによりかかった……。

 

 

 明美がメッセージを受け取る数時間前、石上は読子と由紀子を自分の事務所に連れてきた。

 

 事務所の扉を開けると、フランクな格好の男が一人、パソコンの前に座っており、石上は自分の友人だと紹介した。

 年恰好は石上と同年代に見えたが、読子たちが緊張しながら「こんにちは。」と頭を下げても、「……うっす。」の一言でまたパソコン画面に顔を戻してしまった。

 

 読子が何か失礼をしたのかと困った顔をしていると、

「ああ、気にしなくていいよ。彼、いつもあんな感じだから。」

 と石上は言った。

 はあ……と困惑しながら石上の勧めたソファーに座った二人に、石上は今後の詳細を説明した。

 

 事前に、由紀子から元になりそうな動画ファイルをもらって、石上の友人がそれに細工をしていた。

 石上いわく、術だけだと、ネットに詳しい人間や勘のいい人間であれば、違和感を感じてフェイクと見破られてしまう。

 誰がみても騙されるくらいの土台を作る必要があるんだよ、と石上は言った。

 騙した後に検索されてもいいように、一時的にネットに細工をする念の入れようだ。無論、事件が終わったら動画そのものが消えるところまで織り込み済みらしい。


「いやぁ、持つべきものは友人だね。だいぶ吹っ掛けられたけど、人命には代えられないしね。」

 とニコニコと笑う石上。

 

 パソコンをいじっていた青年は、その言葉を聴いて顔を上げると、ジトっとした視線を石上に向けた。

「……貸しイチやぞ。あんまり無理言うなや。」

 とぼそりとつぶやいた。

 

 この二人、どういう関係なんだろうな……と読子達がそれを見ながらそわそわしていたが、石上は気にも留めずに説明を続ける。

「彼がデータの体裁は整えてくれたから、僕の術でデータを『見る者が見たいものを見せる動画』に昇華する。

 明美さんは、動画関連のことで先輩と揉めたんだよね?」

 石上の問いに、由紀子は緊張した顔で頷く。

「だから動画関連で煽れば反応を示す可能性が高い。それに、心理的につながりの強い親友からのメッセージであれば、明美さんは無視できないはずだ。」

 こんな感じで、石上は順を追ってこれから行う術の説明をしていった。

 

 ……石上は、一通り段取りを説明し終わると、由紀子のスマホを受け取り、友人に必要なデータの調整をしてもらって、最後に自分の術をかけた。

 由紀子は術と聞いて、何か特別な儀式でもするのかと期待していたが、そうではなかった。

 

 彼は、由紀子のスマホをじっと目線の高さで見つめた後、そっと机に置き目を閉じた。

 そして、大きく手を打ち鳴らす。

 石上が柏手かしわでをした瞬間、部屋の中が一瞬明るくなった気がした。

 

 術はそれで終わりだった。

「後は、メッセージ頼むよ。」

 そういって石上は、にこやかに由紀子にスマホを渡した。由紀子はその瞬間、石上の背中に、後光を見た気がした。

 ぽかんと呆気に取られていると、読子がそっと由紀子の肩に手を置いた。

 ハッとして読子を見ると、彼女は静かに頷いた。

 

 そう、準備はできた。

 あとは、私が明美を呼び出すだけだ。

 

 由紀子は一度だけ深呼吸をすると、メッセージを打ち込む。

「できるだけ明美さんに届けたい気持ちを心に浮かべながら、でも文面は普段通りに。」

 という石上のアドバイスに従って、スマホを操作する。

 短く、楽しそうな感じのメッセージを書いていたが、心の中でずっと、同じ言葉を繰り返していた。

 

 ――明美、今助けに行くからね。


 メッセージを確認してもらって、震える指で、送信ボタンを押す。

 送信音が流れた後、由紀子は一同の顔を見回す。皆、同じことを考えているようで、静かに頷いた。


 由紀子は、祈るような思いで返信を待っていた。

 ……これが数分前の出来事である。


 

 明美からメッセージが届いた後、明美と由紀子の間で何度かメッセージのやり取りがあった。

 感極まった由紀子は、明美の安否を確認したがったが、こちらの動きを悟らせないために、相手のペースに合わせて返信するようにと、石上が止めた。

 一通りやり取りが終わると、「じゃあ今晩ね。待ってるね!」というメッセージを最後に、明美からの連絡は途絶えた。

 

「……場所は校舎の屋上か。学校はもう『忌み物』のテリトリーだし、教師の一部を懐柔できていれば侵入は容易いのかな。読子くん、準備は大丈夫?」

 石上が読子に視線を向けると、彼女は硬い表情で、でも力強くゆっくりと頷いた。

 

 石上も頷き返すと、今度は由紀子に向き直る。

「由紀子さんはどうかな?大丈夫?」

 由紀子は、頷こうとして、一瞬躊躇う。

 この後、私はオバケと対峙するらしい。それがどんなものなのか、わからない。

 

 恐怖なのかもしれない、嫌悪なのかもしれない。

 拒否なのかもしれないし、懐疑なのかもしれない。

 憤怒なのかもしれないし、冷笑なのかもしれない。


 全く未知のものが、親友を捕まえて、苦しめている。

 自分がそれと対峙した時、実際にどんな感情になるのか、検討がつかなった。


 由紀子の逡巡を、石上は目ざとく気がつく。

「ごめん、そうだよね。わからないよね。」

 石上は改めて由紀子の前に座ると、まっすぐ彼女の目を見て、

「ちょっとだけ、手を見せてもらっていいかな?」

 と手を差し出した。


 由紀子は少し戸惑い読子の方を見たが、読子は大丈夫、という様に微笑んだ。

 由紀子がおずおずと手を伸ばす。石上はその手をそっと取ると、一瞬目を閉じる。

 すると、由紀子の指先から、少しだけ暖かな感覚が広がり、全身に伝わっていく。石上が手を離す頃には、由紀子は心の中のぼんやりとした不安を感じなくなっていた。

 由紀子は戸惑いながら石上を見る。


「ちょっとした『おまじない』兼『お守り』。心が落ち着いて、瘴気にも耐えやすくなる。」

 石上はそういうと、少し姿勢を正した。

「『忌み物』を誘い込むまでは僕は介入できないが、読子くんが『忌み物』を捕捉したら僕も加勢する。

 由紀子さん、少し怖いかもしれないが、何としても読子くんと僕が、君と明美さんを守る。」

 

「でも、相手は手強い。

 僕と読子くんは対抗手段を持ってるけど、君は今のおまじないしかない。

 だから、形勢が悪くなった時は必ず伝えるから、僕たちのことは気にせず、君だけ逃げてくれ。明美さんは、何としてでも僕らが連れて帰る。

 大事なことだからもう一度言うよ。

 どれほど明美さんが心配でも、いざとなったら、君は逃げてくれて構わない。僕たちが、必ず明美さんを助ける。」


 読子は、石上の言葉の意図を察する。

 霊的な存在を相手にする時、中途半端な気持ちは、相手が付け入る隙となる。だから、役割を明確にして由紀子を守りやすくしているのだろう。

 そして……多分、もう一つの意味を込めて、読子にも話している。石上の話は少しだけ嘘が含まれている。「忌み物」が本気で抵抗した場合、石上も読子も対抗できない。

 だからこの話には、「最悪の時は、由紀子さんだけでも二人で逃すよ。」というニュアンスが含まれている事を、読子は気づいていた。


 一方、由紀子は、石上の言葉を聞きながら、少しだけ体が震えているのを感じた。

 遊びじゃないんだ……。現実なんだ……。

 石上の言葉の裏に、危険を伴うという事実が含まれていたし、自分が無力な存在なのも薄々気がついていた。

 でも、いま明美を助ける事ができるのは、この広い世界の中で、きっと私だけなのだろう。

 そして、私が逃げていたら、永遠に明美を失うかもしれない。

 だから……この人たちを信じると決めた。


 由紀子は一度深く深呼吸をする。

 大きく息を吐き出すと、

「わかりました。明美を、お願いします。」

 と頭を下げた。


 …………………………


 石上は時間が来る前に、いったん由紀子を自宅近くまで送った。3人同時に学校に入るわけにはいかないので、由紀子が先に学校に入り、二人は後からこっそり校舎に入るという。


 由紀子を車から下ろすと、石上は学校の周りで用意があるからというので、一旦その場を離れた。読子も用意があるとの事で、この後は別行動になるが、とりあえず由紀子を家まで見送る事にした。


 二人は俯いたまま、夜道をゆっくり歩く。

 由紀子は、さりげなくボディーガードをしてくれてるのかなと思って、隣を歩く読子を盗み見る。

 何か、言葉をかけたいが、これからの事を考えると、心臓が早鐘をうち、言葉が出てこない。

 そうこうするうちに、二人は由紀子の家が見えるところまで来てしまった。

 何となく、由紀子は顔を上げて家を仰ぎ見て、足を止めた。

 

 いつもなら「ただいま」と帰って、暖かな食事と、口うるさい家族、そしてふかふかのベッドが待っている安心できる場所のはずだった。

 でも今日は、やけに遠く、よそよそしい場所に感じるのは、これから自分が危険に飛び込もうとしているせいなのだろうか。

 

「……由紀子さん。大丈夫です。きっと明日には『日常』が戻ってきますから。」


 不意に声をかけられて、ハッと横を見る。

 読子が優し気な笑顔を浮かべて由紀子を見ていた。玄関灯に照らされた彼女の顔は、ほんの少しだけ、憂いを帯びている様にも見えた。


「……私ね、小学校の頃、ここに引っ越してきて、最初友達がいなかったんだ。」

 由紀子は、何となく家に入る決心がつかなくて、ポツリポツリと話を始めた。

「両親は念願の新築ではしゃいでたけど、私は前の学校の友達と離れちゃったせいで、新しい友達ができるか不安だったの。

 新しい学校に行くのが嫌で、最初の何日かは、登校前に必ず泣きながら親に駄々をこねてた。」


 不貞腐ふてくされて学校に行くせいで、中々、周囲の輪に入っていけなかった。少し話をしても、前の友達の事ばかりが浮かんできて、クラスメイトの話題に耳を傾ける事ができなかった。

 

「そんな時、クラスの大人しい子が、前の学校で流行ってたアニメのグッズを持ってたんだ。思わず話しかけたんだけど、その子、大人しいから、私が捲し立ててもちゃんと話を聞いてくれたんだ。」


 困惑しながらも、その子は熱心に話を聞いてくれた。

 一頻ひとしきり溜まっていたものを吐き出したら心がスッキリしたのか、その日から由紀子は、新しい環境がそれほど嫌ではなくなった。

 それからも、何か聞いてもらいたい事があるとその子の所にいって話をした。会話を交わすうちに次第にお互いの事をよく知る様になり、家も結構近い事がわかった。


「それが、私と明美の最初の出会い。

 明美と出会って、この町で暮らす事に不安はなくなったんだ。だから、私、明美にはずっと感謝してるし、あの子には、幸せになってほしいの。」


 人間、不安になると昔の事を思い出す……なんて話を聞いた事があるが、本当なんだなあと由紀子は思った。

 こうしてぼんやりと立っているだけで、明美との思い出がいくつも浮かんでくる。

 その一つひとつが、明美との絆なのだ。

 でも……もっと早く、明美の異変に気づいてあげられたら、明美は苦しまずに済んだのかな……と思った瞬間、視界が涙で滲む。

 泣く所じゃないでしょ……と、由紀子は目元を拭いながら自分を奮い立たせようとした。


 その由紀子の耳に読子の声が届く。

 「……お二人が、羨ましいです。」

 読子はそう言った。

 

 由紀子が振り向くと、読子も家を見上げながら静かに言葉を紡ぐ。

「……私、この力のせいで、ずっと人と深く関われなかった。友達だけじゃなく、家族とも、少し距離を置かないといけなかった……。」

 読子の声は、どこか遠くで響いている様な、物悲しさを帯びていた。

 きっと、彼女の人生は平坦なものではなかったのだろう。由紀子は読子のか細い独白に、じっと耳を傾ける。

「だから誰かを……友達を思って流せる涙がある事も、自分のために泣いてくれる友達がいる事も、少しだけ……ううん、とても羨ましい。」


 由紀子は読子の言葉を聞きながら、少し考え込んだ。

 そして苦笑すると、静かに首を振る。

 

「そんな大層なことじゃないよ。ただ友達が困っているから……助けてあげたいだけ。」


 そう、これは普通の事なんだ。

 オバケとか、冒険とか、そんな大層な話じゃない。

 これは筒井由紀子が、友達の樋口明美を助ける……ただそれだけの物語なのだ。


「うん、そう……大したことじゃない。」

 なんだか、さっきまでの不安が消えていく。

 きっと、すべてうまくいく。なんだか、そんな気がした。

 

 その言葉を聞いて、読子は微笑みながら由紀子に振り向いた。

「そうですね……。みんなで一緒に帰りましょう。」


「そうだよ、読子。もちろん、あなたも一緒にね。」

 由紀子も少し明るい表情をして、読子を見つめる。

「読子も、私の友達なんだから。」


 その一言に、読子は驚いたように目を丸くする。

 読子の意識にその言葉が染み込んでいくにつれて、頬が赤みを帯びていく。

 読子はどう答えるべきかわからず、戸惑っているようだったが、やがて恥ずかしそうに視線を逸らすと、

「……はい。」

 と、小さく頷いた。

 

 その様子を見て由紀子は、ふふん、してやったり、という顔をしながら、言葉を続ける。

「石上さんもね。……あ、そうだ。事件が片付いたら、明美にプロデュースしてもらって、私たち4人で動画を撮ろう。石上さんイケメンだから、きっとバズるよ。」


 ええっ?と大袈裟に驚く読子に、由紀子は悪戯な笑顔を向けると、

「あはは、冗談じょうだん!……じゃあ、またあとでね!」

 と由紀子は家に入っていった。

 

 ……由紀子が前向きになってくれたのは良いことだが、「友達」との慣れない会話に、読子はたじたじになっていた。

 でも、時間が差し迫っていることを思い出してハッとすると、読子は火照った頬をぴしゃぴしゃと叩きながら、学校に向かって歩き出した。

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