あじん童話集

石津 ゑなり

黒い羊は染まれない。

私は黒い羊だった。 これまでも、これからも。


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❖黒い羊

 集団において、〝異質〟な存在に対して用いられる批判的、否定的な慣用句。

❖黒い羊効果

 好意的な相手に対しては高く評価し、そこから逸脱した存在を低く評価する心理学上の傾向をさす呼称。



 黒い羊たちの群れの中に、艷やかな黒い毛並みを持った美しい仔羊がいました。

 仔羊は周囲の羊たちから、大事に育てられて生きてきました。

 仔羊にとっては、それが当たり前でした。

 仔羊はその日常を疑うことを知りませんでした。

 ときが経ち、仔羊が一人前の黒い羊になったとき、群れから抜け出すことにしました。

 群れの中にはない、外の世界を見ようとして。


 たどり着いた先は、白い羊たちの群れでした。

 黒い羊は、初めての白い羊の姿に驚きを隠せません。

 初めての見た目、初めての出会い。

 黒い羊は大層喜びました。


 しかし、白い羊たちは黒い羊を除け者にしました。

 白くない羊を受け入れませんでした。

 黒い羊は考えます。

 どうしたら皆と一緒になれるのかな?

 どうしよう。

 どうしよう……。

 黒い羊は、毛の色を白くする事にしました。

 これで皆と同じ色。

 [黒い羊]はもう一度白い羊たちに会いに行きました。


 白い見た目の[黒い羊]を、白い羊たちは受け入れました。

 同じ仲間として扱いました。

 白く染まった[黒い羊]の毛並みは、白い羊たちから人気でした。

 ですが、毛はすぐに伸びてきます。

 伸びれば黒い毛色が目立ちます。

 白くなければ嫌われる。

 染めないと、早く染めないと。

 [黒い羊]は、除け者にされたくありませんでした。


 [黒い羊]は、いつも毛色を白くします。

 黒い毛を隠しながら頑張ります。

 頑張ります。

 頑張ります。 

 白い羊に成りきります。

 白い羊たちと同じ様に、近づく黒い羊を除け者にします。

 白い羊たちと一緒に除け者にします。

 白い羊と除け者にします。

 除け者にしました。

 皆と同じく白くなるために。 


 [黒い羊]が毛を染めるたびに、段々と毛並みが悪くなっていきました。

 毛並みが悪くなるにつれ、白い羊たちは[黒い羊]から離れていきました。

 [黒い羊]は白く染め、白く染め、溶け込めるように努力します。

 しかし遂には、白い羊たちは毛並みの悪くなった[黒い羊]を群れから追い出しました。


 [黒い羊]の居場所はもう、どこにもありません。

 黒い羊たちは覚えてました。

 自分たちを除け者にした[黒い羊]を覚えてました。

 [黒い羊]の居場所はもう、どこにもありません。

 白い羊たちは忘れました。

 美しい毛並みを捨てた、[黒い羊]のことを。


 黒い羊の居場所はもう、どこにもありません。

 どこにも、どこにも。

 パタリ、黒い羊が倒れます。

 疲れて、諦めて、倒れます。

 羊が一匹、眠りました。


 眠った羊を、フワリと白い初雪が、優しく包み込み、染めた白い毛を洗い落として、元の黒い毛色へと戻していきます。

 黒に戻った羊の毛並みは一際美しく、光を反射させ、雪景色をキラキラと照らしていました。


 雪が溶けた頃、黒い羊が眠った所には、一輪の黒い寒芍薬が咲いていました。

 その寒芍薬は、決して枯れることも、色褪せることもなく、何色にも染まること無く、黒く美しく咲きほこり続けていました。

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