第37話 擦り傷と保健室

 昼食を食べ終えて、午後の部が始まった。

 やはり、一番盛り上がるのは学年全員が出場するクラス対抗のリレーだ。

 一年生がすでにやったのだが、ブロック全体が一丸となって応援して、今日一番の声の大きさになっていた。


 俺たち二年生のリレーが始まろうとしている。

 グラウンド一周にぐるりと引かれたラインを三分割するように、人が並んでいる。

 つまるところ、一人当たり3分の1周走るのだ。

 ちなみに俺の走る順番は真ん中あたりで、掛田さんは最後の方。

 そして待機する場所も異なっているから、会話をすることもできない。

 ただ、走る番になるのを待つのみだ。


「それでは、二年生のリレーを始めます」


 そうアナウンスがかかった。

 すると、学校では有名なおちゃらけた体育の先生が出てきた。

 スタートの位置まで行くと、立ち止まってピストルを上に向ける。


「オン・ユア・マークス。セット――」


 先生は拙い英語でそう言った。


 パンっ――。


 ピストルの音で、第一走者が同時に駆け出した。

 その瞬間、後ろから見守る一年生と三年生の激しい応援が始まった。


 全てのクラスが同じくらいで周回している。

 そして俺の番になって、バトンを受け取る。


 …………。


 俺のところでは順番は変わらなかった。

 だが、維持できただけでも十分だと思うことにした。


 そんなことを考えていると、風花の番になった。


「掛田、頑張ってるぜ」


 そう話しかけてきたのは、俺の後ろに座っている男子だ。

 あの二人三脚を見て、わざわざ俺に伝えないとと思ったのだろう。


「そうだな。頑張ってほしい」


 なんて返すべきか迷ったけれど、当たり障りのないことを言っておいた。


 ちょうどそのとき――。


「「あっ……!」」


 風花が転んだ。

 転け方を見るに、靴紐が解けてしまったらしい。

 しかし風花はすぐに立ち上がって、次の人へとバトンを渡した。

 右膝が赤く滲んでいる気がする。


「風花、大丈夫かな」


 風花は列に座ると、同じクラスの女子に話しかけられていた。

 ここからでは内容が聞こえないが、心配されているのだと思う。


「「「おぉーー」」」


 と歓声が聞こえた。

 どうやら2組が一位になったらしい。

 そして俺たちのクラスは三位になった。


 でも、そんなことはどうでもよかった。

 風花が大丈夫なのか――それだけで頭がいっぱいだった。


「元の場所に戻ってください」


 そのアナウンスを聞いた瞬間、俺は風花のもとへと走り出した。

 近づいてくる俺を見て、座ったままの風花は驚いた顔を見せた。

 見守っていたクラスメイトは、うんうんと無言で頷く。


「晴路、来てくれたんだ」

「そりゃな。風花になにかあったら嫌だから」

「……ありがと」


 他の人が聞いているというのに、そんなことが言えたのは、放送部に散々からかわれて慣れてしまったからなのかもしれない。

 風花が照れてしまった。


「それより保健室に行こ」


 俺は風花に言った。

 この高校はグラウンドから保健室がかなり近いため、体育祭のケガは救護テントなどではなく、直接保健室に行くことになっている。


「うん」


 風花は立ち上がった。


「歩けるか?」

「歩ける。擦っただけだし――」


 俺と風花はグラウンドの外へと向かっていく。

 背後から「風花ちゃんをよろしくね」と聞こえた。

 俺は大きめに頷いた。


 ………………。

 …………。

 ……。


 保健室に行く途中、校舎の壁にある水道で傷口を洗い流すことにした。

 グラウンドで転けてしまったから、汚れて菌などが付いていてはいけない。


 風花が蛇口のちょうど下のところに右膝を寄せた。

 そして、キュっ――と蛇口を捻り水を出す。


「んっ……」


 少し勢いが強すぎたのか、顔をしかめて、すぐに水圧を弱くした。


 俺は風花に手を差し伸べる。

 ほぼ片足立ちみたいな格好をしているから、不安だった。

 風花の手は、俺の手を掴んだ。

 ギュッと握られたのが、ほんのり温かくて、ずっと繋ぎたいと思った。



   / / / / /



 コンコンっ――。

 ドアに手を当てて、音を鳴らした。


「はいはいっ」


 先生が中からドアを開けた。

 俺を見た後に風花を見て、目線をだんだん下に遣っていき、膝あたりまできたときに声を出した。


「あら、擦りむいちゃったのね。中に入って――」

「はい」

「失礼します」


 保健室特有の消毒液の匂いが、鼻に入ってくる。

 薄暗さや外から隔離された雰囲気も相まって、なんだか安心する。

 先生は椅子を二つ用意してくれて、俺と風花はそれに座った。


「水で洗ったのね……」

「そうです、晴路が言ってくれて」


 風花は俺を見てそう言った。

 先生が感心したように首を縦に振ると、「ありがとね」と感謝された。


「いえいえ」

「ふふっ……。じゃあ、あとは絆創膏だけでいいわね」


 椅子をくるりと回して、色々な道具が置いてある棚から一つの箱を引き抜いた。

 そこから一枚絆創膏を取り出す。

 いつも見るタイプと違って、ツヤツヤしている良いヤツだった。


 …………。


「はい、これで大丈夫。2日ぐらい経ったら剥がしてちょうだいね」

「分かりました」


 ふと時計を見ると、体育祭の閉会式が始まる時間になっていた。


「今からじゃ、順位発表と表彰に間に合わないわね」


 先生が言った。


「晴路ごめんね。わざわざついてきてもらって」

「いや、全然いいよ。風花のためだから」


 それを聞いた風花は、俺の目をまっすぐ見た。

 しかし、すぐに逸らす。


「ほんと、嬉しいことばっか言うんだから……」


 目を床に向けたまま、風花はそう言ってのけた。

 先生が微笑んでいるのが視界の端っこで見えた。


「良い彼氏を持ったね」

「「…………」」


 また付き合っていると勘違いされた。

 でも、良い彼氏と言われて、俺は嬉しくないわけがない。


「……。まだ彼氏じゃないんで――」


 風花がそう抗議するのも、なんだか愛おしかった。



   = = = = =



◇あとがき

 次回更新は『9/2 19:40』です。

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