第36話 注目の的

 風花を抱きしめて少し経って、どちらからともなく力が弱まっていく。

 なんだか視線を感じる。

 首を自由に動かせるようになって、周囲を見渡した。


 ……あぁ、やってしまった。


 顔が熱くなっていく感覚がある。

 風花も気づいてしまったのだろう、顔を赤くしている。


 なにに気づいたのか――。

 周りにいる二人三脚に参加したペア、もちろんカップルばかりだ。

 だから三組ぐらいは俺と風花みたいに、抱き合って努力を讃えあっていると思ったのだが、そんな人たちは誰一人としていなかった。

 そして、俺たちはみんなから注目を浴びてしまっていた。


「晴路、みんなに見られてるんだけど――」

「そうだな、絶対に……」


 もう身体同士は触れ合っていないけれど、15センチくらいの距離で見合ったまま話す。


「一位になったが、グラウンドの中心で愛を確かめ合いました」


 そんな実況をされた。

 本当はカップルじゃないが、今度こそはそう勘違いされてもなにも言い返せない。


「いやぁ。こんな熱い、去年にも一昨年にもいませんでしたよ」


 そんなことが耳に入ってくる。

 もちろん、全校生徒に聞こえてしまっているのだろう。

 俺も風花も、より一層恥ずかしくなっていき、爆発しそうなほどだ。

 風花は抑えられなくなったのか――。


「わたしたち、まだ付き合ってないです!」


 そう大声を出した。

 学校の外まで聞こえる勢いがあった。

 一瞬、ここらへん一帯が無音になる。


「なるほど、将来に期待ってことですねっ」


 静寂を切り裂いたのは、放送部員だ。


「では、二人三脚に参加した生徒は、もとの場所に戻ってください」


 そう言って二人三脚は終了した。


 俺と風花は立ち上がり、緑ブロックがいるスペースへと歩いていく。

 あんな姿を見られて、解説までされて、クラスメイトからなにを言われるのか心配でしかない。


「はぁ、ほんとに……。晴路に抱きついちゃったわたしが悪いのかもしれないけど……」

「まぁまぁ」


 風花が愚痴っぽく呟いたから、俺はそう宥めるように返した。


「二人とも、大胆だねー。みんなの前で、あんなことするなんて」


 夏実がからかって、そう言ってきた。

 顔はニマニマしていて、近所にいるすごくお節介なおばさんみたいな感じになっている。


「他のペアもしてると思ったんだよ」


 俺はぶっきらぼうに返した。


「へぇー。それで風花と晴路だけだったんだ、してたの」

「一位ってわかった瞬間、嬉しい気持ちが抑えられなくなっちゃったの」


 風花がそう言った。

 それは言い訳にはならない気がする。

 余計に、俺たちの関係が勘繰られる原因になりそうだ。

 今も周りで聞き耳を立てている人たちが、何人もいるし――。


「晴路も嬉しかったんかな?」


 夏実はここぞとばかりに、弱いところを突いてくる。


「まぁ。そりゃな、何回か二人で練習してたし、その成果が出たんだから……」


 そう言っている途中、夏実が不思議そうにし始めたが、どこか変なことを言っただろうか。


「練習ってさ、体育のときしてたっけ?」

「あー……」

「晴路、夏実には言ってないの――」

「なるほど」


 二人で秘密裏にしていたことは、夏実は知らなかったのだ。


「隠れてしてたんだ。みんなから見えないところで」


 風花はそう言った。

 風花の家での出来事は隠しておくつもりだろう。


「あぁ、そうなんだよ」

「ふーん……」


 夏実は気に食わなさそうに相槌を打ってから、「まぁ、一位おめでとうっ」と言い放った。


 あの二人、最近仲良いよね……。どうなんだろう――?

 付き合ってないとか言ってたけど、本当かな――?

 掛田ちゃん、まだとか言ってたから、そろそろってことかな――?

 ってことは、風花ちゃんの方からってこと――!?


 夏実との会話が終わると、周囲の人々が俺たちのことを話しているのが聞こえてきた。

 その内容が気になって、思わず俺は耳を澄ませてしまう。


「掛田ちゃんが割ヶ谷くんを好きってこと? なんか、イメージなかったなぁ」

「でも、ああいうのもいいんじゃない? 最近、よく見るし」

「それって、あんたがいつも見てる深夜アニメの話じゃないの?」


 軽快なテンポで、俺たちの関係が考察されている。

 言ってしまえば、その考えであっている。

 俺の気持ちは変わったから少し違うが、『ああいうのもいいんじゃない』という言葉のおかげで、周りから認められる可能性があると思って、なんだか嬉しい。


 横を見ると、風花も聞き耳を立てていた。

 笑っても、悲しんでもいない、そんな表情をしていた。

 どういう感情だろうか、俺は気になってしかたなかった。

 しかし、その顔には安心が含まれていた気がする。

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