これにて無罪放免!……のはず

「それについて、被告人である桜井菊乃はスマートフォンを所持しておらず、これまでにも祖父母の言いつけにより庚申塚こうしんづかには座らない、山に入る時に必ず一礼をする——をこの年代まで珍しく守っている……ある意味天然記念物的存在でもあります。よって、これについては彼女の無罪を主張します」


 ちょっと待って、なんでわたしの個人情報を知ってるの! そんなの調べるのはプライバシーの侵害にはならないっていうの?


「弁護使はその仕事の特性上、個人情報を調べて手に入れていいことになってんの。ってかすご〜っ。五官王ごかんおう、こいつ今時の人間にめずらしく、ほぼ業がないんだけど」

「は? まさかこの煩悩と罪だらけの現代でそんな……」

「ほんとほんと。閻魔帳えんまちょう観てみなよって」


 わたしの視線を感じたのか、さらっとそう返して少年は前を向いて話を続けた。


「あとすいません。彼女の経歴の掘り下げは本筋から離れちゃうんで、後にすると言うことで〜」

「空木……キサマが言いだしたにもかかわらず、ぐぬぅ」


 ……どうやらこの空木って人、めちゃくちゃなマイペースらしい。裁判長のおでこのあたりに青筋が浮いている。


「あ、あと本件について、そこの方が証人を希望しているみたいなんですが……」


 いつのまにか、裁判長の正面側に並んだ席のひとつに、黒いモヤモヤしたものが座っていて、それが小さくてを挙げているような形をしていた。


「おお! クロか、久しいな」と少し嬉しそうにヒキガエルの神様が言ってるから、知り合いなのかもしれない。


「クロカブリヌシ様、いらっしゃったんですかぁ? めずらしーっすね。今日はなんの証人で?」

「ソノ子……菊乃ハ悪クナイ。ソノ昔、我ノタスケラレタ、ダカラ山ヘノ立入、コノ黒笠主クロカブリヌシノ名ニオイテ罪トハイタサナイ……」

「おっと。おっしゃってることわかってますクロカブリヌシ様? 三笠山は三つの笠、つまり三神の御山おやまっす。ここでクロカブリヌシ様が立入りについておゆるしをあたえちゃうと、御山の意志の総意にならないんで証明は十分でも今回は無罪というか……起訴取り消しにせざるを得なくなっちゃうんすけどもぉ」


 牛頭さんがそんなに焦ってはいない口調でそう返す。もしかしたら、この人(?)もかなりのマイペースなのかもしれない。首を傾げた牛頭さんに、黒いモヤモヤ——クロカブリヌシ様とやらはゆっくりと頷いた……ように見えた。


「カワズノ……今回ハ我ニ免ジテ、ヒイテハクレヌカ?」

「し、しかし! 土をつかさどるクロが一番、神力をなくして、この姿になっているのに。それを赦すと言うのか?」


 こくり。と、静かに、でも確かにうなずいたクロカブリヌシ様に、ヒキガエルの神様は納得していないようだったけど、うーむと目を伏せる。


「我ノ話ハ以上、裁判長ドノ、感謝スル」


 そう言うと、クロカブリヌシ様はずるっと影が動くようにして、薄く薄くなりながら元いた席に戻っていた。


「ガワズガサ殿、本件「三笠山立ち入り撮影事件」について。一、立ち入りを禁じない者あり。二、撮影しておらぬ者あり。三、三神の総意にあらず。となってしまうが、これに間違いや意見はないか?」

「やむなし、だ。クロが言うなら相違なかろう」

「検察官、牛頭。これに対して意見はないか?」

「しかるべく」


 裁判長の問いかけに対して、向かいの席にいるヒキガエルの神様は静かに答えた。

 ……っていうか「しかるべく」って何? わたしたちは叱られるべきってことなのかな? 他の皆に目をやれば、ひと言一言にものすごくビクビクしているみたい。


「弁護使、意見はないか?」

「ないです」


 ツーンと、わたし達の隣に座る少年は、もう興味もなさそうに短く答えた。


「では最後に——これにて審理しんりを終えるが、人間たちよ、お前たちの意見は今回は聞かないこととする。この度は公訴棄却こうそききゃく——つまり裁判の訴え自体を取り下げることにより、お前たちを無罪とし元の世にかえすことになるためだ」


「よかったぁ」「ヤッタァ」「よくわからないけど、わたしたち悪いことしてなかったんだよね?」とホッとした声が小さく聞こえたのを、「だが!」と裁判長が遮った。


「神からの被害届による訴えとして、直接この隠世裁判に召喚しょうかんしたため、ここでの記憶は元の世に戻ると消えることとなる。元の世でお前たちが行動を改めず、再び山のおきてをやぶったならば、今度こそ地獄送りになることをゆめゆめ忘れるな」

「そ、そんな。覚えてないのにやっちゃダメって……めっちゃムズくない?」

「そうだよ! 俺たちにも証拠を残しといてくれよ!」


 河野くんとアリサちゃんの言葉に、「意見は聞かぬと言っただろう!」と裁判長の喝がとぶ。


「お前たちの一日分の時間をいただく、それで何か思うことのある心の持ち主ならば、二度と同じようなことはせんだろう。では本日は、これにて閉廷とする!」


 裁判長のお達しと共に、ドンっと木槌が打たれると。瞬く間に皆の姿が煙みたいに消えちゃった!

 ……ってあれれ、わたし。わたしは帰れないの!?


 すっと席を立ったり消えていく神様を見ながら、焦っているわたしに「おい」と隣から声がかけられた。


「なにボケっと突っ立ってるんだ。出るぞ」

「出るってどこに?」


 こい、というようにそのまま歩きだす空木さんの後ろに、とりあえずついていく。


「で、どうすんの? 無罪ってか起訴取り消しにしてやったけど」

「ど、どうするって?」


 恐るおそる聞くわたしに、「どうって……」と面倒くさそうに空木くんが振り返って言った。


「弁護料。お前の弁護したから払ってもらうぞ」

「えええええーっ!?」


 おこづかいだってないに等しいのに、そんなの払えるわけないじゃない! どうしたらいいのー!?




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る