第2話 浜口首相遭難現場 【前半祥子視点、後半晃視点】
マルガレーテに会いに行く日の昼、晃と祥子は東京駅で待ち合わせることにした。祥子は学校の後そのまま制服で東京駅に直行し、晃は午前中に家事などを済ませてから来るとのことだった。晃は「有給有給」と言っていたが、祥子の体感だと彼は四六時中休んでいる気がする。霊力が強い男は職場でも強気に出られるようである。
東京駅など普段は用事がない。この前熱海に行く時に東海道線を利用するために一瞬乗り降りしたが、熱海でたっぷり時間を取るために急いで移動しなければならず、思い出づくりはできなかった。今日の目的地は横浜なので、そこまで急ぐ必要はない。二人は駅の地下でランチを取る約束をした。そして、お土産を買ってからマルガレーテの家に行くことにした。
先に東京駅に着いたのは祥子のほうだった。
待ち合わせ場所に指定した東京駅の地下の銀の鈴なるオブジェを探してうろうろする。めったに来ない東京駅の混雑に右往左往する。スーツケースをごろごろと転がす人間が多い。普段乗っている常磐線はほぼ地元民しか使わないので、こういう時困惑する。高校の周りは観光客も多少いるが、のぼり電車に乗ることはないため、避けて通ることも可能だった。祥子も都民なのにおのぼりさんの気分だ。
ややあって、祥子は浜口首相遭難現場なる場所に出くわした。浜口雄幸が銃撃されたところらしい。学校の教科書で見たことがある。歴史好きでもある祥子は、事の次第を説明しているプレートをしみじみと眺めた。東京駅とは歴史のある駅なのだ。
ふと、後ろから声を掛けられた。
「ちょっと、そこのお嬢さん」
振り返ると、そこに背の高い青年が立っていた。スポーツでもやっていそうな短髪と厚い胸板の青年である。タンクトップから出ている腕は太くたくましい。笑顔も爽やかだった。
だが、祥子の胸にはなんらかの小さな予感が舞い降りてきていた。
この人には近づかないほうがいいような気がする。
根拠はない。見た目に不審なところはない。けれど、どうしてか、逃げないといけない気がする。
「表情が硬いね」
男はにこにこしている。
「察してしまったか」
祥子は一歩下がった。
男が、にたりと、今までとはちょっと違う笑みを見せた。
なぜか、背筋に悪寒が走る。
「やっと会えた」
「……何なんですか」
「君が藤牙晃の娘さんだね」
心臓が固まりそうになる。
「匂いも、色や形も、顔立ちまで。何から何まで藤牙晃にそっくりだ」
男が手を伸ばしててきた。
逃げなければ、と思った。助けを求めなければならない。
この男はおそらく人間ではない。
妖魔だ。
それも、宮前恵茉に取りついていた妖魔や四ツ谷駅で消滅させた妖魔とは比べ物にならないほど、格が高い。
「ずいぶん探してしまった」
男が一歩、また一歩と近づいてくる。
「存在することはなんとなく感じていたのだ。藤牙晃の後をつけていくと、いつも千葉県のほうに向かっているようだったからね。そのあたりを探せばきっと家族がいると思って、何度も足を運んだ」
こういう時に限って声が出ない。周りには大勢の人が行き交っているというのに、悲鳴のひとつもあげられない。
「だが、藤牙晃は格が違う。私の存在に気づいているのかいないのか、はわからないけれど、ついぞ
男が、腕を伸ばしてくる。
「君はとても強い匂いを発している。甘く、芳醇な、かぐわしい香りだ。それを嗅いでいるうちに、私はひとつの結論に至った。藤牙晃には血のつながった女の子がいる! その子を捕まえれば、きっと、藤牙晃の本気を引き出すことができる。また藤牙晃と戦うことができる――」
彼の大きな手が祥子の口元をつかんだ。
直後、口の中に霊力の奔流を叩き込まれた。
吐き出すこともかなわなかった。
男の霊力が喉を伝って胃の中に注ぐ。苦しい。気持ちが悪い。
「大丈夫、殺しはしないよ。私は無抵抗な女子供には優しいから、本気で殺す時はもっと苦しませずにやってみせるさ」
その声を聞いたのを最後に、祥子は意識を失った。
* * *
晃が銀の鈴にたどりついた時、そこに祥子の霊力の波動はなかった。おかしい。先ほど受信したLINEにはもうついて待っているとあったはずだが、いくら探しても姿が見つからない。
不意に何かの予感が頭の中をよぎっていった。
東京駅は人間が多い。当然妖魔の数も多い。こうしていると、人間の姿をした位の高い魔物や霊があっちに行ったりこっちに来たりしているのがわかる。しかし晃は直接人間に危害を加えない限り無視することにしていた。一度手を出すときりがないからだ。だいたい、今日は有給休暇だ。非常事態でも起こらない限り、晃は横浜へのおでかけを楽しむつもりでいた。
ところが、ある一点だけ、桁違いに強い力を感じる場所があった。本当にそのただ一点だけ、人間一人分くらいの違和感があるのだ。
晃はその力が気になってそちらに向かった。
何か、悪いもののような気がする。
壁にプレートが埋め込まれていた。浜口首相遭難現場、と書かれていた。首相、ということは昔の総理大臣がここで死んだのだろうか。縁起でもない。都心にはこういう物騒で妖魔が集まりやすいスポットが多い。早く祥子を見つけて移動しなければ、と思った。
その時、ショルダーバッグに入れておいたスマホが振動した。バイブレーションが作動するシステムのマナーモードに設定していたのだ。
画面を見ると、祥子からの電話だった。すぐにタップして応答する。
「はい、お父さんですよ」
次の時聞こえてきた声に、晃は目を丸く見開いた。
『やあ、久しぶり、藤牙晃』
聞き覚えのある声だった。
できれば二度と聞きたくない声だった。
「……阿修羅」
『おぼえていてくれたのかい? 嬉しいよ』
新宿区役所前で戦闘した、腕が六本ある人型の妖魔だ。糸織を死なせた時の妖魔と同じくらい、つまりAAA級の、最強クラスの妖魔である。ここまで来ると、もはや神の領域に近い。
それが、祥子のスマホから電話をかけてきている。
手がぶるぶると震えた。
「貴様、祥子に何をした」
『まあ、そう怒らないでほしい。死んではいない。少し意識を失ってもらったが、怪我はさせていない。どこからも血は流していないよ』
「最近の妖魔は電話もかけてくるんだな」
『お褒めにあずかり恐縮だ。身分証明書がないので自分の名前で契約することはできないが、操作方法くらいは知っている。なにせ私は君たちが言うところのAAA級とやらなので、人間ができることはほとんどできると思っていただきたい』
晃は大きく深呼吸をした。落ち着いて対応しなければならない。一手何かを間違えれば、この妖魔は祥子を殺すかもしれないのだ。冷静になれ、と自分に言い聞かせた。
阿修羅は楽しそうに続けた。
『怒っているな?』
頭に血がのぼる。
『可愛がっているのだな。人間の愛というものは美しい。だからこそ食べてしまいたくなる。それに、この娘も美しい少女だ。霊力の色や形も、容貌も。絞め殺してむさぼり食べたくなる』
「殺す」
『冗談だ。まずは君からだ、藤牙晃。メインディッシュとして君を食べてからデザートとしてこの子を食べよう』
もう一度深呼吸をする。
手に汗をかいている。晃はその汗をジーンズの腰でぬぐった。
「で、俺はどうすればいい?」
阿修羅は即答した。
『私と戦ってくれないか、藤牙晃。私はあの時百年ぶりに本気になってね、あの興奮をもう一度味わわせてほしいのだ』
「そう」
『できれば君を食べたい。君が負けたら私は君と君の娘を食う。私が負けたら私を好きにしていい、君たちの組合だか何だかに引き渡してもらって構わない、まあ私が負けることなどありえないがね』
「わかった。俺が勝つ。お前は負けて、この世から消滅する」
『ははは』
彼は素直にこう言った。
『フィナーレは美しく東京タワーをバックにやろう。芝公園で、君を待つ』
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