第18話 鉄壁の都市と慰めの灯

 アストラード州を出て、馬車で揺られること三日。

 緑豊かなノーブル平原を越えると、景色は徐々に乾いた岩肌へと変わっていった。木々がまばらな交易路を抜け、丘を登った先に――


「……すっげぇ……」


 俺は思わず息をのんだ。

 目の前にそびえ立っていたのは、灰色の石と鋼で築かれた巨大な城壁。

 まるで空そのものを拒むように、高く、重く、圧倒的な存在感を放っている。


「ふふ、でしょ?」


 マルタが、ちょっぴり誇らしげに微笑む。

 ここが、ガルガン州の州都――城塞都市ウルサ。

 ≪太陽の国≫ソラリス帝国と≪影の国≫ネブラシスとの国境。最前線。

 戦場を“押しとどめる”最後の壁。


 鉄格子の門をくぐると、どこまでも真っ直ぐに延びる大通りが開けていた。

 馬に乗った州軍の騎馬部隊、荷車を引く商人たち、威勢よく叫ぶ女たち――

 活気が、空気そのものを震わせていた。

 焼けた肉の香りが鼻をくすぐり、金槌の音が響く。

 それでも、この都市全体が持つ“緊張感”は、どこかひとつ緩むことがなかった。

 そして、大通りの先――岩山を切り抜いて作られた砦が、まるでこの都市全体を見

下ろすようにそびえていた。


 ◇


 しばらくすると馬車が止まり、天然の岩肌を削って造られた石段の中腹に、白く荘厳な建物が見えてきた。

 ソル・フォルジア州教会。

 ここが、慰安活動班である俺たちの拠点だ。


「慰安活動班はソル・フォルジア州教会にて挨拶と指示を仰げ。話は通してある。失礼のないように」


 ゲール教官は簡潔に言い残すと、そのまま砦へ向かって階段を上がっていった。

 前線警備班――カイル、フレイ、ロイド、ミアもそのあとに続く。

 カイルがこちらを見て頷き、フレイは小さく手を振ってくれた。


「いってしまいましたわね。さぁ、私たちも参りましょうか」


 セシリアが優雅に髪をまとめ直して振り向く。


「ちっ、さっさと終わらせようぜ」


 グレンがぶっきらぼうに言った。


「まあまあ、案外楽しいかもしれないぜ?」


「そうだよ、グレンくん。慰安活動は“英雄”にとっても大切な資質だからね」


「戦って勝つことよりもかよ。それに」


 グレンは言葉を切って、少し俯いた。


「……慰安活動で、俺様にできることなんて、ねぇよ」


 そう言って、腕を組み、顎で教会を指した。


「もう。強情なんですから……。マルタさん。案内、お願いできますか?」


「うん、任せて」


 マルタが笑顔で先導し、俺たちは白亜の教会の中へと入っていった。


 ◇


「よくぞ参られた! 太陽の御子らよ! ソル・フォルジア州教会は、諸君らを心より歓迎しますぞ!」


 司教室で出迎えてくれたのは、威厳と迫力を兼ね備えた白髭の大男――ロランス司教だった。

 まるで熊が神官の服を着たような、そんな印象だ。


「ロランス司教。また戻ってきてしまいました」


 マルタが礼儀正しく頭を下げる。

 さすが、領主の娘らしい堂々とした態度だ。


「おお、マルタお嬢様も! これはこれは……!」


 挨拶を済ませたあと、ロランス司教は真顔に戻り、話を始めた。


「皆さんには、ドレ村という国境近くの村に赴いていただきます。慰問活動が目的です」


「ドレ村……。確か、国境線の近くにあって……」


「さよう。数ヶ月前、ネブラシス族の襲撃を受けました。幸い、監視砦からすぐに援軍が駆けつけ、異端者どもは排除しましたが――村には、深い傷が残っています」


 影の国。

 ネブラシス族。

 敵。異端。排除された存在。


(でも……)


“影の国にも意味があると思うか?”


 ザラド将軍の言葉が、脳裏をよぎる。

 あれは戦だった。

 国を守るための戦い。

 だけど、命には“意味”があると教えられてきた。


(じゃあ……殺された彼らには、意味はなかったのか?)


 答えは、まだ出ない。


「皆さんには、ドレ村の民に“希望”を届けていただきたい。太陽の御子らよ――彼らの心を癒やしてほしいのです」


「はい。謹んでお受けいたします」


 マルタが、まっすぐに答えた。

 ロランス司教は感激したように両手を広げ、俺たち全員と固く握手を交わした。


 ◇


 司教室を出ると、陽光が中庭の石畳を照らしていた。

 緻密に彫られた模様が光を受けて輝いている。


「今日はここで一泊して、明日出発ってことみたいだね」


「いや~、助かったよマルタ。全部やってくれてありがとな」


「ふふん!レオンくん、もっと褒めてもいいのよ?」


 マルタは誇らしげに胸を張っている。


「さて、じゃあこれからどうするよ?」


 グレンが腕を組みながら言った。


「特に指示はされておりませんわ。自由時間ということでしょう」


「マジか! よっしゃ、俺様は武器屋見てくるぜ!」


「私は……少し休ませていただきますわ」


「じゃあ俺は、マルタにウルサを案内してもらうよ」


「うん! それじゃあ、またあとでね!」


 ◇


 そのあとは、マルタと一緒に城塞都市ウルサを歩いた。


 石を積み重ねて作られた段々畑。

 地下水脈を使った巨大な井戸。

 カンカンと響く音が絶えない鍛冶街――。


 どこも“最前線の都市”らしい、たくましさに満ちていた。

 そして、マルタの実家にも少し立ち寄った。


 優しそうなお母様と挨拶を交わして、お茶をご馳走になった。

 それは、ほんの一瞬の“平和”だったけれど――

 なんだか、とても温かくて。


(……この“当たり前”を、守りたい)


 ふと、そう思った。

 今の俺に、できることは少ないかもしれない。

 だけど、この街に来てよかったと思えた。

 明日、俺たちはドレ村に行く――


“太陽の御子”としてではなく、“俺自身の意思”で、何かを届けたいと、そう思った。


 ________________________________________


【Tips:ソル・フォルジア州教会】

 ガルガン州の州教会で、石造りの重厚な建物。

 優れた職人によって建てられ、装飾や細工に精緻な技術が見られる。

 教会の長は“司教”と呼ばれ、村や町には“司祭”が配属され、教育・医療・祈祷などを担う。

 教会は“信仰”と“社会支援”の両面で、帝国民の心の支柱となっている。


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