第17話 風は前線へ
ソラリスの冬は、ようやく冷気を和らげはじめていた。
けれど、肌に触れる風はまだ少し冷たくて、季節の名残を感じさせる。
安息週間が明け、俺はソル・アルカ大教会に戻ってきた。
皆と同じ日常の空間。けれど、自分の中の“何か”は、どこか変わってしまった気がしていた。
――“神の意志”を、教会が代弁してもいいのか?
黎陽将軍ザラド・ロメロが残した、あの問い。
今でも、胸の奥で重く響いている。
教会では、俺のことを「神の意志を宿す者」と呼ぶ人もいる。
予言書を食べちゃった故に、俺がやることは“すべて神の御心”とされてしまう。
……正直、しんどい。
でも、「それは違う」と否定したとき、教会という“何か”を裏切るような気がして――
その思いも、また重かった。
「レオンくん……また悩んでる?」
マルタが、眉をハの字にして心配そうにのぞきこんできた。
「あー……まぁ、ちょっとな」
「よかったら、話、聞こうか?」
一瞬、迷ってから、俺はそっと彼女を手招きして小声で囁いた。
「……実はさ、家に黎陽将軍が来た」
「えええええぇぇぇっ!?」
マルタの声が思った以上に大きくて、ロイドとグレンがこちらをチラ見してくる。
「しっ! 声がでかいって!」
「ご、ごめん……!」
でも……教会の話、マルタにしていいのか……?
迷っていると――
「ふああ……ねむ……。おはよ、マルタ、レオン……」
カイルが寝ぼけた顔でフラフラとやってきた。
俺とマルタは思わず距離を取る。
機密事項だからな、これ。
「おはよう、カイルくん。今日はゆっくりだったね」
「うん、実家じゃちょっと肩身が狭くてさ。寮に戻って爆睡してた」
「って言って、昨日“僕は寝る”って言って部屋にこもってたもんなぁ」
「はは、ごめん。で、二人は楽しかった?」
「うん! お父様とお母様がたくさんご馳走してくれたんだ~!」
「俺はもう、久しぶりにダラダラしてた。ずーっとベッドでゴロゴロな」
マルタが、ちらっと俺を見る。
「……なら、いいけど」
カイルの言い方、なんとなく含みがあったような……気のせいか?
そんな会話が交わされる中、ゲール教官が大股で教室に入ってきた。
「静粛に。号令を」
いつもの号令と礼。
座ると同時に、教官は資料を広げながら言った。
「本題に入る前に通達がある。貴君らがこの教会で学び始めて、すでに八年余。
その成績と成長を踏まえ、来月より“現地実習”を実施する」
教室がざわついた。
「現地実習? どこに?」
「ガルガン州への派遣だ」
教室が一瞬にして静まり、次に爆発するようなどよめきに変わる。
一番最初に立ち上がったのは、やっぱりグレンだった。
「ガルガン州!? ってことは、影の国との最前線じゃねえか!? ネブラシスの奴らとやれんのか!?」
グレン・アルサスの声が響いた。
教官の灰色の目が冷ややかに細められる。
「グレン・アルサス、言葉遣いを改めろ。詳細は資料に目を通せ」
渡された紙に目を通すと、実習内容は二つの班に分かれて行われるようだった。
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ガルガン州現地実習(帝国歴六二八年 二月一日〜二月末日)
【第一班:前線警備補助】
対象者:
• カイル=ラ=メテウス
• フレイ・カルナス
• ミア・フェルネスト
• ロイド・ナヴァラン
任務:
• 要塞の警備補助
• 装備の整備・補修訓練
• 巡回および連携訓練
※実戦環境に準じた緊張感を求める。武装・治癒術の実習を含む。
【第二班:民間支援・慰安活動】
対象者:
• グレン・アルサス
• セシリア・ヴォランジュ
• マルタ=ド=ガルガン
• レオン=ル=アストラード
任務:
• 教会施設での炊き出し、衛生管理
• 子供・老人への慰問(演奏、朗読、祈祷など)
• 教会との協力による文書整理、巡回補助
※節度を持った行動と、感情ケアへの配慮を求める。
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「……って、はあああ!? なんで俺様が“慰安活動”なんだよっ!?」
グレンが椅子を蹴飛ばしそうな勢いで抗議する。
だが、ゲールは一切動じない。
「慰安活動を理解せずして、戦場の意味は語れん。アルサス」
「だけどよ……!」
「戦いたいなら、命令に従え。それができない者に、州軍は務まらん」
「……っち」
グレンは渋々席に戻ったが、不満の色は隠しきれていなかった。
(あいつ、絶対本番で暴れる)
俺はそんな彼を横目に、隣のマルタに声をかけた。
「俺たちは慰安活動だな。……がんばろうな、マルタ」
「うん! がんばろっ、レオンくん!」
その笑顔は、まるで陽だまりのように明るかった。
「セシリアとグレンも一緒か。セシリアは得意そうだけど……グレンがなぁ……」
「ふふ、でも“前線だけが戦場じゃない”って、今回の実習が教えてくれるかもね」
「マルタは帰ったばっかりなのに、またガルガンだな。ウルサ、案内してくれよ」
「えへへっ、ウルサに来るの初めてだよね? リステラとは全然違うよ、きっとびっくりするよ~」
その横で、カイルが静かに言った。
「僕は前線か。……しばらく会えなくなるな。マルタ、レオンを頼んだよ」
「なんでお前が頼むんだよ」
「うん、任せてっ!」
マルタがぴしっと敬礼して見せた。
「マルター?」
教官が咳払いをして授業が始まる。
「静粛に。今日の授業は“戦術学の応用”だ」
黒板に、細かな戦術記号が書き込まれていく。
でも、俺の頭の中は――ガルガン州のことばかりだった。
そこは、影の国に最も近い、最前線の地。
そこに踏み出せば、きっと俺は――
(あの問いと、また向き合うことになる)
“あるいは、“教会”が“罰”を望んでいるのか?”
その問いに、まだ答えは出ていない。
けれど――
まずは、目の前の課題を一つひとつ、こなしていこう。
その先で、きっと答えにたどり着くから。
このときの俺は、そう信じていた。
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【Tips:城塞都市ウルサ】
ソラリス帝国東部ガルガン州の州都。
強固な石壁と自給自足可能な都市構造を持ち、万が一包囲されても一年以上持ちこたえられるとされる。
都市そのものが“巨大な砦”であり、影の国ネブラシス族との最前線として帝国の防衛線の中枢を担っている。
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