2話 ハルカ

「え、新しい人?」

「めちゃくちゃイケメンじゃない?」

「銀髪って、染めてるのかな。まさか地毛?」

「いや染めてんだろ。地毛なわけあるか」

 人を見た目で決めつけるのはよくないと、学校の授業で教わるけれど「よくないからやらない」人はほとんどいない。実際、初めて見た人の感想なんて、見た目でしか語れないから。その「見た目」が目立っていればなおさらだ。

 当のセンフルくんだかチコくんだかは、周りの声を気にする様子もなく大きな黒い鞄の中をごそごそしている。でも、彼の手つきはよく見るとぎこちなくて、そして取り出されたテキストを見てわたしは自席を立ち、おもわず声をかけてしまった。

「今日やるの国語だから、テキストそれじゃないよ」

「え、そうなんですか」

 顔を上げた大柄な男子は、薄い灰色の瞳をしている。確かに教室がざわめくだけのことはある。顔立ちは整っているし、銀髪っぽい黒髪もちょっとかっこいい。おまけに声もクラスの男子たちより低くて、どきっとする。でも、そんなことより塾に一応勉強にきたのだから、正しいテキストを用意しておくべきだろう。

「茶色は英語のテキストでしょ。国語のテキスト、持ってきてるの? 薄いオレンジ色の」

「ええと、これですか?」

 チコくんだかセンフルくんだかは、なぜか鞄をがっちり抱えたまま中身を見ずに手を差し入れ、少ししてから別のテキストを取り出す。それは、確かに国語のテキストだった。

「そうそれ。あとノートと筆記用具があれば大丈夫だと思うよ」

「ありがとうございます」

「いいよ。っていうか今日初日でしょ? 自分が勉強する科目くらい覚えてきなよ」

「おっしゃるとおりです。申し訳ありません」

「わたしに謝ることないし」

 会話がめんどうになって、わたしは自分の席へと戻る。間髪入れずにアユが茶々を入れてきた。

「さすがチハル! 初対面のイケメン男子にもいつも通りだ。かっこいい!」

「アユ、本人の目の前でイケメン男子とか言うのどうかと思うよ」

「いいじゃん、ほめ言葉なんだし。で、イケメン男子くん、名前はなんていうの?」

 アユが銀髪の男子に顔を向けると、彼は目をぱちくりさせた。

「ええっと、僕のことを指していますか? 僕の名前は、千古せんこ はるかです。今日から、この教室でお世話になる次第となりました。皆様、今後とも宜しくお願い申し上げます」

「ハルカくんね! なんか大人みたいなあいさつでかっこいいけど、もっと気楽でいいよ! わたしはアユでこっちはチハル、よろしくね」

「はい。気楽、ですか……えっと、宜しく申し上げ候」

 ふざけているのか真面目なのかよくわからないハルカの答えに、アユが爆笑する。

「そんなっ、ハルカくん、時代劇みたいなっ、まあいいや、それはそれで面白いから。あー楽しくなりそう」

「そろそろ始まるよ」

「だね」

 まだ笑った顔のままなアユは、それでもちゃんと授業の準備をはじめた。予想に違わず、数秒と経たずに先生が入ってきて授業が始まる。その間も、ハルカくんのことをちらちら見ている人は少なくなかった。わたしはなんだかめんどくさそうな気配を感じて、気にしないように努めたけれど。

 というか一応塾に来ているんだから、授業を聞いたほうがいいだろう。後で分からなくなって先生に聞きに行くのはコスパが悪い。今のところ、塾の授業でつまづくところはないけれど、聞き逃した部分から分からなくなってしまったら、取り戻すのが大変そうだし。そう自分に言い聞かせていると、周りの人たちのざわつきはどうでもよくなって、いつも通りシャープペンシルをノートに走らせることに集中した。

・・・

「ハルカくんって最強じゃない? イケメンで面白いってさ」

「ものすごく変な人か、ものすごく天然な人のどっちかじゃないの」

「チハルは容赦ないなぁ」

 塾の帰り、アユと帰り支度をしながらだらだらと話す。わたしたちの家は、塾からちょっと離れている。だからいつもお母さんが車で迎えに来るのだ。それまで教室で待機していることは、塾の先生にも許可をもらっている。他のみんなが帰っていく中、狭い空間にアユの声が響いた。

「でもさ、なんか『女の子があこがれる男の子』って感じがしない? だってすごく背が高くて、銀色の髪で、声もいいんだよ。きっと中学校のクラスにいたらもっと大盛り上がりだよ」

「あの言動で? いくら見た目が良くても、言ってることとやってることが変だったらすぐに浮くよ。で、ハブられる」

「わかってないなぁ。ああいうのを、『残念なイケメン』っていうんだよ。完璧なイケメンより、あれくらいの方が親しみやすくていいんだって」

 アユはわざとらしく指を振る。

「まあ、見てなよ。ハルカくんはすぐに、塾のアイドルになるんだから」

「わたしには関係ないけど、まあアユがそういうならそうなのかもね」

「つれないなぁ」

「ほら、わたし迎えが来たから帰るね」

 アユのぼやきを流して、わたしは腰かけていた机から立ち上がる。

 変わった転入生が塾に来た。でも、塾は勉強するためだけの場所だし、関わりたくなければスルーすればいいだけだ。

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