第2話 演技の続き、第二幕の始まり
数週間後。私はザルツァ公国の東端、第一王軍が駐屯するマーチァに連れてこられていた。理由は他でもない、私を本気で軍属にするためらしい。
ザルツァ公国は軍強民靭を掲げた近隣でも最強の国だ。よく言えば民思い、悪く言えば国家のために臣民を殺す国。まぁ軍が強い国家などどこも似たようなものだろう。カルニーナの故郷は軍が弱く民が強かったが、それが滅亡を招いた。極端な配分は嫌うが同時に、適切であれば国は保てない。私の身を奴隷に窶した故国から得た教訓だ。
ともあれ、軍国の皇太子だ、どんな下衆野郎と思ってみれば。──隣を歩くグラーフは私に全くの興味を示さない。妻帯している噂は聞かないが、意志が固いのだろう。
(演じ甲斐がないわよ。というか、実直過ぎてまるで子供と話してるみたい)
グラーフの第一印象は、馬鹿真面目。演じてみせてもまともな反応しか返ってこない皇太子に、つまらなそうな心境を持ってしまっている。
もちろんそれは命を救ってもらい、演技下で軍属に加わることを許してくれた彼に失礼。退屈を演技の仮面の下に隠し、私は自らの立場を確認する。
「それで?私はどのような心持で軍に加わればいいの?」
「君の立場はこうだ。すでに軍内には女皇であるマルドリーダの捕縛は伝わっている。また、捕縛した兵士たちの狼藉を見事に切り返したと美談にもなっている」
まったく耳聡いことだ。私は横を歩く同じ身長の軍太子に視線を向け、意地悪く笑う。ちょうどいい、私が放つ言葉にどのような反応をするか試してみよう。
「あらあら、子細をお聞きになったのね。どうでした?私の裸体はお綺麗だと証言してくださった?」
「ははは、そう言ったものから首を刎ねておいた。安心しろ、君の体を覚えているものはもういない」
なるほど、軍規厳粛もお手の物か。私としてはそういうエピソードを利用して「演じて」見たかったのだが。ますます募る私の不満は口にせず、馬鹿正直な彼に合わせて話を元に戻す。
「これから演じる私の身の上は?マルドリーダも一応ハイエルフでしたけど捕まってますし、そのままというわけにはいかないでしょうに」
「君の立場は、『マルドリーダのご息女にして才女』だ。当然こちらで書類から関係者まで『用意』してある。演じ甲斐があるだろう?」
「あの女の娘ね……少し我儘なところも見せた方がいいのかしら?」
彼の話を聞きつつ、隣り合い歩く私とグラーフ。本当ならば身分どころか立場も境遇も違うのに、なぜかこんなことになってしまっている。ま、私は演技を続けられるだけで満足なんだけど……。
私が彼に興味がないとはいえ、明確で絶対的な上下が私と彼に存在する。だけどグラーフは私に示すことなく、わざわざ歩容を合わせて歩いてくれる。それが何とも気持ち悪い感覚を私に植え付けていた。彼の優しさが、私にとっては違和感に代わっている。
(ああ、誰かに気を配ってもらうこと自体久し振りか。彼にとっては当たり前でも、私は自然と下心を疑っている。情けないなぁ、男のエスコートに疑心を持つなんて)
私が抱いた悲しき葛藤をよそに歩き続けるグラーフ。彼に遅れまいと歩く必要すらなく、彼の歩く向きに合わせて自然に歩くだけの時間。
やがて庁舎の前に兵士たちが並んでいるのが近くに見えてきた。軍隊らしいその光景に、ようやく私の「演者」としての魂に火が付く。
私が覚悟を決めたのをグラーフも目敏く悟ったのだろう、静かに口を寄せて激励を囁いた。
「……顔つきが変わったな。私の推薦ということもすでに広まっている。うまくやり通すことだな」
「ええとも、軍太子閣下」
全員の顔つきが見えてくる。蔑む者の目、無関心な表情、女性のハイエルフという存在への好奇。望むところだ、生涯を掛けて演じ切る覚悟はとうにできている。
「諸君、よく集まった。すでに皆存じていると思うが、この度の征伐でマルドリーダを捕縛し、彼の者の国は滅んだ。敗戦の処理も恙なく進んでいる。そして我らと交渉を一手に引き受けたのがマルドリーダのご息女、カルニーナ嬢だ。素晴らしい軍智と弓才を持ち、彼女の才知を我が軍で振るうこと、快く快諾してくれた」
大げさな訓示だが端的であり、美辞麗句も私の紹介以外に混ざっていない。おそらくこの将はいつもこんな調子で、大した督戦も激励も行わないのだろう。だがその言葉を潔く笑顔で待っている兵士たちもまた、彼の魂を訓練を通じて受け継いでいる。好い関係なのだろうな、私から見てそう思えるほどまぶしい光景。
「よって本日より、正式に弓隊一個隊を任せることとなった。新たな隊長へ、最大限の礼を尽くしもてなす様に。以上だ」
言葉を〆ると同時、グラーフがわざとらしくこちらにウィンク。兵士たちは驚き、私は予想外に大胆な軍太子に思わず笑みが漏れた。
(あら、そういうこともできるのね。私が演じやすいように、まずは兵士を焚きつけてくれたのかしら?)
彼の意外な裏切りに、私は演者冥利に尽きる至福を味わう。兵士を前にこんな即興ができるなんて、とんだ役者だ。
私は満足げに頷き返し、軍太子の演出に怒れる兵士たちへと歩み出る。
躍り出た私を睨みつける兵士たち。彼らを芝居に誘うためには──誰もを黙らす台詞が要る!
演者として覚悟を声に乗せた私の台詞が、不満げな顔をした兵士たちを一瞬で惹きこむ。それは私が望んだ、「敗戦国の皇族」という主役の大一番。
「ご紹介に預かりました、マルドリーダの長女カルニーナです。素晴らしき部隊の末席を汚す名誉を与えてくださり、心より打ち震えております。わが命は軍太子閣下からの授かりもの、命運を賭して国難に挑み、軍命を心炎に変えて領土を守り抜く所存です。ご指導ご鞭撻、どうぞよろしくお願いいたします!」
私の挨拶にしっかりとした拍手が起こる。少なくとも今の演説に不満そうな「観客」はいなさそうだ。
(ま、最高司令官が横にいる状況だからね。どんな演説でも拍手はするか)
いわばオペラの上演に王侯諸侯がいるような舞台だ。軍太子がにらみを利かせている「今」は、なんら問題なく過ごせるだろう。
私の演技が真価を発揮するのは、彼がこの駐屯地から去った後。
(速く帰ってくれないかなぁ)
待ち遠しい私の本心を読めるほど、やっぱり彼は図抜けていなさそうだ。グラーフが感入った拍手を横目に見た私は、誰にも見られぬよう演技の下で息を吐いた。
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