カルニーナ演軍紀

華や式人

第1話 敗戦の身代わり

 この国が乱世で敗北したのは少なくとも、王都の包囲が宮中で囁かれた途端尻尾を巻いて逃げ出した女皇の軽薄さも一因。そう、私は思う。

 城に突入してきた兵士の矢面に立ち、最後まで残った宮中の従者たちに手を出さぬよう求めた私──カルニーナは「女皇」として、敵国の遠征軍本陣で沙汰を待っている。

 身代わりである私が最後の抵抗に出ないようにするという名目の元、兵士たちが求めてきたのは身体の検分。

 命令の逸脱ギリギリの理由で私を辱めようと画策した兵士たちの前で、臆することなくすべてを脱ぎ捨てた私はため息をついてあっけらかんと言った。

 「ちなみにこの後、参謀と皇太子との面談が待ってるの。やるなら早くしてくださいな」

 私がぬけぬけと言い放った言葉と全くしり込みしない態度に興が冷めたか臆したか、もはや何人かの兵士たちは尊敬のまなざしで私が武器を纏ってないか触ってくる。その手つきにもはや淫欲はなく、事務的に検分を済ませた兵士たちに私は心から微笑んだ。

 「ご協力ありがとう。では、服を着ますので出て行って下さる?」

 脅しに感謝、そして気品。決定的に上下を分からされた兵士たちに抵抗する気力はなかった。

 それにこの後軍令に謁見すると言っているのに襲ってきたらしっかりチクってやろうと思っていた。悲劇の女皇を演じる楽しみは消えて、一人の空間が私の前に広がる。

 私の身体を生贄にする「楽しみ」が消えた残念と無駄な体力を浪費せずに済んだ安堵を心に留めて、私は服を素早く着直す。私が遅れることはあってはならない、この国にこれ以上の血は流してはいけない。

 (それにしても、エルフの私にすらささやき声一つ聞こえない陣幕なんて。精兵とはいえ、こんな軍勢は聞いたことがないわ)

 遠征軍はどう頑張っても士気の維持が勝利の成功に関わってくる。一つの国を滅亡に追い込んだ直後とはいえ、私語一つ聞こえてこないのはもはや驚きを通り越して恐怖しかない。普通は浮かれて、あるいはどこかから女の悲鳴でも聞こえてきておかしくない。

 ちらりと外を見る。靡く旗印は諸族を表わす識別符号としてだけではない、兵士たちに戦意を伝え窮状の味方に奮起を促すもの。三つ掲げられた戦旗は私ですらよく聞く、ザルツァの精鋭軍たちのものだ。

 (ザルツァの三大軍──第一王軍と禁衛第一軍、第二軍……旗印だけでもわかる、この国は酷く抵抗したようね)

 三つの最精鋭である遠征軍を同時に投入した征伐。あまりに異例だし、この国がどこまでザルツァと名乗る国の心胆を逆なでしたかよくわかる。

 (ま、私の役目はここまで。墓場であの女皇が苦しむことを願うばかりよ)

 己が死ぬことは分かっていたし、もう二度ぐらい慰み者になる機会はあるだろう。この世の歴史に名を遺す唯一の機会だ、精々「悲劇の女皇」を演じる機会を作ってくれることを願うばかり。

 私は期待と共に服を整え、陣幕を出た。


 「早々の到着、恐れ入る」

 「お待たせしてしまい申し訳ありません、少し準備に手間取りまして」

 通された陣幕は天蓋式の簡素な本陣だった。作戦を立案するための地図に砂盤、他にも雑多な道具が転がっている。雑然とはしているが全体的に物は少なめ。軍隊らしい実直な空気に懐かしさを感じた私はスカートのすそを持ち上げ最高位の礼を勝者に尽くす。

 「わたくしこそ、女皇マルドリーダに相違ございません。様々条件はございますでしょうが、私の命と引き換えに臣民の処遇だけはご勘案を」

 目を閉じ、静かに微笑む私。こうやって誰かを演じるのは最後だろう、精々化けて見せたいものだ。

 ……が、目を開けて見えたのは柔和な微笑みを返す皇太子と軍師の参謀。

 「良く演じられているな。捕虜の身分とはいえ、ハイエルフは芸術にも精通しているという噂を体現する巧さだ」

 「な……。は~、バレてたの」

 興覚め。私の口調が一気に砕けるが、気を悪くした様子もない皇太子が私に着席を促す。気品ある成年に促された私は静かに対面する椅子に座り、彼の言葉を待った。

 「まず聞きたい。誰が君に女皇の身代わりを演じるよう命じた?」

 「王都管領、ザリスティティです。ま、もう遠くの国に逃げ遂せてるでしょうけど」

 「なるほどな、あの女狐は君に声をかける余裕すらなかったか。滑稽だな」

 女狐、女皇の事だろう。何の感情もないけど……少し、私の勘に皇太子の言葉が引っかかった。

 「どういうこと?あの女を知ってるの?」

 「知ってるも何も、俺は前々から内偵を進めていたからな。身の丈に容姿、脱出時の衣服からついていった侍従の数まで把握してる。あの女は今頃、禁衛騎馬が本城まで護送しているだろうさ」

 「そ。ならこの国は半年前から負けていたわけか」

 私の呟きを、人間にしては耳聡く拾ったのだろう。参謀が小さく手を上げて発言の許可を皇太子に捕る。

 「ちょっとまて、なぜ我々の内偵が半年前からだと気が付いた?」

 え?だって……。

 「女皇の身なりが異国風になり、侍従たちにも多くの褒与が与えられた。宮廷に出入りしていた商人の中に見知らぬ顔が増えたと兵士たちが警戒してた、だけど女皇が兵士たちに接近しないよう命じていた……いや、密偵であるザルツァの商人たちが女皇の懐に入って兵士たちの検分を逃れたと考えるべきね、それが半年前」

 意外性も何もない話だ。女皇が暗愚だからこそ取られた常套手段にあの女はまんまと引っかかった。それだけのことだ。

 ──それだけのことだと思っていた私に、厳しい視線を参謀が向けてくる。

 「もう一つ聞きたい。この半月の間、内偵が全く機能しなくなったのはどういう理由だ?」

 「そりゃ、半年前に気が付いていたから私が権力持った半月だけでも何とかしようと思わない?それに、試してみたかったのよ。学んだことがどれだけ使えるか」

 「学んだこと?」

 「ええ、演技指南書とか台本とかは情報の宝庫よ、正しく理解してそのあとも学びを続ければ軍政も学べるかなと思って、学んでたのよ」

 「な……芸事で得た知識の真似事というのか!?」

 私にとっての当然が、精鋭軍の生死を分ける立案を束ねる参謀にとっては当然じゃなかったみたい。残念。

 とうとう絶句した参謀に代わり、少し愉悦に浸る笑顔で皇太子が訪ねてきた。余程慌てた参謀の姿を見るのが楽しかったのだろう、笑い転げたいと顔に書いてある。

 「どういう手法を取った?」

 「えっと、商人たちに符号を渡したの。そして馴染の商人たちにだけ符号の使い方を教えた。当然、密偵は渡された符号の使い方は分からないから他の商人に取り入ろうとする。……そこで集まった商人たちを一網打尽にしただけよ、殺そうと思ってたけどその前に征伐軍が包囲し始めたから、交渉材料になると思って生かしてあるわ」

 「密偵の数はわからなかったはずだ、一網打尽にできるという判断は何処にあった?」

 「すべての商人に少しずつ違う情報を渡したの。そうすれば齟齬が生じる、その齟齬のすり合わせを行わせないと話は分からないように、ね。密偵たちも気が付いたはずよ、持ち帰った情報によく分からない齟齬が生じてるって。でも実際、商人たちの出入りは続いてる、時々気まぐれかつ無作為に衛視が弾くだけ」

 「なるほど。そこで君たちが間者を放って、『もしかしたら一人ひとり符号が違うのかも、今日、衛視から符号帳を見せてもらったから確認し合わないか』とでも誘ったのか」 

 一言一句違わないところを聞くに、すでに密偵たちも開放済みのようだ。交渉材料を取り上げられて私の心が余計に醒める。

 「そういうことよ。なんだ、分かってたなら聞く必要ないじゃない。さ、お話は済んだ?煮るなり焼くなり、斬るなり裂くなり好きにしたら?」

 半月の間、私は確かに国家元首だった。その事実は変わらない。敗戦処理を任された時に、殿としての死も地獄で演じる劇の役に立つと覚悟して挑んだ。

 私に後悔はない。あとは一世一代の演技が、死の淵で待っているだけだ。

 だが、皇太子は随分とモノ好きで酔狂みたいで。

 「……惜しいな、殺すにしてはあまりに惜しい」

 「そう?見た目がいい奴隷だから?ハイエルフの国が滅んで少ししか経ってないけど、もう数でも減ってる?」

 私の投げやりな言葉に皇太子は呵々と笑って立ち上がった。そして私の前に歩み寄り、静かに膝をついて私の手を取る。

 「その才覚、我が軍に欲しい。カルニーナ、君を第一王軍の弓隊長に任じる。これは敗戦国女皇への、勝者からの命令だ」

 「……は?」

 訳が分からない命令に私の声が裏返る。けど確かに、筋は通っている。私は半月の間、身代わりとはいえ女皇を演じてたのは間違いない……けど。

 (こ、断りてぇ)

 だけど選択肢はない、拒否権もない。私の未来は今、決まった。

 「私の才覚で戦に勝てるなら、使ってくださいな」

 拒絶心を彼に漏らさぬよう、必死に演技で声を絞ったカトリーナに満面の笑みを浮かべた皇太子。後ろで参謀が頭を抱えているが、私は今から頭を切り落として考えるのを辞めたい。──命令は絶対だ、しかも敗戦国女皇「として」任につかせられるならば。

 (まぁまだ、演技の続きをさせてくれるってことか)

 そこまで考えがいたり、少しまんざらじゃない心持ちになった私は立ち上がった皇太子を誰何してみる。

 「で、貴方の名前は?皇太子ってことしか私は知らないわよ、御大将のお名前、聞いてもよろしくて?」

 「グラーフ・デ・ア・カグチ。継承権第三位の軍太子だ」

 「では、グラーフ様。私の実力を以て、貴方様の軍に勝利を齎しますわ」

 逃げ道を自分で立つ行動だけど……やっぱり演技を続けられることはまんざらじゃない。私に機会をくれた皇太子……グラーフに少しばかり興味がわいた。

 (ま、隊長格が声をかけていい相手じゃないけどね)

 どちらにしろ、新しい生活が始まる。弓隊ということは久しぶりに弓を握ることになりそうだし。

 私としては願ったりかなったり、私の身代わりとしての演技は続き、敗戦処理は円満に終わりを告げた。 

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