七
七
あるときは、駅前にいた。
観光地であるようで、目の前の通りには多くの人が行き来している。駅前の広場はロータリーだと思うのだが、車もバスも見当たらなかった。
駅舎を振り返ると、こぢんまりとした古い木造の平屋がある。屋根が赤く塗られているそれが、あの電車から見えていた駅舎だと、私は知っていた。
土産物屋や食事処が
緩やかな上り坂を進んでいくと、奇妙な建物が目についた。外壁は黒一色で窓がなく、ひょろりと背が高い。尖った屋根も相俟って、時計塔のように見えるのに興味を引かれ、私は中に入ってみることにした。
看板はどこにもなかったが、営業はしているようで、入り口の戸が開いている。入るとすぐに下りの階段があった。半地下になっているらしい。
人一人が通るのがやっとの幅の階段には緋色の
階段が終わると、陳列棚に民芸品のような雑貨が所狭しと並べられていた。ここは和風の雑貨を扱う店らしい。しかし、店員の姿も客の姿も見えない。
周囲を見回し、ふと上を見て、私は思わず瞠目した。吹き抜けになった天井から、
呆気にとられていると、どこかでかたりと音がした。そちらを見ても、誰もいないし何もない。首を捻りながら、ふと、上りの階段があるのに気がついた。黒く塗られているのか、年月のせいなのか、黒一色のそれは壁と同化して見つけ辛い。
上に行けば誰かいるかもしれないと考え、私は階段を上ってみることにした。
階段は壁沿いを螺旋状に上へ上へと続いている。しばらく上り、息が上がってきたあたりで見上げれば、まったく先が見えない。見下ろすと、これまで上ってきた相応の高さを見下ろせる。
おかしい。外から見たときは、こんなに高くはなかったはずだ。
戻ろうか迷ったが、せっかくここまで来たのだからと、私は上り続けることにした。手摺りにつかまり、息も絶え絶えに上っていくと、先に人影が見えた。それが例の青年のように見えて、私は立ち止まる。先ほど、物音を立てたのも彼だったのだろうか。
随分と先にいる青年は、疲れた様子も見せずすいすいと上っていく。吊るし飾りに紛れて見えなくなりそうで、私は声をかけた。
「あの! すみません!」
青年は足を止め、無表情で私を見下ろした。目が合ったのに何も言わず、すぐにまた一定の速度で登り始める。
「待って!」
聞こえているだろうに、青年はまったく速度を緩めない。仕方がないので、私も彼を追いかけて階段を上った。息が切れる。汗ばんでくる。もう十階分は上った気がするのだが、階段はまだ終わらない。青年の姿は疾うに見えなくなっていた。
階段に座り込み、諦めようかと迷う私を見透かすかのように、青年の声が降る。
「もう少しだ」
私ははっと顔を上げた。青年の姿はやはり見えない。しかし、いつの間にか、階段の終点がすぐそこにあった。古めかしい木製の扉がある。
先ほどまで、そんなものはなかったはずなのだが、今の私にとってはどうでもよかった。もう階段を上らなくて済む、それだけを頼りに私は残りの段を上り、扉に手をかけた。鍵などはないようで、スムーズに開く。
扉の先はすぐ外になっていて、吹き込んでくる風が心地よい。吊るし飾りが一斉に揺れて、樅の木の葉擦れのような音を立てた。
長い階段を上ってきたおかげで、街を遠くまで見霽かすことができる。おもちゃ箱をひっくり返したかのような町並みは唐突に途切れ、道だけが続いていく。その先には緑の山々が広がって、赤い鳥居がぽつんと見えた。
「これを見せたかったんだ。おいで」
青年の姿はなかったが、招かれたので、私は扉の外に出ようとした。しかし、
「違う、それは僕じゃない」
「え?」
背後からも青年の声が聞こえる。しかし、踏み出した私の足は、既に空を踏んでいた。
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