ポラリスに臨む箒星

一途貫

第一話 雛でも駒でもない

 ノーザンライツは強いグリフィン、その飛ぶ姿に並ぶ者なんていないさ。


 ノーザンライツは一番星、前人未到の氷の山に、自慢の羽でひとっ飛び。


 北風よ北風よ伝えておくれ。一番星が落ちたとさ。大鷲氷河に消えたとさ。



 とある大地主様の牧場には、変な生き物がいるという。それは大地主様も知らない内に牧場に住み着いていたそうだ。大地主様ご自慢の黒い雌馬の側に、その生き物はずうっと引っ付いていた。小さな嘴で馬草を啄み、朝を告げるような声で嘶くその生き物。ヒヨコのような上半身に、馬のような下半身。ボサボサに跳ねた鶏冠から、馬達はこの奇妙な生き物を"箒頭ブルーム"と呼んだ。


「ママ、ボクもお外に行きたいよ」


まだ人々が寝静まる頃、ブルームは雌馬の前足に縋り付いていた。


「ダメよ、言ったでしょう? 外には人間達がいるから、危ないわ」


黒い雌馬が困り気にブルームを干草の中に下ろす。ブルームのさえずる声に、他の馬達の苛立たし気な鼻息が厩を震わせる。格子越しに聞こえる馬達の文句に、雌馬はため息をつく。


「でも、人間はいつもボク達に美味しいご飯を持ってきてくれるよ。危ない所なんてどこにあるの?」


ブルームは無邪気な顔で雌馬を見つめる。雌馬は瞳に映る我が子の姿を見て、胸が締め付けられた。


「それは......」


「おい、ポーラスター。いい加減そのチビに、自分が馬じゃねぇことを教えてやれよ」


「オメェみてぇな珍獣が人間達に見つかった日にゃ、すぐに撃ち殺されちまうだろうよ」


言い澱むポーラスターに、血気盛んな若馬達が口々に罵る。まだ小さなブルームには、馬達の言っている意味が分からない。ただ、馬達の突き刺さるような罵声と、それを聞き首を垂れる母の姿を見ていると、背が震えた。


「この子は私の子よ! 人間に殺させなんかしないわ!」


ポーラスターの怒号に、若馬達は一瞬たじろぐ。ポーラスターはブルームを咥え、小屋の奥へ隠れるように伏せた。


「ママ、どうしてボクは外に出ちゃダメなの?」


ブルームは項垂れるポーラスターの立髪を掻く。ポーラスターは鼻先でブルームの頬を押した。


「お前はまだ小さいのよ。もっと走れるようにならないとだめよ」


「でも、ボクと同じくらいの子達はもう外に出てるよ。なんでボクだけダメなの?」


ブルームは不満気に干草を前足で蹴る。自分の脚で立てる仔馬達は、とうに牧場を駆けているのだ。ブルームは生まれてすぐに走ることができた。厩の中はブルームには狭すぎるのだ。


「ブルーム、お前が考えているよりもずっと、外の世界は怖いのよ。優しい人ばかりじゃない、お前を苛める人もいるのよ」


ポーラスターはブルームの頬を舐める。ブルームには母の言葉の意味が分からなかった。ブルームが見る外の世界の光景は牧場と、走る馬達だけ。ブルームはこのまま厩にいる奇妙な珍獣として、生きていくはずであった。


 ある日までは。

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