第5話 其の詩よ 紡いだ言葉は 誰が為

「お茶派? 珈琲派?」

氷乃が聞いた。


「縁側で飲むならお茶かな」

多々子が答える。


「ん、わかった」


「悪い、手伝おうか」

立ち上がろうとする多々子。


「いいから、座ってて」

氷乃はにこやかに言う。

「めーちゃんはココアでいいよね?」


「うんっ!」


「おい、ここはあんたの家だろ」

多々子が名花に耳打ちをした。


「だって〜、ひょーちゃん手伝わせてくれないんだもん〜……」


「世話焼きたいだけだから」

会話が聞こえたらしい氷乃が踵を返しながら言う。


「たこちゃん、家、遠いの〜?」


「いいや、そんなに離れてないな」


「やったぁっ!」


「なんで喜ぶんだ」


「友達の家が近いのは嬉しいからだよ〜」


「友達か……」


「違うよぉ! 親友だよっ!」

名花が目一杯の笑顔で言う。


「飛び級だな」

多々子は遠くの星を見るような目をしている。

「私に友達はいない」


「えぇ〜……!? じゃあ、親友は何人なのっ!?」

名花が身を乗り出して、多々子に顔を寄せる。


「ゼロだ」

そう言って、名花の頭を撫でる多々子。


「じゃあ、私一人目!」

撫でられた名花は気持ち良さそうな顔で宣言した。


「そしたら、私は二人目かな」

お茶とココアを盆に乗せた氷乃が割り込む。

「たこちゃん、二年生だよね。クラスは……一組だったかな」


「ああ、よく知ってるな。あんたは?」


「私も二年だよ。三組の郡氷乃、好きに呼んでいいから」


「氷乃……」

多々子が考える仕草をする。

「ああ、噂の。あんたが氷乃なのか」


「噂ねえ」

あはは、と氷乃が笑う。

「……めーちゃん、寝ちゃった?」


「ん? あ……寝てるな」

名花は、多々子の膝の上ですーすーと寝息をたてて眠っている。

「とんでもない寝付きの速さだ。才能だな」


「かわいいよね」

氷乃が三日月のような目で名花を眺めている。


「ああ、猫に懐かれた気分だ」


「どれどれ、ベットに運んじゃおう」


「手伝うか?」


「ううん、軽いから」


名花を抱きかかえた氷乃の、階段を上がる足音が響いた。


* * *


「ごめんね。結構大変だったでしょ」

氷乃が縁側に座って言った。


「ん?」

目だけで氷乃を見る多々子。


「めーちゃんの相手」


「ああ……いや、楽しませてもらったよ」


「めーちゃんの詩、不思議な魅力があるんだよね」


「そうだな」


「無表情だね、たこちゃん」


「よく言われる」


「その金髪、綺麗だね」

氷乃がまじまじと多々子の髪を見ている。

「怒られない?」


「これは地毛だ」


小さくを口を開ける氷乃。

「……あら、目もうっすら金色だね」


「色素がどうもおかしいらしい。メラニンがどうとか……詳しくは知らん」


「綺麗……」


「名花の銀色のほうが、私は好きだ」

多々子は顎を少し上げて言った。


「うん、めーちゃんね……綺麗だよね。撫でるとふわふわしててさ……子供みたいに喜んでくれるから、ずっと撫でちゃうんだよ」


「仲良しさんだな」


「幼馴染なんだよね。めーちゃんが黒髪だった頃も知ってる」


「……そうか」

多々子がゆっくりと目を瞑った。


「……よかったら、これからもめーちゃんと仲良くしてくれないかな」

氷乃が多々子の方に向き直る。


「同好会のことか?」


「お、察しがいいね」

氷乃がモナ・リザのような顔をした。


「団体に所属するってのは、どうも気が進まないな」


「そう言うと思った」

氷乃がクスクスと笑う。

「めーちゃん、意外とくじけないから。どこまで耐えられるかな〜?」


多々子が鼻で笑う。そして、ゆっくりと息を吸って、詠い出した。

「ありふれた いつもの景色 変わりゆく 詠う少女に 見とれたその日」


「……」

氷乃が目を見開いて、多々子を見つめている。


「おい、何か言ってくれないか?」

多々子は無表情のままである。


「……」


「なんだ……私の詩は時間を止めるらしいな」

ふん、と鼻息を漏らす多々子。


バタバタっ!と氷乃が立ち上がった。


「ちょっと待ってて! めーちゃん起こすから! もうひとつ考えといて!」

そう言って、走り出そうとする氷乃。


「おい! いいから寝かせておいてやれ」

間一髪で氷乃の腕を掴む多々子。


「いや、絶対とんでもなく喜ぶよ! めーちゃんの喜ぶ姿、みたいでしょ?」


「わかったから、一旦座りな」


少しの逡巡をみせる氷乃だったが、あきらめたのか、元の場所に座った。


「驚いた。詩、好きなの?」

ココアを一口飲んだ氷乃がおずおずと問いかける。


「いや、名花の真似事だ。ジョークのつもりだったんだが、笑えなかったか?」

多々子が呆れたような仕草をした。


「唐突だったし、なんか、美しかったから……」


多々子がふっと息を吐く。


「まあいい、私は帰るぞ。お茶、ごちそうさま」


「え、泊まっていかないんだ」


「また今度な」


「また今度ね、いつでもどうぞ」


「あんたの家じゃないだろ」


「めーちゃんの代わりに、またね、って言っとかないと」

そう言って、微笑む氷乃。


「じゃあな」


「また」


少女は今日、詠い始めた。

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