第4話 降る星に 願わぬ心の 強かさ
名花の瞳に反射した街並みは、暗さを引き連れた橙色に染まっている。
多々子がバイクを走らせたのは山道だった。舗装されていない道を抜けると、山頂までたどり着ける。
山頂は、名花たちが通っている学校を含め、街を一望できる場所だった。
田圃道、まばらに一軒家。この街は、豊富な土地を贅沢に使っている。
「うわぁ……!」
名花が息を飲む。
「どうだ」
「すっごいねぇ……! とっても綺麗だよ〜……!」
「私だけの場所だったんだけどな」
多々子は遠くを見つめている。
「あ、ごめんねぇ……」
名花はしょんぼりしたように、俯いた。
「おいおい、今更謝らないでくれよ。半ば強引についてきたくせに」
「迷惑だったよねぇ……」
「我に返るのが遅い奴だな」
「ああ、いいから、詠ってくれよ」
多々子は名花と目を合わせずに言った。
「え……?」
「詠ってくれ」
「いいの?」
「そのために連れてきたんだぜ?」
多々子は肩をすくめてみせた。
「たこちゃん、優しいなぁ〜……」
「優しい?」
「うんっ!」
「……すごいこと言うな、あんた」
多々子は上半身をそらして、目を細めた。
「初めて言われたぞ」
「嘘だね〜」
名花も真似するように、目を細める
「本当のことだ。ほれ、詠え」
多々子は寝っ転がって、空を眺め始めた。
「夕焼けは待ってくれないぞ」
夕日が沈む直前だった。
名花はクリスマスプレゼントの箱から出てきたおもちゃを見つめるような目で、街並みと夕日を交互に見ている。やがて、何かに気づいたように多々子を見つめて、にっこり笑った。
「これだけ綺麗なものが揃ってると、なんだか迷うなぁ〜……」
へへ、と名花が口を抑えて笑っている。
「一輪の 花を運んだ 駆動音 綺麗を探す 静かな瞳」
名花の発音は淀みない。
いつものように、惚けたような口調ではなかった。
「二輪だろ」
多々子は瞼を閉じたまま言った。
名花は今日も、詠うのをやめない。
* * *
街灯と街灯の間隔が長すぎる田舎道。
ヘッドライトの光を頼りに、多々子と名花が走っている。
他に走っている車はみられない。
「ど田舎だよな、ここ」
そう言った多々子の長い金髪が風に流されて、名花のヘルメットにパシパシと当たっている。
「え〜……そうかなぁ……ちょっと行けば都会だよ〜?」
「ちょっとの感覚がおかしいぞ、あんた」
多々子がちらりと後ろの名花を確認した。
「家はどこだ?」
「帰るの〜? 学校は〜??」
「本気で屋上にいくつもりだったのか? 入れるわけないだろ」
「たこちゃんなら入れるんじゃないの〜?」
「無理だよ。私をなんだと思ってるんだ」
「たこちゃん、屋上好きそうなのにぃ……」
「なんだそりゃ……」
「あ! そしたらね、私の家にいこ〜!」
「そのつもりだ」
「違うよ〜! 私の家で、たこちゃんはね、星を見るんだよ〜?」
「何?」
「だからね、私の家に泊まるの!」
「おいおい……」
「ダメ、なの……?」
「その顔はやめろ」
多々子は諦めたように、鼻息を漏らした。
「わかった、少しだけだぞ、泊まりはしない」
「やったぁ〜!」
「親に連絡しておけよ」
「私ね〜、親、いないの〜」
「そうか」
「うわぁ! 驚かないなんて、私がびっくりしちゃったよ〜!」
「驚くことなんてない。私も同じだからな」
「えぇ〜!?」
「死んだわけじゃないがな」
うっすらとバイオリンの音色が響いた。
鈴虫も騒ぎだす。
「あっ! ひょーちゃんだぁ〜!」
「……そうだった。このあたりだったな」
「うんっ! ひょーちゃん! ひょーちゃん!」
「一緒に住んでるのか?」
「ううん、でもね、家が近いから、しょっちゅう泊まりにくるんだ〜! 私、一人で暮らしてるけど、ちっともさみしくないんだよ〜!」
「そうか」
「うわぁ! 驚かないなんて、私がびっくりしちゃったよ〜!」
「驚くことなんてない。私も同じだからな」
「ええ〜!? すっごく一緒だね〜!」
「私はただの一人暮らしだよ」
「私はね、おじいちゃんとおばあちゃんと暮らしてたんだけどね〜、もう天国に行っちゃったんだ〜」
「それで、一人か?」
「うん! 保護者になってくれた親戚の人はいたんだけどね〜」
「そうか」
「たこちゃん、クールだよねぇ〜……」
「そうか?」
「かっこいい!」
「どうも。ちょっと飛ばすぞ。田舎道はこれが気持ちいいんだよ」
バイクががなり立てる。
「ふわぁぁぁっ! 早いよぉ〜!」
バイオリンの音色が心地よく響く田舎の片隅で、名花の楽しそうな叫び声がこだました。
* * *
「ついたぞ。ほら」
名花の家の前、多々子のバイクが止まった。
「ありがとぉ〜! そして、ようこそ!」
嬉しそうに笑う名花を見て、多々子はため息をつく。
「邪魔するぞ」
「あーーっ! 流れ星! 流れ星だよ!」
「おお」
「明日もまた綺麗なものが見れますように、明日もまた綺麗なものが見れますように、明日もまた綺麗なものが見れますように……」
「なんだその願い……」
「あ、やっぱり抽象的すぎるかなぁ……お星様困っちゃうよねぇ……」
「いや……まあ、大丈夫だろ。それぐらい汲み取ってもらわなきゃ、お星様の名が廃る」
多々子はそう言って、鼻を鳴らす。
「たこちゃんは何か、お願いしなかったの?」
名花はキョトンとしている。
「願い事を自分以外に託すのはやめたんだ」
「そうなの?」
「そうだ」
「降る星に〜願わぬ心の、強かさ〜」
多々子はちらりと名花を見て、すぐにそっぽを向く。
「おい。玄関を見ろ。ひょーちゃんが待ってるみたいだぞ」
「あっ! ひょーちゃんっ! ただいまーっ!」
氷乃にダッシュハグを仕掛ける名花。
氷乃は優しく名花を受け止め、微笑んだ。
「おかえり、めーちゃん。それで……」
そのままの表情で、多々子に視線を移した。
「たこちゃん!」
名花が嬉しそうに声をあげた。
「おかえり、たこちゃん」
そう言って、右の掌を玄関に向ける氷乃。
「多々子だ。月似多々子」
明るい星が三つ。
今日も輝いている。
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