老人と思い出と魔女の子孫

老人と思い出と魔女の子孫①

 魔女の子孫なる人が家に訪れたとき、老人は目を見張った。


「こんにちは。魔法屋 羽月はづきの月羽 祈莉と申します。ご依頼をいただいた安藤様でよろしいでしょうか」


 藍色の、まるで制服のような形をしたワンピース。長い睫毛に覆われた藤色の大きな瞳。小さな鼻。ふっくらと色づいた唇。低い位置で一つにまとめられた漆黒の髪は、段階を経て藤色へと染め上げられている。

 まるで、精巧につくられた人形のようだ。


「安藤様?」


 魔女の子孫なる人に依頼をした安藤は、再度声をかけられて「あ、あぁ」と返事をした。



 安藤は自分が衰えていくのを感じていた。


「……お前、変わったな」


 学生時代、親しくしていた友人にそう言われ、自分は変わってしまったのだと気づいた。


「ずいぶんとやつれているじゃないか」


 安藤は数年前、妻を亡くした。美しい人だった。持病があったことを安藤に知らせず死んだ。なんで、と思った。言ってくれれば、一緒に、もっと。その先は、心の中だとしても言葉にならなかった。

 娘も同じ病気にかかった。優しくて、かわいらしい子だった。親バカが入っているかもしれないが、本当に大切だったのだ。なのに、妻を亡くした安藤は、娘に何もしてあげられなかった。元気のない安藤を元気づけようと、あのは、安藤に特別な場所の景色を見せてくれた。「おとうさん」と舌足らずなあたたかい声で名前を呼ばれることはもうない。けほ、こほ、と咳をして、病気でそのまま死んだ。


 孤独となった安藤は、食事がおざなりになり、気力をなくした。

 そんな安藤のもとへ、久々に会いたくなったから来た、と友人が訪ねてきた。迎えた安藤を見て驚き、安藤がやつれていることを気にした友人は、安藤に言ったのだ。


「羽月を知っているか」

「羽月? なんだ、それは」

「魔法を贈っているところだ」


 魔法を贈っている、と聞き、少し時間をおいて魔女の子孫が生きている、という話を思い出した。昔、友人と、そんなやついるのか。見たこともないよな。と話したことが思い出される。

 魔法なんて必要ない、という安藤に友人は笑って告げた。


「あそこはいいぞ。たとえ、魔法が必要なくても」



 安藤が祈莉に頼みたい魔法を言うと、祈莉はわかりました、と答えた。数日かかりますがよろしいでしょうか、と聞かれ、申し訳ないことをした、と思った。たかだかこんな願いのために、この少女の数日を使ってしまう。だが、うまく断れることはなかった。安藤はそういう性格なのだ。

 魔法を贈るためには、材料が必要らしい。すぐに帰ろうとする祈莉を引き留め、お茶とお菓子を勧めた。申し訳なさそうな彼女だが、安藤を見ると、素直にお茶とお菓子をもらってくれた。しばらく一人で過ごしていた安藤は、この家に自分以外に誰かがいるということに、少し安心した。


 翌日の夕方、祈莉がもう一度家にやってきた。ずいぶんと早いなと驚く。そして、やはり家に自分以外の人間がいることに安心感を得た。孤独じゃない気がする。お茶を出そうとすると、祈莉はお茶を断った。


「お茶ではなく、一つ、ご協力願いたいのですが」

「僕ができそうなことなんて、ないように感じるけど」

「いいえ、安藤様にしかできないことです」


 祈莉が言ったのは、ある景色を見せてほしい、ということだった。


「申し訳ございません。安藤様からご依頼いただいた魔法は、少し特殊でして」


 断ろうと思ったが、材料をそろえ、こうしてきてくれた祈莉のことを思うと、うまく断れる気がしなかった。

 実を言うと、ただ思い出したくなかったのだ。妻と娘のことを、鮮明に。そうすれば、もっと孤独を感じて、寂しさで自分がダメになってしまう気がしたから。

 安藤は、祈莉の言うとおり、写真を持ってきた。


「……」


 じっと写真を見つめる祈莉を見て、安藤は息をのんだ。

 写真に写っているのは、美しい景色。あの娘が見せてあげるよ、といった景色がそこにはあった。あの娘がとってきてくれた景色だ。そして、安藤の思い出にあふれた特別な場所でもある。

 やめてくれ。そう言葉が出そうになって、安藤は写真から目をそらした。

 いつも、この写真を見るとあたたかい気持ちになる。同時に、自分がどうしようもなく孤独に寂しい生活をしている、と否が応でも気づかされてしまう。それが自分の心にひびを作っているような気がするのだ。涙が出そうになって、安藤は自分を責めた。なんで、こんな、これだけのことで。


「……安藤様」

「どう、したんだい?」

「この後、ご用事はありますでしょうか」

「え……ないけど」

「それでは、行きましょう」


 祈莉は急に告げた。安藤は目を見開く。

 え、行く? どこへ? 今から? 様々な疑問が頭の中を渦巻く。

 安藤が驚いているうちに、祈莉は室内で傘を広げた。不思議な色の傘だ。雨の色のようにも、晴れた空の色のようにも、花のつぼみの色のようにも、木の実の色のようにも思えてくる。いろいろな色がまじりあっていると言えるような、言えないような。形容しがたい色であった。祈莉がくるりと傘を回すと、傘は夕焼けと湖の色になった。

 これまた驚きに目を見張ると、祈莉はその小さな唇を開く。


「出発進行、でございます」


 

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