第3話 悪意

「よし! これで終わり!」


 ローズと出会ってから三日目の夜。彼女の背中の傷も治して、一通り治療を終えた。まだ所々傷はあるが、あとは自然治癒で何とかなるだろう。


「ありがとう、アル」

「うん、大丈夫だよ」

「ねぇ、あたいアルの為に何かしたいんだけど」

「じゃあ、僕の護衛をしてもらおうかな」

「護衛?」

「うん。ガイに『もう一人、護衛がいてもいいんじゃないですか?』と言われてさ、どうかな?」

「やる! あっ、そうだ。あたい奴隷契約してないよね?」


 奴隷契約か。彼女は裏切ら無さそうだから大丈夫かな。


「奴隷契約しなくてもちゃんと護衛の仕事してくれるでしょ? だったら大丈夫」

「アル!」

「うわっ!」


 突然、ローズが僕にヘッドロックをかけて来た。逃げられない。柔らかいものが顔に当たってる。


「遠慮なく、あたいに言えよ。一生懸命何でもやるから」

「取り敢えずヘッドロックを外して」


 何か頼れる姉貴が新しく出来たみたいだ。もちろん頼れる兄貴はガイ。


「ニシシ。そうだ、アル。一緒に夕食食べよう」


 ◆


 ローズと出会ってから一か月が過ぎた。僕はいつもと同じ様に奴隷達のお世話をしている。ローズがお世話を手伝ってくれると言うので、僕は彼女に三階にいる奴隷を中心に世話をするよう頼んだ。最初の頃は物を破壊するなど若干のトラブルがあったが彼女は仕事をしっかりと覚え、今では僕が様子を見に行かなくても問題ないくらいだ。その日の夜は食堂で、


「おい! アルもっと吞め」

「若、お嬢に注がれているだ。男なら飲んで」

「ははは」


 従業員の慰労を込め、みんなでさかずきを交わしていた。僕はお酒はほどほどに雰囲気を楽しんでいると、ローズがイイ感じに出来上がってきて、絡み方がしつこくなってきた。


「あたいの酒が呑めないってかい?」

「いや、そういうわけじゃ――」

「だろ? いいからいいから」

「ふぅ(これは早めに部屋に戻った方が良さそうだな)」


 僕はローズに注がれたお酒を飲み干し、部屋に戻るため立ち上がった。


「アル、どうしたん?」

「ちょっとトイレに行ってくる」

「いってら~、早く戻ってこい!」


 部屋に戻り、一息つく。ベッドの上でボケーっとしてると、扉の開く音が聞こえた。


「やっぱり、アルここにいたんだ」

「ローズ?」


 獲物を狙うような目をしたローズが僕に近づいて来る。僕はどうしたらよいかわからずその場から動けないでいた。


「ふふー♡ えい!」

「わっ!」


 ローズは服を脱ぎ、僕を押し倒す。彼女は僕を見つめ呟いた。


「あたいのこと魅力的って言ってくれたのに、全然手を出してこないじゃーん」

「えっ」

「アルが悪いんだ――から――ね」

「ちょ、ちょっと」

「(すぴー、すぴー)」

「ローズ?」


 どうやらローズは酔って眠った様だ。僕は動こうとするが彼女に体をがっちりホールドされて動けない。冒険者をしていた彼女を振りほどく力が僕には無い――何か情けない。彼女の眠っている顔を見て、そんなことを思った。


 ◆


「若! 火事です! 起きてください!」


 ウトウトとしているとガイの慌てた声が聞こえてきた。僕は起きようとしたが、ローズに阻まれ起き上がれない。


「何いちゃついているんですか! それどころじゃないんですよ!」

「ローズにがっちり捕まっているんだ。ガイ」

「もう知りません。わいは奴隷達の安否を確認しに行きます!」


 騒がしい音が聞こえてくる。僕はローズの耳元で呟いた。


「ローズ、早く起きないとデカテカ亭の新作柔らかシフォンケーキが売り切れちゃうよ」

「!」


 何とか起きてくれた。僕はローズを引きはがしベッドから降りた。彼女はまだ寝ぼけている様だ。


「柔らかシフォンケーキどこ!」

「ローズ、火事が起きている。みんなを避難させないと」

「ん? どうゆうこと?」

「火事に巻き込まれた人がいるかもしれないってこと」


 僕は支度をし、奴隷商館の三階へと向かう。火の手が上がっているのなら、一番危険な場所だと判断したからだ。ローズと共に三階へ向かっている途中、ガイに出くわす。


「若! 三階はもうみんな避難しています。二階見ましたか?」

「見てない!」

「じゃあ、行きましょう!」


 二階に行くと、辺りは火の海だった。仕事で使う資料も、いろいろな商品も、もう焼け焦げてしまっているのだろう。


「仕方がない。一階を見れる範囲で見よう」


 一階で逃げ遅れた人がいないか――いた。立ち上がる火の先にある、おそらくあの倉庫にいる奴隷はもう助からないのだろう。


 ◇


「若、半分くらいいません。逃げたようです」

「わかった」

「それとこれがありました」

「ん?」


 ガイに渡されたものには文字が書いてあった。内容は、


『奴隷を扱う極悪人に天誅を』


 その文字を見て「ああ、誰かが商館に火を着けたのか」と。何でこんなことするんだ。ちゃんと奴隷のために働いて、ここにいる彼らの生活を保障しているのに。僕は犯人に恨みを覚えた。


 一夜が明け、火が鎮火する。僕は奴隷商館の焼け跡を見て「奴隷が半分ほど残っているが、ちゃんと食べさせていけるのか?」これからどうすればよいのか。すぐに答えは出なかった。


 ◆


 火災から三日後、逃げ出した奴隷の一部が商館に帰ってきた。話を聞くと、生活をするためのお金を稼ぐことができなかったらしい。三階にいた若い女性の奴隷は娼館で働くくらいなら、恥をかいてでも奴隷商館に戻ろうと決断したみたいだ。僕としては帰ってくれて有難いと感じる一方、財政難に陥った奴隷商をどう立て直せばよいのか不安を感じずにはいられなかった。

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