第2話 婚約破棄②
「うっ! そ、その……運命の人に出会ったからと……」
お父様は、私の質問に言葉を詰まらせる。顔に大汗を搔きながら、呻くような声でお父様が告げた。その瞬間、頭の中が真っ白になる。
「……は? ……」
衝撃のあまり、思わず淑女としてあるまじき声が発せられた。
貴族同士の結婚に自由な愛を求めることは立場上、許されるものではない。貴族の結婚とは、利権や国の情勢による政略結婚が殆どなのだ。国を担う貴族として生まれた時点で、それは決定づけられていることである。貴族として生まれたならば、それが義務であり責務だ。幼い頃からそれは教えられ育ってきた。
それ故に政略結婚であろうと、フェレッタ侯爵家が何を望んでいるか分からなくとも婚約に応じた。侯爵家と繋がりが出来れば、今後のプライマー伯爵家にとって有益だと判断したからだ。
元婚約者であるフェレッタ侯爵子息は年上であり、愛はなくとも良きパートナーになれるように私なりに努力を重ねて来た。少しでも相手を理解しようと、慣れない剣の稽古もしたものだ。幼く見える服装を止め、メイクや化粧品も変えた。彼に歩み寄ろうとしたが、全てが無駄だったことを悟る。
『運命の人』と出会ったからという理由で、フェレッタ侯爵子息は貴族の義務も責務も放り出した。そして婚約者へ説明もなく、一方的な婚約破棄を行ったのである。フェレッタ侯爵子息は婚約者である私よりも、『運命の人』を選んだ。
加えて、家同士の繋がりを重視する貴族の婚約破棄だ。息子の暴挙をフェレッタ侯爵家が許したということになる。つまりフェレッタ侯爵家から、我がプライマー伯爵家は虚仮にされたのだ。
「ふふっ…………はははっ…………」
そうだ。彼は一度も私に会いに来てくれなかったではないか。手紙も一言『忙しい』だけであった。私の努力も目にしていない。報われない努力を重ねていた私は、どれ程滑稽で愚かだったのだろう。そう思うと笑いがこみ上げてくる。勝手な婚約に、身勝手な婚約破棄。自分勝手にも程がある。
「ア、アン? 大丈夫かい?」
「ご心配には及びませんわ。お父様。そうですわ、お父様。商人の方を呼んでくださいます?」
突然笑い出した私の行動に、恐る恐る声をかけるお父様。私は笑い過ぎて、目尻に溜まった涙をハンカチでそっと拭う。
「……え? うん?」
お父様は状況が分からす首を傾げた。
「元婚約殿が体裁を保つ為に、送り付けてきたゴミの処分を致しませんとね?」
私がにっこりと、微笑む。我が家には、フェレッタ侯爵子息から送り付けられた『プレゼント』という名の『ゴミ』が沢山あるのだ。贈られてきたまま、使用することもなく積み上げられている。自分勝手なフェレッタ侯爵家の『プレゼント』を使用する気にもならない。婚約破棄されたならば、正真正銘不用な『ゴミ』である。
「あ、そ、そうだね! 直ぐに呼ぶよ!」
お父様は慌てた様子で、返事をしながら部屋から飛び出した。
「はぁ……」
一人になると、溜息を吐く。
男なんてもうウンザリである。
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