第2話「元気出せ!」

 それはスラムと言っていいじゃろう。寂れた町並みが広がっておったのじゃ。

 ルナはワシの手を離し、ついてくるように言ったのじゃ。

 ワシは素直についていくのじゃ。まだ日が昇っておるのに暗い雰囲気じゃった。

 一人の子供が壁にもたれかかって座っておったのじゃ。何かブツブツと呟いておるのじゃ。

 ルナは少年に近づいて何か語りかけたが追い返されておったのじゃ。

「コン様の出番です」

「どうすればよいのじゃ?」

 ルナはワシの背中をバンバン叩く。

「あの子の背中を叩いてあげてください」


 ワシは元気が出るように思いっきり少年の背中を叩いたのじゃ。

「ぎゃあああ! 痛いのじゃ!」

 まるで岩を叩いたような感覚。痛くて悶えるワシじゃ。

「じゃあ撫でられますか?」

 ワシは痛みにヒリヒリした手を抑え、震える手でルナの言うように少年の頭を触るのじゃ。

 撫でるがまるで石のようじゃ。少年には感覚が伝わってないのに、ワシは冷たい石を撫でとるように感じていたのじゃ。


 ワシは少年が元気を出すように念じて頭を撫で続けたのじゃ。

 すると少しずつじゃが柔らかくなった気がしたのじゃ。

 こねるように触っていくと、これは魂が固まっとるのじゃとわかったのじゃ。

 どれくらいこねとったかわからんが、だいぶ柔らかくなってきた。ここで、もう一度背中を叩いてみるのじゃ。今度は軽くじゃ。

 ポヨヨンと跳ねるような感覚がしたのじゃ。もう一息じゃと思ったのじゃ。

「元気出すのじゃ! 元気出さんか! ほれほれ!」

 こやつが何に悩んでおるのかは知らんが、ワシは笑顔を見たいのじゃ。


 こね回して背中を叩いて、中身を柔らかくしていく……どのくらいの時間そうしておったかわからんのじゃ。

 やがて少年が顔を上げたのじゃ。ルナの方を見とったのじゃ。

「気分は晴れた?」

「うん」

「言ったでしょ? 神様が来てくれたよって」

 ルナはワシの事が見えない少年に語りかけるのじゃ。


 やがて立ち上がった少年は礼を言って立ち去るのじゃ。ワシは聞こえなくても精一杯叫んだ。

「さよならバイバイなのじゃ! 元気出すのじゃぞ! 少年よのう!」

 少年が立ち去ると突然ワシの足に力が入らなくなったのじゃ。ワシは倒れたのじゃ。ここでまた死ぬのかのう?

「お疲れ様でした。これを繰り返せばレベルアップできるはずです」


 レベルアップ? そう聞き直しながらワシは担がれたのじゃ。ワシはルナに背負われて宿に着いたのじゃ。ルナは自分の分とワシの分の代金を置いて、部屋へと運んでくれたのじゃ。

 ワシは汗をかきもしとらんのに、ヘトヘトじゃった。

「神様はシャワーを浴びれませんが、私はシャワー浴びますね」

 ルナは浴室に行くのじゃ。女の子が同じ部屋でシャワーを浴びると言うておるのに、情けなく眠気に負けそうなワシじゃ。ワシは気づけば瞼が落ちて眠りこけておったのじゃ。


 こうして一日目が終わったのじゃ。ワシは一人の少年を救えた気でおったのじゃ。

 じゃがそれは間違いじゃったらしい。翌日ルナから、あれでは解決にはならんと聞いてショックを受けたのじゃ。

 ワシ結構頑張ったのに、あれでは一時しのぎにしかならんらしいのじゃ!

 根本的な解決に向けて動き出そうと、ルナはワシの背中を押して更に動き出すのじゃった。


 その時には想像してなかったのじゃ。悩んでいる人の多さと、今以上の苦労が待っていることをのう。

 じゃがそれは当然じゃよのう。町には色んな人がいて、色んな悩みが生まれてくるんじゃから。

 スラムなら当然悩みも多いじゃろう。そしてあの少年の悩みを完全に解決しない限り、どれだけ励ましても一時しのぎにしかならんのは当然なのじゃ。

 もっと楽に解決できるのかと思っていた神様道のワシには苦難の道じゃった。

 じゃが、想像もしてみれば容易かったのじゃよのう。こんなにも悩みを解決する簡単な方法が存在するこの世界に驚くのはまだ先の話じゃ。

 幼きながら健気に聖なる巫女として働くルナの後についていきながら、ワシも神としての役目を果たそうと考えるのじゃった。


 ルナの表情は明るいのじゃ。ワシが降臨した事で変わる事はあるようじゃ。当然じゃな、そしてワシのレベルアップに期待しているようじゃ。できる事が増えたら、きっとこの町は救われるじゃろう。

 ルナはどこまでわかるんじゃろう? ワシのやるべき事を全て知っているのじゃろうか?

 そうならばワシは言われた通りにすればよいだけじゃが……果たして、どうなんじゃろうか?

「変に考えてないで行きますよ」


 まるで心を読まれたかのように反応されたので驚いてから、冷静にルナを見るのじゃ。

 信用していい子なのか、それは見ていても分かるのじゃ。多くの人に信頼されて笑顔で笑う彼女が、悪には見えず、ワシは彼女に背中を預けることを決めたのじゃった。

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