第2話 RTA

 おっさんと別れてある場所へと、向かう。


 先立つ物がなかった俺はおっさんに仕事をくれと頼んだが、さすがにそこまでは面倒見切れんと言われてしまった。


 まあ、この世界の説明と街まで案内してくれただけで充分助かった。


 男なら戦って稼げと言われた俺は無理と一蹴したが、見かねたおじさんが最後に告げた言葉がある。


「戦えないなら、たしか冒険者ギルドで訓練できるぞ」


 ……その言葉に従い俺は歩を進めている。

 

 それにしても冒険者ギルドか、たしか仕事を斡旋してくれる場所だった気がする。呼び方は色々とあるが、ゲームではわりとポピュラーな設定のイメージがある。

 

「……ここか」


 冒険者ギルドの扉を開く、中には屈強な男達ばかりが……ってわけでもなかったが、流石に俺みたいな細身な男は少ないようだ。


 一瞬、俺に視線を向ける者もいたが、すぐに興味をなくしたようだ。弱そうに見えたからか? まあ否定できないのが辛いところだ。


 俺はカウンター奥の受付らしき場所へと向かう。


「冒険者ギルドへようこそ。本日はどのような要件でしょうか?」


 受付担当らしい女性が話しかけてくる。


「ここで訓練してもらえるって聞いたんですけど……」

「ああ、初心者講習希望ですね。あちらで受付ております」


 案内に従いカウンターへと移動する。


「おお、講習希望か」


 話を聞いていたらしい、そこそこ年齢の行ったガタイのいい男が声をかけてくる。


「戦闘経験がないんですが、ここで教えてくれると聞いて来ました」

「ん? 経験なし? 一度もか?」

「ええ、まるっきりないです」

「お前、もしや貴族か?」

「まさか」


 慌てて否定する。どうやらおっさんの言っていたとおり若い男でも戦闘経験があるのが一般的らしい……この世界では。


「詳しくは聞かないが……まあいい。それより金は持っているのか?」


 金……当然ながらない。おっさんは言っていなかったが、よくよく考えたらタダで戦闘訓練してくれるってのもおかしな話だ。


「いや、持っていなんですけど……さすがにタダってわけにも?」

「当然タダというわけにはいかない。ただ終了後にギルドの依頼をいくつか受けてもらってその報酬から料金を引くということはできる」


 よかった。どうやら後払い対応らしい。


「じゃあそれでお願いします」

「オーケーじゃあ手続きだ。訓練は明日からだ」


 奥で受付を行う。


 俺はすでに金がないことはバレているのでここで思い切って生活費の借金も申し込んでみようと試みる。

 

「あの…………頼みにくいんですが――」


 ダメで元々、金が全くないことを告げ訓練終了後、依頼の報酬から支払うから金を貸してくれと頼んだら。あっさりと許可が下りる。


 意外に思ったが、どうやらもし金を借りたまま逃亡でもしようもんなら、出禁扱いになり各ギルドで情報も回ってしまうらしい。ということで逃げ出す者は皆無らしい。


 ついでに良い飯屋や宿も教えてもらった。ギルド様様である。



         ◇



 俺が異世界で意識を取り戻してから、既に一ヵ月が経過した。


 部屋でRTAをしていた以降の記憶は結局戻らず。なぜここにいるのかも、どうやって来たのかも何もわからなかった。


 こちらの世界に来た当初は、中世ファンタジーっぽい文化に加え、まるでRPGのように、ステータスやスキルが数値化された世界観に胸を躍らせたものだ。


 だが、元の世界に帰れないとなると話は別である。


 しばらくの間、八方手を尽くして元の世界に帰ろうとしたが、すべて無駄に終わり、そして絶望した。


「あの頃に比べたら今はだいぶ元気を取り戻せたと思うんだけど……」


 時間の経過と共に俺は徐々に落ち着きを取り戻し、発想の転換によりなんとか立ち直ることに成功した。


 ゲームっぽい異世界だというのなら、いっそこの世界をゲームっぽく攻略してやると決めたのだ。


 それに、ひょっとしたら実はここが本当にゲームの中で、クリアすると元の世界に帰れる、なんてこともあるかもしれない。


 雲を掴むような話だが、そんなことに一縷の望みをかけなければいけないほどに、少し前の俺は生きる希望を失いかけていた。


 しかし、目標ができれば人は変わるものである。


 今ではむしろこの異世界攻略を少しでも楽しんでやろうとすら思えてくるから不思議だ。まあ、それはRTAという特殊な趣味を持つ俺だからかもしれないが……。


 まあなんにせよ当面の間生き抜く力がなければ話にならない。


 というわけで俺はギルドでの戦闘訓練に真剣に取り組んでいた。


 戦闘訓練とは一口に言っても基本的な知識を教えてくれる座学もあり至れり尽くせりとはまさにこのことだろう。


 今では最低限の戦闘はできるが、訓練開始当初は本当にひどいものだった。


 初めは血を見るのも苦手で、攻撃するのも嫌になるくらいだった。ゲームの勇者とかすげーなとなったもんだ。


 教官の熱心な指導により形になったのは、ほんのつい最近のことだ。同い年の男性にくらべ俺が圧倒的に時間がかかったのは言うまでもない。残念なことに同じ訓練を受講している者たちの中では”出来ない子”認定を受けている。


 まあ実際できなかったのだから言い訳のしようもない。


 今は訓練最終日に卒業試験として行われるらしいダンジョンに関しての座学が行われようとしている。 


「今日は訓練最終日に予定しているダンジョンについて教える」


 開口一番、教官が訓練生達に対して告げる。

 

 どうやらこの世界には、いくつもダンジョンが存在しており、国やギルドの管理下に置かれているということ。


 ダンジョンは、いつ、何者によって作られたかわからないこと。


 ダンジョンの中のモンスターは、倒してもいつの間にか復活すること。


 ダンジョンについてはまだまだ不明なこともあり、冒険者が持ち帰る手がかりを元に、日々情報収集と研究が進められていることなどが説明される。


 冒険者を志す者にとっては一般常識なのか周囲には退屈そうに聞いている者も多い。だが俺にとっては非常に興味深いことばかりだ。


「次は、ダンジョンを攻略すると得られる特典について話しておくことにする」


 ん? 俺は教官の発言に興味を惹かれる。特典ってなんだ?


 ダンジョンでは魔物やボスを倒した時に素材やアイテムを得られるというのは既に講習で習っていたが、教官が言っているのはそういう意味には聞こえない。


 もしかして、ダンジョンにはクリア報酬みたいなものがあるのだろうか?


「ダンジョン攻略中に偉業を達成すると、攻略成功時に称号とお金をもらえることがあるんだ」


 称号? それはいったい何だ?


「教官! 称号とは何ですか?」


 俺と同じ疑問を抱いた講習参加者が教官に対して質問をしてくれる。


 俺も是非聞きたい。


 だが、講習を受けている者の中にも既に知っているのか、興味がなさそうにしている者もちらほら見受けられる。


「得た称号は自分のステータスカードに記録される。称号はステータスカードを通して装着できるようになっており、称号の種類によっては、ステータスの上昇が見込めたり、特殊な能力が得られたり、称号自体が身分を証明することすらある。取得することによって得することはあっても損になるようなものではない」


 ちなみにステータスカードというのはこの世界の住人なら誰もが所持している自身のステータスを表示できるカードのことである。ゲームのステータス画面みたいなものだ。


 俺のステータスは…………やめとこう。悲しくなるからな。


 それにしても称号か――俄然、興味が湧いてくる。


「偉業とは具体的にはどんなことを指すのですか?」


 さらに教官に対して質問が飛ぶ。


「ふむ、これまでに知られている例としては、同じダンジョンで大量の魔物を倒したりある程度難しいダンジョンを低レベルで攻略成功したりなどがあるな。中級ダンジョン以上ともなると、クリア自体が偉業と見なされ、称号を得られる」


 中級ダンジョン……。


 この講習の中でも説明があったが、「中級」と名前がついているものの、実際はベテランのそれもトップクラスの冒険者でもないとクリアは難しいということだった。


 ちなみに「上級」はトップクラスの冒険者でもほとんど歯がたたないらしい。つまり「上級」とは現状冒険者が攻略不可とされているダンジョンの総称みたいだ。


 もちろん俺も含め初級ダンジョンにすら入ったことのない受講者連中には全くといっていい程関係のない話だ。


 周囲の連中も残念そうに肩を落としている。


 称号の話にあまり興味がなさそうだった連中に関しては、当然このことは知っていたのか、特に反応を示さない。


 まあ、偉業と名がつくからには簡単に取得できるものではないとは思ったが……。


「ハッハッハ、私ですらたいした称号を所持していないのにお前らひよっこがおいそれと取得できるもんじゃないぞ。精々将来の目標にするくらいにしておくんだな」


 今の俺には関係なさそうな話だ。考えるだけ無駄か。


 ……いや、ちょっと待て。

 俺はひとつの可能性に思い当たる。ダンジョンを素早く攻略したとしたら、それは偉業にならないだろうか?


 やってみる価値はあるかもな……。


 考え事をしている俺を余所に、教官がさらに言葉を続ける。 


「……正直、称号に関しては特に、未知の部分が多くてな」

「ギルドの情報網を持ってしてもですか?」

「その通りだ。先程も言ったが称号にはステータスに補正のかかるものや特殊な能力を得られるものもある。たとえばおまえらが称号を取得したとしてそれが特殊な能力付きだったと仮定しよう。それを他人に言うか?」


 なるほどな。特殊な効果がない称号ならともかく、補正がかかったり、能力がもらえる称号に関して他人に話す奴は少ないだろう。特に、苦労して取得した称号の場合なら尚更だ。


「だから、高難易度のダンジョンを攻略した者にもおいそれと称号のことは聞かないし聞けない……暗黙の了解といったところだな。まあ極めて少数だが、自分の取得した称号をさらけ出す者もいるにはいるから、ギルドとしては助かっている面もある」


 つまりギルドの持っている称号に関する情報は、一部の物好きから得られたものってわけか……。

 

 その後は主にダンジョンの魔物や攻略に関しての話があった。


「なるほど、ダークバットの方が素早いのか」

 

 座学での教えを頭の中にインプットしていく。


「教官! ダンジョン内で魔物に襲われて逃亡中に階段等で階層が変わっても魔物は追ってくるのでしょうか」


 教わるだけでなく、気になったこともガンガン質問していく。教官はまたお前かといった表情を見せるが、質問には答えてくれる。


「階層が切り替わったタイミングで敵の狙いから外れる。つまりその場合は逃げ切ったと考えていいだろう」


 俺の質問を聞いて、周囲から複数の噴き出す音が聞こえた。


「初心者訓練で使うダンジョンでまで逃げること考えてんのかよ」


 という声が耳に入ったが気にしない。俺にとっては重要なことなんだよ君たち。


 まあ戦闘訓練中、俺が大量の魔物を引き連れ逃げ回ったあげく、教官に押し付ける形で倒してもらったということを講習の参加者は既に知っているので。逃げ癖野郎とでも思われているのだろう。否定する気もないが……。


 まあ言い訳をするのならばあれも立派な訓練だったという他ない。



  ◇ 




 教官は何かを思い出したかのように唐突に部屋を出て行く。何やら受講者に渡す物があるらしい。手持ちぶさたになり、自然と明日のことを考えてしまう。


 さて……自分なりに必要なデータを集めてみたつもりだ。頭の中では既にチャートが出来上がっている。


 ……チャートか、こんなことを考えながら講習を受けてたのなんて俺くらいだろうな。


 ……それにしても偉業ね。さてどうなることやら。


 正直、自分でも未知数なところは多いと感じる。普段やっているようなゲームとは違い実際に自分の体で行動しなければならないからだ。それを見越して訓練はしたつもりだが、現状、この世界での俺はまだレベル1だ。初心者用の初級ダンジョンとはいえ、気を抜くことはできない。

 

「では、いまから明日ダンジョンへ行くための装備を配る。各自、名前を呼ばれたら取りに来るように」


 いつの間に戻って来たのか、講習の途中で席を立っていた教官らが何やら荷物を抱え戻ってきた。


 装備……もらえるんだろうか? 


「教官! その装備はいただけるのでしょうか? それとも終わったら返却ですか?」


 もらえるものなら、ぜひ頂きたいものだが。


「いや、これはギルドからの贈り物になる。大事に使えよ!」


 これは助かる。まあ、贈り物とは言いつつも講習料金の内訳に含まれているだろうけどな。


 しょうもない邪推をしていると、名前を呼ばれる。

 

「カイト! 次はお前だ」


 俺の番か。さて、何がもらえるのかな?


 教官から受け取った装備を手に取る。すると、俺の中に情報が流れ込んでくる。


 ブロンズソード:攻撃力 E+  必要筋力値 E 必要レベル1~

 ブロンズアーマー:守備力 E+ 必要筋力値 E 必要レベル1~


 うん、まあわかってた。初期装備だよね。


 この世界では手に取るとそのアイテムの基本的な性能を見ることができる。


 ちなみに武器防具やアイテムはランク分けされており、ランクはEからS+まで有るらしい。もちろんEが最弱だ。


 アイテム鑑定という能力があれば細かい武器の性能値までわかるらしい。もちろん俺はそんな便利そうな能力は持ち合わせていないことは言うまでもない。


 だが、教官がくれたのはそれだけではなかった。


 身代わりの指輪:C 必要レベル1~

 装備対象に致死またはそれに繋がるダメージが与えられた場合、一度だけその身を守ってくれる。


 なるほど……保険的な装備だな。初心者にはぴったりなのだろう。 


 それにしても、装備するのにも条件があるみたいだな……筋力にレベル制限か、やはりゲーム世界説が濃厚なのだろうか?


「多少値の張る品物だが、この講習に参加している若者がいずれこのギルドに多大な貢献をしてくれると信じている。言わば先行投資というやつだ、気にせず受け取れ……簡単に死ぬなよ、という意味も含まれているがな」


ありがたい。もらった装備は大事に使おう。うん、大事に……。


  ◇


 装備を受け取ってその日は解散となった。


 明日、教官はダンジョンへは来ない。ギルドで攻略の報告を待つらしい。


 同じ講習を受けた面々は明日の攻略のためのパーティー勧誘などを行っていたが、俺は早々に離脱した。


 俺はギルドからの帰りに、そのまま武具屋に直行する。


「いらっしゃい。何かお探しで?」


 店に入ると店主が、さっそく話しかけてくる。


「買い取りをお願いします。この三点で」

「はい、ありがとうございます。ブロンズソードとブロンズアーマーと身代わりの指

輪の三点で五千二百Gになりますがよろしいですか?」


 相場通りだな。金額の内訳はブロンズ系の装備が二百で身代わりの指輪が五千といったところだろう。


 ありがとう、教官。


 俺は心の中で教官に感謝する。


「その金額で大丈夫です。それとこの店で筋力値Eレベル1で装備できる剣の中で一番良い物はなんでしょうかね?」

「筋力値がEですと、こちらのミスリルショートソードになりますね」


 この世界では武具を装備するのにステータスの高さが必要になる。


 その対象となるのは、主に筋力値。物によっては敏捷値が必要になる装備も存在するみたいだ。つまり、お金の力で良い装備を買っても、レベルの低いうちは宝の持ち腐れになってしまうわけだ。


「値段はいくらですか?」

「五千Gになりますね」


 たしかミスリルショートソードの性能値は……。


 俺はお金を渡して商品を受け取る。


 ミスリルショートソード:攻撃力 C- 必要筋力値 E 必要レベル1~


 やっぱりC-か、これで条件は整ったな。

 

 俺は、自然と笑みを浮かべながら頭の中に描いているチャートを確認する。

 

 軽い足取りで武具屋を出ると、今度は道具屋へと向かう。道具屋ではポーションを買い込む。本来は全財産を注ぎ込むつもりだったが、武器が強くなった分、多少減らしても問題ないだろう。

 

 俺は準備を終え、宿へと戻ることにした。


  ◇


 翌日の早朝、ダンジョンの入り口まで行ってみるとなにやら騒がしい。何か争い事が起こっているようだ。


 近くに行き話を聞いてみると、どのパーティーが先に入るかでケンカになっているらしい……。


 講習中でもたしかに、初心者用ダンジョンについては複数パーティーでの同時攻略は禁止って言ってたが。


 争うほどのことでもないと思うが……まあ一人身には関係ないな。


「……お先に」


 俺は揉める連中を無視して、先にダンジョンへ入る。


「あれ? あいつ一人でダンジョンに入って行ったぞ?」

「……中を覗きに行っただけだろ? ほっとけよ」

「一人じゃビビってすぐ出てくるさ、訓練での奴の逃げっぷりは見ただろ」


 随分好き勝手言われてるな。悪く思わないでくれよ? 揉めてるあんたらが悪いんだから……。


「……ここがダンジョンか、さすがに現実だと雰囲気あるな」


 ゲームとは違う本物の石造りのダンジョンに少し高揚感を感じる。


 ただ、興奮状態では良くないだろう。俺は落ち着くために一度深呼吸をしてから攻略に臨む。


 まず周囲を見渡し、事前にもらっていたマップと目で見る地形が一致していることを確認した。


「さて……行くか」


 初心者用ダンジョンは全五階層だ。さほど広くない。その分魔物は多いが……。


 俺はとりあえず二階層への階段に向かってダッシュした。


 ほどなく最初の魔物が現れた。スモールラビットだ。見た目とは裏腹にこいつは鋭い牙を持っている。


 だが俺は完全に無視して進む。戦う気などさらさらない。


 このダンジョンに生息している魔物のデータはすべて頭に入っているので、動きの速い魔物は極力避けるようにして進んで行く。


 仮にダメージを受けてもいざとなればポーションで回復することもできるが、できればダメージを負いたくはない。


 予定通り、一度も戦わず無傷で二階層にたどり着くことに成功する。


「どうやら教官の言った通り本当に魔物は階層を跨いで追ってきたりはしないようだ」


 間髪をいれず二階層の攻略を開始する。


 二階層の攻略も一階層と同じだ。敵の種類も変わらない。ダッシュで階段を目指す。


「結構スリルあるな……ゲームとは違うか」


 予定通り上手くいっているがやはり現実は違うのだろう心拍数の上昇を感じる。


 三階層への階段にたどりついた時には、すでに深呼吸をしても効果はなく、常に興奮している状態になっていた。こればっかりは経験を積まないと慣れそうもない。


 だが、ダンジョンの攻略自体は非常に順調だ。俺は次に三階層のマップを思い浮かべる。


 三階層には広い部屋があり、そこには大型の魔物が控えている。いわゆる中ボスだ。だが、三階層は結論から言ってしまうと、今までで一番楽だった……。


 中ボスがいるからか他の魔物は少なく。あっさりとダッシュで抜けることに成功する。


 肝心の中ボスにいたっては部屋が広いので大回りしてボスの視界に入らないようにこっそりと進んだら、戦わずに簡単に部屋を通り抜けられた。


「まあ中ボスとは戦わずに逃げられるか試すのはRTAの基本だよな……」


 四階層はダメージ覚悟で突っ込む。動きの速い魔物が多いからだ。


 今度はさすがに無傷というわけにはいかず、ダークバットに三回ほどダメージを受ける。


 ダメージを受けたら即ポーションで回復して、常に体力は満タンを保つように心掛けた。


 俺が戦闘以外で今回の講習で一番訓練したものが早速役に立った。俺は訓練で動きながら、攻撃を受けながら、それでもポーションを使うということをかなり練習した。


 ゲームであればコントローラーを操作するだけだが、現実ではそうはいかない。そのおかげで教官には大分迷惑をかけたけどな。

 

 いくつかのポーションを使用したが無事五階層への階段にたどりついた。


 残りのポーションは五個、後はボス戦のみ……まあいけるだろう。


 もちろんボスについても予習済みだ。ボスはタートル型の守備力重視タイプ。


 C -以上の威力がある武器を使えば甲羅のダメージ軽減能力を貫通できる。そのためのミスリルソードだ。


 俺は息を整え、ミスリルソードを構えボス部屋へと突入した。不意をつかれたボスは反応できずに俺の最初の一太刀を受けた。


 よしよし、ダメージは通ってるな、ミスリルソードで正解だ。


 成果に気を良くするが、ボスもすぐさま攻撃を繰り出す。俺は避けられずにダメージを受けてしまう。


 ポーションを使用しダメージを回復する。


 攻撃を受けても俺のすることは変わらない。俺は再びボスに斬りかかる。ボスもやられっぱなしということはなく、隙をみては反撃をしてくる。


 もちろんこういう展開になることも織り込み済みだ。そのためのポーションだしな。


 残りポーションが一個になったところで、うめき声を上げボスが倒れた。


「ふう、なんとかなったな……本来ならポーションは後一個多く余る予定だったけど」


 ボスを倒したことにより、ギルドへ登録した際に作成したギルドカードにダンジョンクリアの証が表示された。


 それを確認した後、ボス部屋の後ろには必ず設置してあるという魔法陣の上に乗る。


 気がつくと俺の身体は魔法陣により飛ばされ、一階層の入り口付近に戻ってきたことが確認できた。


 徒歩でダンジョンの出口に向かう。


  ◇


 ダンジョンから出ると、まだ先程の連中が揉めているようだ。


「……お先に」


 俺はダンジョンに入る時と同じ挨拶をして彼らの前を通り過ぎる。


 後方から声が聞こえてくる。


「あれ、帰るのかい? 講習はどうするの?」

「ダンジョンの中を見てビビったんだろ。諦めて帰ることにしたんじゃねーの?」

「あいつが入ってまだ五分も経ってないよな? さすがにもうちょっと粘れよな」


 俺はそれらの言葉になんら反応を示すことなくその場を離れる。


「疲れた……根本的にスタミナが足りてないな」


 狭いダンジョンだからよかったものの、もっと広いダンジョンを攻略しようとするならあきらかにスタミナ不足だ。体力の強化を心に決める。


            ◇


 ギルドへと到着して教官にクリアを報告する。一緒にギルドカードも手渡す。


「ん? カイトだったな。お前一人か? パーティーの他のメンツはどうした?」


 ソロじゃダメとは言ってなかったよなたしか……。


「教官の話だと一人じゃ駄目とは……」


 教官の表情がみるみるうちに変化していく。


「お、おい! ちょっとまて、こ、これは……」


 教官の様子がおかしい。


「ど、どうしたんですか?」


 俺は何かよくないことでもあったのかと教官に尋ねるが……。


「カイト、お前のダンジョン探索時間の合計が四分三十二秒になってるんだが……何かの間違いか?」



 どうやら俺は、異世界で初めてのRTAに成功したようだ――


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