第40話

 ――こわい。仕事が終わって身体がバッキバキである。

 気が付けば放課後から数時間が立ち、席から立ち上がって全身を伸ばすと、滞っていた全身の血が巡りだし、軽いめまいを覚える。

 溜まっていた仕事に集中していたために喉が渇いた覚えを今感じ取った。

 部屋を出て、廊下を歩く。冬香の部屋からかましい声が聞こえる。女子が三人揃ってるのだから盛り上がっているのだろう。なんか不穏な気がするけど……。


 誠二が階段の手すりに捕まりながらゆっくり一回に降りる。ドタドタと駆け足で降りたら怪我をしそうと思い、一歩一歩慎重に階段を下りて、キッチンへ向かう。

 キッチンに明かりがついているのを見つけて、誠二は静かに顔を覗かせて中にいる人を見る。

 父親の嶺が電子レンジ前に立ち、何かを出来上がるのを待っていた。


「なんだ父さんか」

「ああ、誠二まだ起きていたのか」


 忍び寄る誠二に気が付かず、声を掛けられて驚いた嶺は跳ねて、キッチンの入り口に振り返ると息子の姿を見て安堵した。

 それから誠二がフラフラとキッチン内に入り、まっすぐ冷蔵庫を目指して、ドアを開けて、冷えた麦茶が入ったピッチャーを取り出すと、すぐそばにある棚からコップを持ってテーブルの席にフラフラと向かった。

 少し震える手で麦茶を注いで、一気に飲んだ。


「どうしたんだ? そんなにフラフラになって。臭いはひどくないからヤってたわけじゃないだろ?」

「今日は動画を作って、ホームページを作ってたから」


 万年発情期のサルだと思われている事にひどいと誠二は思いながらも、反論する元気がなく答える言葉もスローペースだった。

 水分が戻って来たのを誠二が実感している姿に、嶺は苦笑いを見せた。


「パソコンに座って、なんでそんなフラフラしてんだ」

「集中しすぎて4時間くらい水飲んでなかった。そしたら手がマウスの形で言う事聞かなくなってやばくなって」

「それはいけないな。適度に水は飲みなさい」


 父親からの注意を受けて、「はーい」と間延びした返事を誠二がした頃に嶺が使っていた電子レンジが終わった事を告げる。

 嶺が誠二の座るテーブルの対面に座る。それは作り置きされた夕食だった。その日は誠二と冬香で遊びに来くる二人の分も含め五人分の食事を分担して作り、誠二だけ先に早めの夕食を食べた。

 誠二が食べた食器と女子たちが食べた食器はすでに洗われて乾燥の為に並べられて水切り棚に置かれている。


「それで、最近どうだ。夏美ちゃんと冬香ちゃんの関係は」

「ああうん。仲は良好みたいよ」


 なんでもない様に語る誠二に嶺がボソッと呟いた。


「姉妹というには距離が近い気もするけど……」

「仲がいい分に何か問題あるの」


 いきなり迫真の返しをしてきた誠二に、食事中でありながら嶺は驚いたが、いつのの事とすぐにまた食べる事に戻った。

 誠二はまたピッチャーから残り少ない麦茶を注ぎ、飲み干してしまうつもりだ。

 二階のかましさがかすかに聞こえてくるが、おおむね静かな父と息子の食卓が続く。


「ああ、誠二と夏美ちゃんの関係はどうなんだ?」


 誠二はかけられた言葉にすぐに返せず、うなりながら返答を濁している。

 喉に引っかかっている言葉の滑りをよくするためにコップの中身を一口飲んでから返事を返す。


「仲は良好だと思うけど、状況が良くない」

「状況が良くなっているのは?」

「夏美と冬美が一緒になって襲ってくるから」

「いいじゃん、羨ましい」


 誠二は本気で怒った視線を父親に向ける。

 現在の他人から見られて何と思われるかなんてとっくに分かっているが、実情のそれは羨ましいとは違うと誠二は思っているから怒る。

 だからこそ真剣になって対策をしなければいけないと、誠二は強く訴える姿勢を嶺に見せている。


「あの二人が悪い方に影響しあって、安全を確保させてくれないし、こっちから言おうとしても二人掛かりだから、抵抗できない。はっきり言って、まだ事故が起きてないだけで、いつ起きてもおかしくないんだよ」

「そうか、それはまずいな」


 この真剣さが父親に対してどの程度伝わったのか誠二には分からないが、一般常識的に考えれば異常事態なのは間違いないだろうと思っている。

 嶺の食事を手が止まり、考えている様子を誠二に見せている。


「海崎さんにも伝えた方がいいか?」

「うん、俺からだと、もう聞いてもらえそうにないんだ」

「分かった。予定しておくよ」


 嶺はポケットから手帳とペンを取り出して誠二が相談した事を記入する。

 誠二にとって恥ずかしい話だが、もう誰かに頼らないとどうしようもない話になってしまった。

 それでもまだ修正が効くと思っている。

 最後にコップに注いだ麦茶のしずくを見て、誠二は嶺に「ありがとう」と伝えて、ピッチャーを洗いに席を立った。

 中身が空になったピッチャーを分解して、シンクで洗っている中で、誠二に嶺が話しかける。


「誠二、お前は分かってるけど、事故知っちゃって、夏美ちゃんや冬香ちゃんに何かあったら悪く言われるのは、やっぱりお前だから、頑張ってでも気をつけろよ」

「うん、ありがとう」


 今洗ったピッチャーに水をためながら、誠二は父親のいう事を聞きながら返事をする。

 水のたまったピッチャーを台に置き、麦茶のパックを入れてまた冷蔵庫にしまった。

 その頃には嶺も食事を終えて、食器を誠二に「お願い」と言って洗浄を頼んで自分の寝室に戻っていった。

 食器の洗浄を終えた頃、二階から遊びに来ていた夏美と佐奈が降りてきて、冬香も二人を見送ろうと降りて来た様子だった。


「ごめんね、こんな遅くまで付き合ってもらって」

「いや全然かまわないよ。冬香が困ってるなら、また呼んでよ」

「うんありがとう」


 冬香と佐奈の会話の湿度に、誠二の百合感知度メーターはあっという間に振り切って、関わる事が危険と判断出来た。ただそれでも、幼馴染と彼女が夜中に外に出るならついていった方がいいと思い、玄関に向かった。

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