第3話 燃やされた青春

「おっはようございまーす!」


 俺は交番の扉を開けながら元気よく挨拶をする。


「おはよう」


 俺に続いて交番に入って来たのは吉川よしかわ巡査部長。彼は、あと数年で定年を迎える地域密着型のおじいちゃん警官である。


「あら、坂杉くん、おはよう。ねえ、吉川さん。昨日も放火があったんですってね」


 交番奥の扉から女性警官が出てきた。彼女は西野にしの巡査。暑苦しい交番内をいつも明るく爽快にしてくれる貴重な存在だ。


「本当に物騒な街になってしまったね」


 吉川さんは椅子に腰掛け、深い溜息をつく。


「ほんと。私たちにも何かできないですかね」


 西野さんが溜息をつき、吉川さんが頷く。


「俺たち交番勤務員にはどうしようもないですよ」


 俺はわざとらしく肩をすくめて見せる。放火の担当部署は刑事課。俺たちは捜査権を持たない地域課の交番勤務員なのだから仕方がない。


「どうしようもないってこともないよ。今まで放火が行われてきたのは、毎週火曜日の二十時から二十四時。そして犯行現場には必ず一枚の百円玉が残されている。これは決して突発的なものではなく計画的な犯行だ。となると、何かの法則に則って犯行現場を選んでいる可能性もあるよね」


 俺は、そう推論を述べる吉川さんの隣に座ると、両手で頬杖をついて口を開く。


「でも、俺たちにも気付けるような法則なんて、刑事さんたちなら、とっくに気付いてるんじゃないですかね」


 西野さんは反論する俺を一瞥し、話し始める。


「とりあえず、今までの放火事件の概要を洗い出してみましょう。まず最初の犯行現場は、我らが藤見ふじみ交番のお膝元・藤見ふじみおかね。藤見が丘では、ゴミ捨て場に捨ててあったゴミの山が燃やされた。二番目に放火されたのは、穂高ほたか町の公園。花壇が燃やされたわ。三番目は那須川台なすかわだい。畑に建っていた木の倉庫が燃やされたわね。そして、昨夜の四番目の犯行現場は追岐おうぎ町。燃やされたのは、たい焼き屋『恵比寿堂えびすどう』よ」


「え、恵比寿堂……?」


 俺は勢いよく立ち上がった。その反動で椅子がひっくり返り、交番内に大きな音が響く。


「どうかしたかね?」


 吉川さんが心配そうに俺を見ている。


「恵比寿堂は……恵比寿堂には……俺の青春がぎっしり詰まってる。恵比寿堂は俺の贔屓のたい焼き屋さんなんです! 俺の青春を丸焦げにするなんて許せない。俺が絶対に犯人を捕まえます!」


 青春の思い出の一つを燃やされた俺の心に、めらめらと激しい炎が舞い上がる。放火犯よ、俺は絶対にお前を許さねえ!


「ちょっと、落ち着きなさいよ。捕まえるって、どうするつもりなのよ。犯人は今まで一度だって防犯カメラに映っていないのよ」


 胸に烈火を宿した俺とは正反対に、西野さんは冷静沈着だ。


「来週の火曜日、現行犯で逮捕です」


「まあまあ。燃えたのはお店の前に置いてあった木のたい焼きのモニュメント。店舗の方は壁の一部が黒く焦げるに留まったらしいから安心しなさい」


 吉川さんは、たしなめるように言う。


「西野さん、さっき言いましたよね? 私たちにも何かできないかって。吉川さんもそれに頷きました。よし、俺たちで次の犯行現場を推理しましょう!」


 俺たちは、デスクに四之神よつのかみ市内の地図を広げ、今までの犯行現場に印をつけた。ホワイトボードには、次の内容を書き出す。


  ①藤見が丘 ゴミ捨て場

  ②穂高町 穂高三号公園の花壇

  ③那須川台 畑の倉庫

  ④追岐町 たい焼き屋「恵比寿堂」


 そして最後に、吉川さんのポケットマネーの百円玉をホワイトボードの空いたスペースに貼り付けた。現場の写真はもちろんない。だって俺たちは、地域課所属の交番勤務員なのだから。


 地図とホワイトボードとのにらめっこ対決は、しばらく続いた。だけど、手掛かりや法則性なんて誰も何も思い付かない。


「それじゃあ、私、そろそろ帰りますね。お疲れ様でした」


 当直終わりの西野さんは、埒が明かないにらめっこに痺れを切らし、席を立った。俺もデスクの上を片付け、通常の業務を再開した。


 ———————————————


 翌日の当直終わり、俺はいつもの公園でサッカーボールを蹴っていた。それに気が済むとスマートフォンを取り出し、ある人物に電話を掛けた。


 俺の「こちら坂杉。応答せよ」という呼び掛けに応えたのは、隣町の東竜とうりゅう警察署に配属された警察学校時代の友人・北村きたむらだ。


 北村は、警察学校を首席で卒業した超が付くほど優秀な奴だ。だから、放火犯を捕まえるのに、あいつの知恵をお借りしようというわけだ。


「なあ、北村。今、四之神市で連続放火が起きてるんだ。知ってるか?」


『ああ、知ってるよ。もう四件目だろ? 未だ手掛かりの一つも掴めてないなんて、日本警察全体の威厳と信用が損なわれるよ。桜の代紋も泣いてるだろうね』


 北村は相変わらずの鼻に付く物言いで溜息をつく。


「俺もそう思う。だから、犯人逮捕に協力してくれないか? きっと四件の犯行には何か法則性があって、犯人はその法則に従って放火現場を選んでる可能性があるんだ」


『法則性……ねえ。例えば、あることわざや故事成語や昔話なんかになぞらえてる、とかか? まあ、考えておくよ。毎日暇で仕方がないからな。何かわかったら連絡してやる』


 俺はサッカーボールを拾い上げ、家路についた。北村なら、きっと何かすごい法則性とやらを見つけ出してくれるに違いない。

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