第15話 脱出
複雑な思いを抱えながらも、私たちは都を走り抜けた。
といっても、普通に道を走っていたのでは間に合わない。だからアマノネの力を使って、時間短縮を試みていた。屋根に橋を架けたり、風を起こして空を飛んだりしている。
初めての経験だけれど、喜んだり戸惑ったりしている場合じゃなかった。都から出るのが最優先。
「急げ急げー!」
先頭を飛ぶミオが、ピィピィと鳴いている。対して、セッカは無言で腕を振った。屋根から屋根に、透明な橋がかかる。その上を走って渡り、また次の屋根へ。この繰り返し。
本来、橋を架けるのはツチノネでやることだ。けれど、ここはアマノネ使いのトリアさんが作った幻影だから、アマノネを使った方がやりやすいらしい。
橋を架けているのはセッカだ。私はというと、彼の後ろを走るのでせいいっぱい。せめて、足を止めないようにしないと。
「おっしゃおっしゃー! 都の門が見えてきたよー!」
ミオが、甲高い声で知らせてくれる。確かに、城壁と門が眼下に見えた。あと少しだ。
「うっ……」
私がひとり喜んでいたとき。セッカの体が、ぐらりとかたむいた。力を失った足が滑って、橋の下へと落ちかける。
「セッカ!?」
私はとっさに、にぎっていた手に力を入れた。もう片方の手で、ひもをひっぱるみたいに腕をつかむ。おかげで落ちずに済んだけれど、セッカはぶら下がる格好になってしまった。危険なことに変わりはない。
「セッカ、大丈夫!? 早くつかまって!」
返事はない。苦しそうに目を閉じて、肩で息をしていた。動けなくなってしまったらしい。
なんとかしないと。でも、私の力では彼を引き上げられない。すでに腕がちぎれそうだった。
「わあああ! セッカのばかちん! アマノネの使いすぎだ!」
ミオが半泣きになって舞い戻ってくる。くちばしで相棒の服をつまんだ彼は、引き上げを手伝ってくれた。といっても、小さな鳥と女の子一人での作業。進みはあまりにも遅い。こうしている間にも、都の建物は次々崩れている。
セッカが顔を上げる。真っ青だ。大量の汗もかいている。
「ナズ……手、はなして……」
「なに言ってるの!? いやだよ!」
「先に、にげて。僕は……だいじょうぶ、だから……」
「大丈夫なわけがないでしょう!? 落ちたら死んじゃうよ!!」
ここが幻影の国だからといって、自分たちまで幻影になったわけじゃない。転べば痛いし、けがもする。それは、今までの冒険で証明されている。
こんなところで、セッカまで失いたくない。
「言ったでしょ。全員で元の場所に帰りたい、って。その『全員』には……セッカとミオも、入っているんだよ」
だから、そんな悲しいことを言わないで。
「ナズ……」
セッカはぼうっと私を見上げた後、あいている方の腕を懸命に持ち上げた。もがくように動いた手が、なんとか透明な橋をつかむ。歯を食いしばってしがみついた。
「ふぬぬぬぬっ……!」
私も力を振りしぼる。ひっくり返らないよう気をつけて、腕をなんとか持ち上げた。
「むぎえーっ!」
ミオの協力もあって、なんとかセッカを引き上げることに成功する。彼は最初、頭を押さえてうずくまっていたけれど、すぐに立ち上がった。私は、またふらついた彼を支える。
「セッカ、大丈夫? 歩ける?」
「……うん。すこし休めば、よくなる」
荒い息の隙間から、セッカはささやいた。
「それまで……橋を、かけるの、手伝ってくれる……?」
「もちろん。任せて」
セッカみたいにきれいなものは作れないかもしれないけれど、絶対なんとかしてみせる。
気合をこめて鼻を鳴らした私を見て、セッカは弱々しくほほ笑んだ。
「ありがとう」
それからは、私が橋を架けた。体にうまく力が入らないらしいセッカを支えながら、よろめかないように進む。伊達に塀やら屋根やらを渡り歩いて生活していない。生粋のマセナっ子、身体能力の見せ所だ。
そのかいあって、無事に城壁までたどり着いた。アマノネの力で起こした風に支えてもらいながら、都の外に出る。
「子供たち、見つけたー!」
空からあたりを見回っていたミオが、知らせてくれる。急いで瑠璃色の尾を追いかけた。
その途中、セッカが少し体を起こす。
「ごめん。すっかり頼り切ってしまった」
「気にしないで。それより、体は大丈夫?」
「うん。少し楽になった」
ほほ笑むセッカの顔色は、まだ悪いように見える。それでも、さっきよりはましだった。こうやって会話する余裕も出てきたみたいだし。
「それならよかった」
冷たい手をしっかりにぎる。ミオを見失わないように走った。
――マセナの子供たちは、城壁前の小屋から少し離れたところにいた。まだ眠っているけれど、弱っているようには見えない。私は、胸をなでおろした。
地面は小刻みに揺れている。いつまで続くんだろう。
いらいらしていたとき。突然、地面が光り出した。
「わっ! 今度は何!?」
「トリアさんの力が――幻影の国が、消えようとしているんだ」
片膝をついていたセッカが、ゆっくりと立ち上がる。
「それじゃあ、ここでいったんお別れかな」
「え?」と声がこぼれた。信じられない思いで彼を見つめていると、「説明不足!」とミオが飛んできた。相棒の言いたいことに気づいたのか、セッカは肩をすくめる。
「ああ、ごめん。僕らが消えるわけじゃないよ。ただ、僕らとあなたたちとでは、『入ってきた場所』が違うから。きっと同じ場所には帰れない」
そういうことか。セッカたちは、ハギスの祠からこの国に入ったわけではなかったんだ。
「離ればなれになっちゃうんだね。……さみしいな」
思わず本音をこぼしてしまう。すると、「僕もだよ」とセッカが目を細めた。
「でも、同じ陽光の国ではあるから」
「意外とすぐ会えるかもしれないよー」
お気楽にも聞こえるミオの言葉は、さびしさをやわらげる。そろって吹き出した私とセッカは、光の中で顔を見合わせた。
「また会おうね、セッカ」
「うん。またね」
色違いの瞳が、優しく見つめてくる。海の色と、春の花の色。それを目に焼きつけて、私はせいいっぱい笑顔をつくった。
「気をつけて帰ってねー」
明るい鳥の声が響く。その言葉にこたえようとしたとき、純白が私を押し流した。
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