第12話 最後の戦い

 ふらふらと、光の檻に近づいた。

 見間違いなんかじゃない。知った顔ばかりだ。アラナ先生に祠へ行くと話していた子もいる。そして、よりにもよって一番手前にいるのが、ふわふわの金髪を床にこぼした女の子。――エミーネさん。

「あ、あぁ……」

 みんな、横向きやあおむけで倒れている。置物みたいに静かだ。

 ふいに恐ろしくなって、私は声を張り上げた。

「エミーネさん、聞こえる? 私! ナズだよ!」

 返事はない。それどころか、ぴくりとも動かない。

「ねえ! 起きて! お願い――」

 思わず青白い格子に手を伸ばす。その表面に指が触れた瞬間、バチッと音がして、指先に痛みが走った。とっさに手をひっこめたとき、頬を白銀の糸がくすぐる。顔を上げると、青と紫がかったピンクの瞳がすぐそばにあった。

「ナズ、大丈夫?」

「……うん」

「落ち着いて。よく見てごらん」

 優しい声を聞いていると、ざわついていた心が少しずつ静まった。

 言われた通り、檻の中をよく見てみる。みんなの胸が上下していることに気がついた。

「みんな、生きてる……?」

「うん。眠っているみたいだ」

 どっと安心感が押し寄せた。深く息を吐きだして、自分の胸をさする。冷静に、冷静に。

「どうしたら助けられるかな? まず、檻を壊さないとだめだよね」

「そうだね。でも、これは相当強力な『結界』だ。簡単には壊せない」

「近づいただけでも、びりびりするもんね」

 ミオが嫌そうにセッカの後ろへ隠れる。檻をにらんでいたレーベンさんが、顎をなでた。

「おまえたちにどうにもできないんなら、これを作った本人のところへ行くしかねえな」

「はい。女王を探して――」

「その必要はありませんよ」

 二人と一羽を振り返ったとき、冷たい女性の声が響いた。

 固まってしまった私の前で、レーベンさんが弓を構えた。ほぼ同時、扉がゆっくり開く。

 部屋に入ってきたのは、白いドレスをまとった女性。彼女は白金色の豊かな髪を軽く払い、うっすらと笑った。

「我が宮殿にようこそ。外から来た子供たち。そして……レーベン」

 紅玉のような瞳がきらめく。レーベンさんの肩が小さく揺れて、鈴のが響いた。

 そうか。この人が、幻影の国の女王!

「まさか、そちらからお越しいただけるとは思いませんでしたわ。わたくしの一部になってくださるのかしら」

 女王が、とんでもないことを言って、笑う。無邪気な女の子のように。

 頭の中がカッと熱くなる。何も考えず息を吸ったとき、隣でセッカが立ち上がった。

「違います。僕はあなたに質問があってこちらへまいりました」

「質問? まあ、いいでしょう。言ってごらんなさい」

「――あなたは、僕にアマノネの力を使いましたか?」

 セッカの質問に対して、女王はきょとんと首をかしげた。

「いいえ。そなたとは今が初対面のはずですよ」

「……そうですか」

 セッカはひととき、目を伏せる。ミオが彼を気遣うように飛んでいた。

「そなたの用件はそれだけですか? ならば、に入っていただきたいのですけれど」

 光沢のある手袋におおわれた指が、光の檻を指さす。

 セッカは、きっぱりと首を左右に振った。

「それはできません。僕がここにいるのは、ナズとレーベンさんを手伝うためでもあるので」

「そうだそうだ! おまえに魂とられてたまるかー!」

 ミオが便乗してさわぎ立てる。女王が目を細め、「なんですか、この鳥は」とささやくと、ミオはセッカの肩にしがみついた。

 ミオには申し訳ないけれど、おかげで少し冷静になれた。立ち上がる。深呼吸して、女王を見る。

「女王様! みんなを解放してください! 同じ町で暮らす、大事な人たちなんです!」

 決して仲がいいわけじゃなかった。私に対していろいろ言ってきた子もいる。でも、だからって苦しんでほしいとも、命を落としてほしいとも思わない。

「そなたは……彼らの知己ですか。我が兵士によけいなことをしてくれたようですし、逃がすわけにはまいりません」

 女王の顔つきが変わった。鋭くにらみつけられて、私は息を詰めた。

 厳しい空気をまとったセッカが、私の前に立つ。

「しかたありませんね。そんなに遊びたいのなら、少しつきあってさしあげましょう」

 女王は小さく笑うと、ぱちんと指を鳴らす。

 アマノネが不協和音を奏ではじめた。まわりの景色がぐにゃりとゆがんで、入れ替わる。

「う、わ……!」

「うっきゃ~! ぐるぐるするうう~!」

「ナズ、ミオ!」

 よろめいて、とっさにセッカの体にすがってしまった。それでも彼は体を支えてくれる。

「おまえら、気ぃ抜くなよ!」

 めちゃくちゃになった世界の中に、レーベンさんの叫び声がこだました。

 そのとき、ぱっと白い閃光が弾けて――私たちは、別の部屋に立っていた。

 さっきより天井が高くて広い。壁際には柱が並び、床のまんなかには長い絨毯が敷いてある。部屋の奥は一段高くなっていて、そこに豪華な椅子が置かれていた。

 そして、鈴を振るようなアマノネが響きつづける。

「なんだここー!」

「玉座の間か」

 ぱたぱた羽ばたくミオの背中をなでながら、セッカがつぶやいた。

「――来るぞ!」

 少し揺れながら響く、レーベンさんの声。その後に、アマノネが少し高くなった。

 見えない鈴の音に合わせて、女王は優雅に手を振った。虹色の小さな光が舞って、集束する。鉱石のようなかたまりが生まれて、次々とくっついた。そうしてできあがったのは――きらきら輝く竜だ。

 女王が再び手を振ると、竜は私たちに襲いかかってきた。

「うわわわわ!」

「く、食われるー!」

「ナズ、ミオ。少し下がって」

 仲良く悲鳴を上げる一人と一匹。対してセッカは冷静だった。マントの下を探ったかと思えば、何かをにぎった手を持ち上げる。竜をじっと見つめた後、ぱっと手を開いた。そこから落ちたのは――水晶のさざれ石?

 水晶が床の上で跳ねる。そこを中心として光の波紋が広がった。光が消えると、宝石のような盾が現れる。

 盾は、竜の頭突きを受けてもびくともしなかった。それどころか、その体にヒビが入って、砕け散る。少し遅れて、盾も空気へ溶けるように消えた。

 そのとき、私たちの真横を鋭い風が通り過ぎた。飛んだのは、弓矢。女王をしっかり狙っていたけれど、命中する直前に落ちてしまった。目に見えない壁に弾かれたように。

「あら。また腕を上げたのではなくて、レーベン?」

「お褒めにあずかり光栄です。……あなたを止めるために、腕をみがいていたんでね」

「相変わらずまじめですこと。でも、無意味よ」

 女王が優しげに笑った。私は思わず振り返る。弓を構えたレーベンさんが、悔しそうに眉を寄せていた。

「よう、子供たちに鳥一羽。これも、アマノネの力なのか?」

「大当たりー。薄くてかったい壁が、女王を囲んでる」

 ミオがはっきり答えた後、私とセッカが同時にうなずいた。集中して聞いてみると、女王のまわりだけアマノネの音が大きい。力が集まっている証拠だ。

「女王が幻影でなければ、弓矢も通るはず。……でも、まずはあの壁をどうにかしないとね」

 セッカの顔が、少しだけ私の方を向いた。

「ナズ。手伝ってもらってもいいかな?」

「え? て、手伝うって、何を……」

「ひとまずは、あなたが思いついたことを。難しければ、昨日みたいにぴかっと光らせてくれればいい」

 彼は悪だくみでもするかのように笑うと、前を向く。ひとつかみのさざれ石を放り投げた。それが落ちる前に、剣を抜いて走り出す。

 りん、りん、りん。鳴り響くアマノネと、女王の手振りがきれいに重なる。彼女のまわりで虹色の棘が生まれて、セッカに向かって飛び出した。セッカはそれを走って避ける。避けきれないぶんは、剣で打ち払っていた。

 けれど、続けて放たれた棘が、視界をおおいつくした。危ない!

 ――と、思ったら、棘は彼のまわりに現れた半透明の壁に弾かれる。さっき落としたさざれ石でツチノネを操っていたんだろう。さらに、女王のまわりの床が砕けて、そのかけらが彼女を守る『壁』を叩いた。

 私の手伝いなんて、いらないんじゃないだろうか。

 そう思いつつも、アマノネに意識を集中させる。

 ずっと同じテンポで鳴りつづけるアマノネ。あるとき、その音が長くなった。

 セッカが力強く床を蹴って、前へ飛び出す。女王が左手を振り上げる。

 私はとっさに手を叩いた。頭がきゅうっとしめつけられる。今までにない感覚だ。

 セッカの前で、色とりどりの光が弾けた。彼はひるまず跳んで、剣を振り上げる。

 がぁんっ! と、耳障りな音が部屋を揺らす。

 セッカの剣が壁に止められていた。壁と刃の間で火花が散る。目を細めた女王が、右腕を振り上げる。炎の拳が生まれた。矢が刺さっても止まらず、セッカを殴りつける。

「セッカ!」

 ミオが叫ぶ。白い体が床に叩きつけられて、転がった。けれど、彼はすぐに起き上がった。

 私はほっと息を吐く。ああ、息を止めていたんだ。

「レーベンさん、助かりました」

 片膝を立てて、あいた手を床についたセッカが、遠くを見やる。私も釣られて振り返った。レーベンさんは、無言で片手を挙げた。

 セッカは少し考えこむそぶりを見せる。けれど、すぐに剣をにぎって立ち上がった。

「ミオ、ちょっといい?」

 女王が放った虹色の刃を次々はじき飛ばしながら、セッカはミオを呼んだ。瑠璃色と白の鳥は、空をすべるように彼の方へ飛ぶ。少しして、私の肩にやってきた。

「ナズ、ナズ! セッカから伝言」

「伝言?」

「女王を守ってる壁、見えてる?」

「う、うん。宝石のドームみたいだよね。壁っていうから、四角いものを想像してたけど」

 アマノネに集中していると、力の流れが光って見えることがあるんだ。これは、幻影の国に来て――きちんとアマノネに向き合ってから、気づいたこと。

「うんうん。そのドームをね、コンコンって叩く感じで、アマノネの力をぶつけてみてほしいんだって。何度も、何度も」

「叩く、感じ……? 何度も?」

 言われたことを想像して、ちょっと困ってしまった。

「それって、あの、最後には壊すってこと? 私にできるかなあ」

「小さい傷をつけられたらいいってさ。仕上げはセッカがやるんだって~」

 セッカが? 何をするつもりなんだろう。詳しく聞きたいけれど、そんな余裕はない。

 ええい、とにかくやってみよう!

 戦いの音が響く中、その奥のアマノネを探る。りん、りんと鈴の音。それは、女王がセッカたちへ攻撃するたびに、少しだけ響きが変わる。長くなったり、大きくなったり。

 音程を合わせているひまはない。だから、さっきみたいに手を叩くことにした。ミオに言われたことを思い描きながら、何度かそれを繰り返して。あるとき、壁の方からパチッと音がした。

「いい感じ! 続けて続けて~!」

「う、うん!」

 ミオのお墨付きをもらって、がぜんやる気になった。続けてアマノネの力を操ると、そのたびにパチッと音がする。ただし、同時に頭やひじをひっぱられているような気がした。

 これって、もしかして――

 頭の上が、真昼の外のように明るくなる。

「ナズ、ミオ!」

 レーベンさんの鋭い声を聞いて、顔を上げ――ひっくり返りそうになった。

「何あれ!?」

「きゃー! 逃げろ逃げろーい!」

 天井近くに、いくつもの白い火球が浮いていた。流れ星のように尾を引きながら降ってくる。私はそれに背を向けて走った。灼熱の太陽がそのまま落ちてきたような熱を感じる。

 夢中で走っている途中、ずるんと足を滑らせた。体が大きく前へかたむく。

「きゃあっ!」

「うおい! 危ないな、ナズ!」

 前に転んで、手とひじをこすった。同時、レーベンさんが裏返った声で叫ぶ。……無意識に、彼の方に逃げていたんだ。

 私が痛みにうめいていると、レーベンさんは手を差しのべてくれた。

「ったく、足もとは見とけ。矢が刺さったらどうするんだ。……立てるか?」

「は、はい。ごめんなさい」

 手を取って、ゆっくり立ち上がる。大きくて、ごつごつした手だった。

 まだボウボウと火が燃えている。私とミオはそそくさとレーベンさんの後ろに隠れた。レーベンさんはちょっとあきれたふうだったけれど、私たちを追い払おうとはしなかった。だまって、次の矢に手を伸ばしている。

 鏡のような床の上で、白い炎が躍っている。セッカも攻撃されていたらしい。けれど、彼は落ち着いて女王に向き合っていた。

「ナズ、仕事仕事」

「はっ。そうだった!」

 もう一度アマノネを拾って、手拍子をとった。壁を叩くことはできている。でも、女王のまわりで弾ける火花はさっきより小さい。ひっぱられる感覚も相変わらずだ。やっぱり――

「抵抗されてる、気がする」

「抵抗?」

 ミオとレーベンさんの声がそろった。私は、うなずく。

「字の書き取りをしているときに、後ろから腕をつかまれて、無理やり動かされているみたいな、感じで……」

「あー。向こうもアマノネ使いだからな。そりゃ抵抗されるわな」

 それもそうだ。納得しつつも、私は歯を食いしばった。

 字の書き取りなら、正してもらった方がいいこともあった。けど、今はそれじゃあだめだ。

 これは、私と女王の戦い。負けるわけにはいかない。

 気合を入れる。アマノネに意識を集中して、手を叩く。ひっぱってくる女王の手を、逆にひっぱり返すくらいの気持ちで。

 頭が痛い。くらくらする。つま先が浮いたみたいだ。

 倒れそう。でも――倒れてなんか、やるもんか!

 ピキピキと、ひときわ大きな音がする。はっと前を見た。

 床は穴だらけで、ところどころへこんでいる。その中を、セッカが器用に駆けていた。対する女王は少しあせっているように見える。彼女のすぐそばに、白い線が一本、走っていた。

「やった! いけーっ、セッカ!」

 ミオが声援を送る。セッカが一気に女王との距離を詰めた。

 女王もだまってはいない。眉をつりあげ、両腕を振った。小さな刃がいくつも現れて、雹のようにセッカへと降り注ぐ。

 私は、考える前に手を叩いた。ひとつ、ふたつ、刃が砕ける。

 頭に鋭い痛みが走った。

「く、うっ……セッカの邪魔、しないで!!」

 全力で叫ぶ。正直、やけっぱちになっていた。

 ガラスが割れるような音が響く。すべての刃が砕け散り、光となって消えていった。

「小娘……!」

 女王の叫びは、地の底から響くようだ。やばい、さらに目をつけられた……!

 ――りん。

 縮こまった私の耳に、ひときわ大きなアマノネが届く。とん、と靴が床を蹴る音も。

 セッカが、舞い踊るように女王の方へと踏みこむ。そのステップは、すべてアマノネとぴったり合っていた。彼が一歩進むたび、女王を守る壁にヒビが入る。女王の顔が引きつった。

「そなた、なぜわたくしのアマノネを操って……? ツチノネ使いではなかったのですか!?」

 セッカは剣を振り上げる。

「ツチノネ使いだとは一言も言っていません。普段はを使っているだけです」

 冷ややかに言うと、それを勢いよく振り下ろした。

「まさか、そなたは……『万象ばんしょう使つかい』――!」

 女王が叫んだその瞬間、白銀の刃が、結晶のごとき壁を叩き割った。

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