第3話②:三々

「しかし、こうも見つからんとはな」


 隣を歩くその冷静な口調に、よりイラッと来る。睡方・由依と分かれてから大分時間は経ったはずなのにいくら周辺を見ても、広がるのは世界もどきのような風景ばかりでスイッチなんか一つも見つかりやしない。

 そのため、九華と想太はもう一方の二人に一縷いちるの望みを賭けて、辿ってきた道を戻っているのだった。


 提案は彼女からだった。言い出しっぺの想汰が何も見つけないくせに、異常なほど落ち着いているのがなんだか鼻についた。両手に腰を当てて歩きながら、何食わぬ顔で前を進もうとする彼の背中に罵声をぶつける。


「はぁ。はぁ。そもそも、スイッチなんてものが本当にあるの!? 私、さっきのあんたの話まだ信じてないからね」


「何度も言っただろ? うちの家はセキュリティが頑丈で鍵が何個もあって……」


「御託はいいのよ! この目で見ないと信用出来ないって言ってんの! ほら、あれ起動しなさいよ。もうすぐで分かれたところでしょ」


「いちいちうるさいなぁ。はいはい、分かったよ」


 心底納得出来ないという顔で首を傾げた後、彼は腰のボタンを押した。顔の中心が隆起し、望遠鏡のようになる。ピントを調整しながら進んでいるのを見て、その後ろを彼女が付いていく。


「なんとなくの人影を捉えた。恐らくあいつらだろう、このまままっすぐ」


 九華の足はもう既に限界が来ていた。タプはあちらに預けてしまったし、その割に張り切って縦横無尽にここらを歩き過ぎた。

 息切れしながら、目の前の屁理屈男の足跡をなぞるように一歩ずつなんとか進めていく。お目当ての物が見つかっていたら、と変に彼らに期待してしまう。


「……ん?」


 ふと、想太が足を止める。手でレンズを回しながら、調整を繰り返すようにして。


「はぁ……。はぁ……。何よ」


 じっと止まったまま、動かない。九華も彼と同じ方向に視線を向けているが、もちろんどれだけ目を細めるようなことをしても点すら見えなかった。


「……引き返すぞ」


「はぁ!?」


 今度は戻ってきた道に、足跡を重ねていく彼。淡々と語ってすぐに歩き出す姿に困惑を隠せず、九華は追い越して彼の方を見て。


「な、なんでよ!? なんでかぐらい言いなさいよ!」


「言えない」


「言えないじゃないわよ! 今私達、あいつらに会うためにこっち来たんでしょ!?」


「邪魔してやるな」


「……邪魔? 調査の?」


「……違う、けど。とにかく今、あいつらは二人で頑張ってるんだ。一旦僕達は、ここら辺を探索し直そう」


「……っ。はぁ」


 結局、そこから少し戻ったところで再び地面を見続ける作業を行った。いくら想太を詰めても彼らの方に行かせなかった理由を教えてくれなかったため、自然と途中からどうでもよくなってきた。

 地面に手を当てて、塵を払ったり、石を払ったりしてスイッチが埋まってないかを確認する。もう既に限界を迎えた足に、立ってしゃがんでの動作の繰り返しが効いてしまう。彼女は疲労を逃さずにはいられず、同じように地面を見る彼に喋りかけて。


「ねぇ」


「なんだ」


 一歩ずつ横に動いて、その度に地面に首を向ける。機械的な動きだが精度が高いわけではない。無いポニーテールを触ろうと、手が宙を舞う。


「睡方のことさ、どう思う?」


 九華の頭には霞が立ち込めるように、『頭』の社での光景が思い返されていた。まさか彼と風句二が繋がっているとはという驚きはあったが、それ以上に。

 自分が継承者に選ばれたと知った時の、彼の憔悴した顔、震える体。それらが、どうしても脳裏から離れていかなかった。


「心配してるのか?」


「ち、違うわよ!そんなんじゃ……」


 思わず振り返って想太に二言目を言おうとして、口が少し震えた。彼女はそれを飲み込むと、視線を落とす。


「ほら、あいつ……バカだから。人の言うことそのまま正直に受け取るから……。その、あれで、背負いすぎてたら……と思って」


 風が吹き、地面の小石が軽い音をさせて転がっていく。拳で自分の膝を優しく叩きながら話す彼女の目線は、それだけで物を動かせそうな重々しさを纏っていて。


「僕と部長は、一生意見が噛み合わないようだな」


 凛と立ち尽くす彼は、手に取った小石を放り投げてこちらに視線を向ける。


「渓翠は、決める時は決める人間だ。あんまり彼を、甘く見ない方が良い」


 抑揚の無い、まるで台本を読んでいるかのような口ぶり。それでもその言葉の羅列が嫌なほど体に刺さった気がした。別に、甘く見てるわけじゃない。むしろ。

 両腕を胸の前で硬く組む。急に彼のまっすぐな視線が、自分には怖く感じられてしまったのだ。この乾いた視線はいつも通り。それなのになぜ体が縮こまってしまうのか、理由を探してみるが、九華がその答えに辿り着くことは無かった。


「それより」


 視線の先で、想汰は堂々と立ち尽くす。彼女の変化した様子を目に入れているはずだが、それでも彼は言葉を続けた。頭の中に浮かんだ言葉を出力するのを、彼はわざわざ止めることなんてしなかった。


「背負いすぎているのは、部長の方なんじゃないか?」


「……え?」


 言葉の意味が、よく分からなかった。手を自分の首の後ろに回して、優しく摩る。それから肩に積もった塵をはたき落とすと、その手は今度自分の頬をゆっくりと撫で出した。

 部長。九華は部員の三人、いや晴滝中学校の伝統ある新聞部を支える存在として、一応今もここに立っている。だから、背負うのなんて彼女にとっては当たり前の行為だった。それぐらいの責任感が無ければここまで四人で進むことはまず有り得なかったし、あんなあっけらかんとした顧問の元でもやってこれなかっただろう。


 もちろん、部員あってこその部長だ。他の三人にはそれぞれ頼りないところもある。だけど、彼らの存在がいなかったらこの部は成り立っていなかった。

 だから、全てを背負うべきなのだ。その使命を託されているのだ。


 彼の顔が、寸分狂わずにじっと彼女の方を向き続けている。彼女は深く息を吐くと、無い目を見開いたように胸を大きく張った。足を一歩前に出し、彼に少しでも近づく。威圧感、それを少しでも彼に与えてやりたかった。弱みを見せそうになってしまった恥ずかしさを隠すように。


「いや、私は……!」


 ────……! ……!


「……ん? ちょっと待て」


 言いかけようとしたところだった。想汰の制止に眉を顰めながらも、確かに聞こえてくる音がする。わざわざ耳を傾けなくてもそれは聞こえてきて、そしてその音は今まさにこちらに近づいてきている。

 これは、足音だろうか。にしては、一歩ずつの間隔がやけに早いが。


「部長! 後ろ」


 彼が手を指した方向に振り向く。地面から砂塵が双方に分かれて激しく舞い上がり、灰白色の空へと消えていっている。その煙の中に見える影は、小さく、丸々としたシルエット。颯爽と駆けてきたそれは、すぐにその煙を飛び出し、勢いよくこちらに飛び出してきた。


「タプゥゥゥ……! タプゥゥゥ……!」


「おわっ!?」


 その桃色の体の突撃を危うく受けそうになって、彼女は即座に体を翻す。先ほどまで自分がいた場所に、案の定それは綺麗に四つ足を着地させた。そして顔についた大きな鼻を地面に擦り付けながら、その場を徘徊し始めて。


「タプ!? あんた、あっちにいたはずでしょ!? なんでこっちに来たのよ!」


「タプ! タプタプ!」


 二つある前足の片方を精一杯虚空に掲げながら、鳴き声を大きく上げるタプ。相変わらず何を言っているかは分からないが、何かを必死に伝えようとしてくることだけは伝わってくる。九華は文字通り頭を抱えつつ、その限界の足をゆっくりとしゃがませてタプと目線を合わせた。

 どうすればこちらの意思が伝わるのか、手を空中でぐるぐると回しながら考えを巡らせる。だが、そうしている間にもタプは地団駄を踏み始め、再び走り出しそうになった。その瞬間、彼女は決して動物らしくない桃色の滑らかな体を両手で掴み、なんとか足を踏ん張らせる。


「ちょっと……! 落ち着きなさいってば……! まだ、勝手にどっか行かれたら困るのよ……!」


「タプ! タプタプゥ!」


「もしかして……南方面って言いたいのか?」


 手を食い込ませるほど体を掴んでいるのにも関わらず、走り出そうと空中で足をジタバタさせるそのタプの姿を見て、想汰は冷静に呟いた。彼女の隣に同じくしゃがみ込み、顎に手を当ててよく観察をしている。


「ちょっと……! あんたも持ってよ……! 私、一人じゃもう無理……!」


「タプ。あっち側にスイッチがあるのか?」


「タァプ! タプタァプ!」


 体全体を大きく上下させて、まるで全力で頷くような動きを見せる。それを見て彼も頷くと、彼女のタプを持っている手をいとも簡単に離させて、タプを地面に着地させた。やっと自由になれたというように体を捩らせるタプの背中に、そのまま彼は乗る。

 九華がまだ息切れと共に肩を揺らしている中、彼に手を引かれ、流れで彼女もタプの背中に乗ることとなった。色々と言いたいことはあったし、声に出しているつもりだったが、タプのあまりの馬力ゆえか口からは空気しか出ていなかった。

 想汰はそれを聞こえていないフリをして、すぐにタプへと指示を出す。威勢のいい返事と共に揺れた車体から落ちないように、彼女は彼の背中を思わず掴んでしまった。



「ここって、私達が最初にここに向かってきた時の道じゃない」


 タプから降りて、周囲を見回す。『頭』の社からこちらに向かってきた時の足跡が地面には残っており、今も彼女達はその足跡を何度も踏み鳴らすことでその跡を濃くしている。

 鼻を地面に擦り付けながら、まさにその足跡の上をなぞりながらタプは歩いていく。その後ろを二人で付いていくと、とある場所で止まり、こちらに向かって大きく鳴いた。


 前足で指された地面の部分を覗き込むと、そこには確かにほんのりと赤く光る、機械的なボタンがうっすらと顔を出していた。それは周囲と比較したら確かに異質ではあるが、よく意識を集中させないと気づけないほどの非常に些細なもの。

 故に、見つけられたことの達成感が徐々に湧いてきて、タプを持ち上げてから両手で撫で上げる。


「やるじゃないあんた! これでやっと歩かずに済むわ……」


「タプ! タプ!」


「なるほど。こちらに向かってくる時に、気づかずタプが足で押してしまっていたというわけだな。だから、写真の時にはあったはずの社が身を潜めたと……」


「よし。今回はあんたの手柄よ。あんたのその足で、このボタンをもう一度押してやりなさい」


「タプ!」


 タプと目を合わせる。彼女は目が無く、タプも顔がほとんど鼻のため実質的には違うが、つまりはそういう雰囲気だった。地面に下ろされたタプは、こちらを一瞬振り返ってからボタンに前足をかける。

 そして、まるで犬のお手かのように軽くそれを押した。瞬間。その対価には見合わないような、大きな駆動音。一帯の地面が揺れる感覚が、全身に伝わってきて。


 視界の数十メートル先。地面が盛り上がったと思ったら、勢いよく地底から灰白色の塔が凄まじい鳴動と共に姿を表した。いや、塔にしてはやけに現代的な作りになっていて、建物の表面に窓やベランダが付いている。意味は同じだが、より正確に表すとしたらと言った感じ。


 最上部に登ってしまえば、手を伸ばしてこの太陽も月も上らない空に触ってしまえるほどの高さ。地割れの余韻で、せり上がって隔離された地面の破片が屋上から音を立てて落ちている。その度に、タワーの根元の地面から砂塵が舞い上がり、まるでこの土地自体が呼吸しているようだった。


「間違いない。あれは僕の家で、社だ」

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