第三話:突然のライバル出現と、座敷童の警告
悠真くんとの同居生活は、
私にとって、すっかり「普通」になった。
最初は戸惑いばかりだったけれど、
今では、彼の存在が、
私の日常に、穏やかな光を灯している。
朝、彼が淹れてくれる温かいお茶。
夜、キッチンから漂う夕食の香り。
学園での張り詰めた緊張が、
彼の前では、すっと溶けていくのを感じる。
これが、私の「裏の顔」。
彼だけが知る、私だけの場所。
この秘密の甘さが、私の心を惑わせる。
生徒会室で、書類に目を通す。
完璧な自分を演じているけれど、
心の奥では、もう彼のことが、
頭から離れない。
あの優しい笑顔。
困ったように眉を下げる仕草。
全てが、私の琴線に触れる。
この感情は、もう、
「契約」だけでは説明できない。
それは、少女漫画で読んだ、
「恋」という、甘く、切ない感情に、
限りなく近いものだった。
認めたくないのに、身体が熱を持つ。
私の秘めたる欲望が、
彼の存在によって、ゆっくりと覚醒していく。
昼休み。
私は今日も専属料理人の特製弁当を広げ、
彼の姿を、無意識に探してしまう。
彼は、窓際の席で、
購買のパンを頬張っていた。
その姿を見ると、なぜか胸が締め付けられる。
もっと、彼のために何かしたい。
私が作ったものを、
彼に食べさせてあげたい。
そんな、ささやかな、
でも、確かな欲望が、私の中で芽生える。
それは、生徒会長としての私には、
決して許されない、個人的な感情。
だけど、抗えない。
この独占欲は、一体何だろう。
彼を独り占めしたい、
そんな甘い衝動が胸を焦がす。
放課後。
生徒会活動を終え、
彼と一緒に屋敷へ帰る時間が、
私の一番の楽しみになっていた。
他愛ない会話。
今日の授業のこと、
週末の天気のこと。
そんな、ごく普通のやりとりが、
私をこんなにも満たすなんて。
隣を歩く彼の腕に、
そっと触れてしまいたくなる衝動を、
必死で抑え込む。
触れたい。もっと、彼に近づきたい。
私の内側で、秘めたる欲望が、
じわりと熱を帯びていく。
まるで、肌の奥から、
じわじわと広がる、甘い痒みのように。
彼の隣にいるだけで、全身が熱を帯びる。
屋敷に戻ると、座敷童の気配が、
一層、強くなっているのを感じる。
それは、ただの幸運だけではない。
まるで、私たちの関係を、
見守っているかのように、
温かく、そして、少しだけ、
期待に満ちているように思えた。
このままいけば、何の障害もなく、
現在の契約期間が満了し、
スムーズに「再契約」へと移行するだろう。
私は、そう信じて疑わなかった。
この穏やかな幸福が、
永遠に続くのだと。
この安寧が、私の「普通」になるのだと。
しかし、その平穏は、
あまりにも唐突に、打ち破られた。
学園の創立記念イベント。
全校生徒が集まる厳かな講堂で、
私は生徒会長として、挨拶をしていた。
完璧なスピーチ。
生徒たちの視線が、私に集中する。
その時だった。
ざわめきと共に、一人の女子生徒が、
堂々と壇上に現れた。
鳳凰院麗華。
学園のアイドル。
鳳凰院グループの令嬢。
その美しさは、私と並び称されるほど。
彼女が、なぜ、この場所に。
麗華は、まるで舞台女優のように、
スポットライトを浴びる私の隣に立ち、
優雅に一礼した。
「桐生院会長のご挨拶、大変感銘を受けましたわ。
わたくし、鳳凰院麗華と申します」
そして、彼女の視線が、
会場の隅にいる、ある一点を捉えた。
その先には、藤堂悠真くん。
私の隣に立つ麗華の視線が、
私を通り越し、悠真くんを捉えた時、
私の心臓が、ドクン、と大きく、
不快な音を立てて鳴った。
嫌な予感が、全身を駆け巡る。
まるで、冷たい氷の針が、
心臓を貫いたかのような衝撃。
麗華は、壇上から悠真くんを見つめ、
優雅に微笑んだ。
その笑顔は、私に向けられるものとは違う。
まるで、獲物を見定めたかのような、
鋭く、そして、どこか妖艶な笑み。
彼女が悠真くんに、明確な興味を示した。
彼女が、悠真くんの持つ、
座敷童の力を感じ取ったのだと、
私は直感的に理解した。
そして、彼女は彼を、
鳳凰院家が「手に入れるべき存在」と、
認識したのだ。
私の、静かで穏やかな日常が、
音を立てて崩れていく。
まるで、積み上げた砂の城が、
津波にさらわれるように。
イベントが終わり、私は悠真くんの隣を歩く。
学園を出ようとしたその時、
背後から、呼び止められた。
凛とした、しかし甘さを含む声。
「藤堂悠真様でいらっしゃいますわね」
振り返ると、そこに麗華が立っていた。
完璧な笑顔。だけど、その瞳には、
確かな敵意が宿っている。
彼女は、悠真くんをまっすぐ見つめ、続けた。
「わたくし、鳳凰院麗華と申します。
あなた様のような方が、桐生院家の契約花婿とは…
少し、驚きましたわ」
その言葉は、私への宣戦布告。
明確な、そして侮辱的な、宣戦布告だった。
私の心は、凍り付いた。
同時に、沸騰するような怒りが込み上げる。
私の、私の悠真くんを、
まるで品定めするかのような口ぶり。
許せない。この甘い秘密を、
なぜ彼女が知っているの?
その時、私の焦燥が、頂点に達した。
麗華の瞳の奥に、
隠しきれない優越感が見えた。
私は、彼女の完璧な笑みに、
平静を装うことができなかった。
怒り、嫉妬、そして、恐怖。
全てが入り混じった感情が、
私の口を、勝手に開かせた。
「…っ! 選ばれなかったら…
私の家が…不幸になるのに…!」
思わず、そんな言葉が、
私の唇から、ぽろっと漏れてしまった。
座敷童の警告を、
私が、麗華に聞かせてしまったのだ。
しまった。
私の脳裏に、激しい後悔が走る。
取り返しのつかないことを、
言ってしまった。
麗華の顔が、驚愕に染まる。
その完璧な笑顔が、一瞬だけ、
真剣な焦りに歪んだ。
彼女の瞳の奥に、
私の失言によって、
新しい火が灯ったのを感じた。
それは、獲物を確実に見つけた、
捕食者のような、鋭い輝き。
彼女は、すぐに表情を取り繕ったが、
私には、彼女の内心の動揺が、
手に取るように分かった。
彼女は、この「不幸」というルールを、
私から聞いたのだ。
そして、それを、
悠真くんを手に入れるための、
決定的な武器として、
利用するだろう。
麗華は、すぐに悠真くんに向き直った。
その顔には、再び、
学園のアイドルとしての完璧な笑顔が戻っている。
「藤堂悠真様でいらっしゃいますわね。
わたくし、鳳凰院麗華と申します。
あなた様のような方が、桐生院家の契約花婿とは…
少し、驚きましたわ」
先ほどと同じ言葉。
しかし、その声には、
確かな裏の感情が込められていた。
私の失言が、彼女の闘志に火をつけたのだ。
悠真くんは、戸惑いを隠せない様子で、
私と麗華の間を、交互に見つめている。
彼の隣で、座敷童の気配が、
まるで私たちの焦燥を面白がっているかのように、
フワリと揺れるのを感じた。
リビングのシャンデリアは、
まだチカチカと点滅を続けている。
壁に飾られた絵画が、
ガタガタと音を立てて揺れる。
座敷童の無邪気な警告が、
私の耳から離れない。
「選ばれなかったら不幸になるぞ~!」
このルールが、私たちを、
どこまで追い詰めるのだろう。
私の心は、焦燥と、
そして、奇妙な興奮に震える。
私の失言によって、
この花婿争奪戦は、
私が想像するよりも、
ずっと、過激なものになるだろう。
しかし、後悔はしない。
彼の瞳の奥に見た、あの戸惑い。
彼の作る料理の温かさ。
彼の隣にいる時の、あの安らぎ。
全てが、私を彼へと引き寄せる。
私は、絶対に負けられない。
桐生院家のために。
そして、何よりも、
私自身の、この熱い欲望のために。
さあ、麗華。
いよいよ、本当の戦いが始まる。
私の奥底で眠っていた、
「女」としての私が、
今、まさに覚醒しようとしている。
このドキドキは、もう、止まらない。
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