座敷童と令嬢たち、究極の家名バトルロイヤル! 勝つのは誰だ!?
五平
第一話:契約は学園で、秘密の始まり
桐生院瑠璃。
この名前は、私にとって、
冷たく、そして煌びやかな鎖だった。
名門、桐生院家の次期当主。
誰もが羨む、完璧な生徒会長。
成績は常に学年トップ。容姿も、
雑誌の表紙を飾れるほどと評される。
私の毎日は、寸分の狂いもない、
精緻な計画の上に成り立っていた。
朝五時には、小鳥のさえずりと共に目覚め、
家伝の古式に則り、瞑想で心を整える。
その後は、手入れの行き届いた庭園を、
静かに散策しながら、
その日のスケジュールを脳内で反芻する。
朝食は専属の料理人が用意した、
旬の食材を惜しみなく使った献立。
一切の無駄なく、私は完璧な一日を始める。
学園では、常に冷静沈着。
どんな些細なトラブルにも動じず、
常に最も効率的で、最善の解決策を提示する。
それが、私の「表の顔」。
そう、この学園生活こそが、私の全てだった。
少なくとも、あの「契約」が発動する、
その忌々しい日までは。
藤堂悠真。
彼が、私の完璧な日常に、
唐突に、しかし不可避に、
現れた「異物」だった。
同じ学園の、同じクラスに所属する、
ごくごく普通の男子生徒。
地味とまでは言わないけれど、
決して群衆の中で目を引くタイプではない。
成績は中の上。運動もごく平均的。
これと言った特徴と言えば、
その穏やかな雰囲気と、
時折見せる、どこか困ったような笑顔。
そんな、あまりにも平凡な彼と、私が、
まさか、夫婦の契りを交わし、
同じ屋根の下で暮らすことになるなんて。
私の人生の計画に、
そんな項目は、どこにもなかった。
「桐生院家の家運は、
代々座敷童の加護によって守られてきた。
そして、その座敷童の血を引く、
藤堂家との契約は、古くからの定め。
桐生院の娘は、藤堂家の嫡男と結ばれ、
加護を更新する。
それが、お前の宿命だ。
他者に心惹かれることのないよう、
これまで一切の異性との接触を禁じてきた。
全ては、この日のためだ」
父の言葉は、まるで、
私が生まれる前から用意されていた、
運命の脚本のように、重く、
私の全てを絡め取るように響いた。
恋愛? 感情?
そんなものは、私には無縁の言葉だと思っていた。
これはあくまで、家同士の存続をかけた、
政略結婚のようなものだと理解していた。
だから、悠真くんとの「契約結婚」も、
頭ではすんなりと受け入れられた。
これが、私の役目。
桐生院瑠璃としての、責務なのだと。
感情は、一切介入させるべきではない。
初めて彼と対面したのは、
屋敷の広間だった。
かしこまって正座する彼に、
私は、生徒会長として接するのと同じように、
淡々と、寸分の隙も見せずに挨拶を交わした。
「桐生院瑠璃です。以後、お見知りおきを」
彼の顔は、少しだけ強張っていた。
無理もないだろう。
何の準備もないまま、突然、
名門の令嬢と結婚すると告げられ、
しかも、その相手は学園の生徒会長。
彼にとって、私はどれほど、
手の届かない、高嶺の花に見えているのだろう。
「藤堂悠真です。
今日から、よろしくお願いします、桐生院さん」
彼の声は、私の想像以上に、
穏やかで、そして、微かに震えていた。
その微かな震えが、なぜか私の胸の奥を、
かすかに、しかし確実に、震わせた。
彼の瞳は、私をまっすぐ見据えていた。
澄んでいて、まるで、
私の心の奥底に隠された、
秘められた欲望までもを、
彼が、見透かそうとしているような、透明感。
その真っ直ぐな視線に、私は一瞬、息を呑んだ。
そして、無意識に、指先がピクリと動く。
いや、違う。彼はただ、素直なだけ。
それなのに、なぜか、
私が焦燥感に駆られている。
この、胸をざわつかせる感情は、一体、何?
まるで、体の内側から、
何かが解き放たれようとしているような、
予感にも似た、不穏な高鳴りだった。
そして、始まった、奇妙な同居生活。
私の自室の隣に、彼の部屋が用意された。
広大な屋敷の構造からすれば、
もっと離れた部屋でもよかったはずなのに。
それさえも、契約の一部なのだろうか。
夜、壁一枚隔てた向こうに彼がいると思うと、
なぜか心が落ち着かなかった。
学園では、もちろん、私たちは「他人」。
あくまで「普通のクラスメート」として振る舞う。
朝は、いつも通り、個別登校。
学園内で、彼の姿を見つけても、
特別な視線を送らないよう、細心の注意を払う。
昼休みも、それぞれ別のグループで過ごす。
誰も、私たち二人が、
同じ屋根の下で暮らしているなんて、
想像だにし、しないだろう。
この「秘密」が、私を、少しだけ、
不思議な高揚感で満たしていた。
誰も知らない、私だけの「裏の顔」が、
ここに存在するのだと。
それは、まるで、禁断の果実を、
こっそりと味わっているかのような、
背徳的な甘さだった。
夕食の支度は、彼の担当だと聞かされた時、
私は少しばかり困惑した。
「家政婦に任せればいいでしょうに。
ご無理なさる必要はありませんわ」
無意識に、そんな言葉が口から出ていた。
彼は困ったように笑い、
「いえ、慣れてますから。
それに、誰かのために作るのって、楽しいんです」と、
控えめに、しかし少しだけ、誇らしげに答えた。
初めての夕食。
食卓には、湯気の立つ温かな味噌汁と、
ふっくらと柔らかく焼かれた卵焼き、
そして、香ばしい魚の塩焼きが並んでいた。
どれも、ごくごく普通の家庭料理。
だけど、一口食べると、
私の体が、じんわりと温かくなった。
今まで、完璧だったけれど、どこか無機質な、
専属料理人の料理とは全く違う。
卵焼きの優しい甘さ、味噌汁の奥深い香り。
その全てが、じんわりと、
私の心を解かすように、体中に染み渡っていく。
まるで、硬く閉ざしていた心の扉を、
優しくノックされているような感覚。
「美味しい、わ」
そう呟いた私の声は、
自分でも驚くほど、素直な響きだった。
彼はふわりと、花が綻ぶように笑った。
その屈託のない笑顔に、
心臓が、きゅん、と、可愛らしく、
そして、激しく鳴った。
まるで、何かが目覚めたかのように。
思わず、視線を逸らしてしまった。
生徒会長として、私は常に完璧であるべき。
こんな、ちっぽけなことで、動揺するなんて。
らしくない。
でも、この感情は、一体何なのだろう。
胸の奥で、じんわりと広がる、不思議な熱。
それは、私の知らない私を、
そっと呼び覚まそうとしているようだった。
夜、自分の部屋に戻り、静かに目を閉じる。
部屋の隅に、微かな気配を感じた。
まるで、誰かがそこにいるかのような、
温かい、柔らかい空気。
これが、座敷童の気配なのだろうか。
フワリと、温かい空気が漂い、
ひんやりとしていた部屋が、
じんわりと、優しい熱を帯びる。
心なしか、今日の勉強も、
いつもより集中できた気がする。
難しい数式も、複雑な英文も、
いつもよりすんなり頭に入ってくる。
これも、加護なのだろうか。
小さな幸福感が、私を包み込み、
張り詰めていた疲れた体に、静かな安らぎをもたらす。
不思議な安心感の中で、
私は、深く、穏やかな眠りについた。
翌朝、目覚めると、
いつもより体が軽い気がした。
こんな感覚は、初めてだった。
翌日、学園に向かう道中。
不意に、彼の姿を見つけた。
制服に身を包み、少しだけ背中を丸めて歩く彼。
いつも通りの、目立たない彼。
だけど、私にとっては、もう違う。
昨夜の彼の笑顔が、
脳裏に焼き付いて離れない。
あの、優しい手の温もりも。
まさか、これが、人を惹きつける、
「座敷童の力」なのだろうか。
それとも、私の心が、
彼に惹かれ始めているから?
その問いに、明確な答えは出なかった。
ただ、彼の姿を目で追ってしまう自分がいた。
それは、まるで、磁石に引き寄せられるような、
抗えない引力に似ていた。
授業中も、時折、彼に視線を送ってしまう。
彼は、ノートに真面目に文字を書き込んでいる。
その真剣な横顔を見ていると、
胸の奥が、温かくなる。
まるで、私の知らない感情が、
ゆっくりと、大切に芽吹き始めているようだった。
放課後、生徒会室で書類を整理していると、
廊下から、彼の笑い声が聞こえてきた。
友達と、楽しそうに話しているのだろう。
その声が、なぜか、私の胸を締め付ける。
この、苦しいような、甘いような感覚は、
一体、何だろう。
契約の相手に対する、特別な感情?
それとも、私が少女漫画で読んだ、
あの「恋」という、甘美な病なのだろうか。
昼食の時間。私はいつも通り、
専属の料理人が用意した、
彩り豊かな特製弁当を広げる。
周りの生徒が「また桐生院さんのお弁当、
芸術品みたい!」と囁く声が聞こえる。
私は淡々と箸を進めるが、
ふと、悠真くんの姿を探してしまう。
彼は、購買で買ったらしいパンを、
少しはにかんだ顔で食べていた。
その姿に、なぜか胸がざわついた。
家で彼の作る温かい料理とは、
あまりにも対照的な、
そっけない昼食。
彼にも、私の作ったものを、
食べさせてあげたい。
そんな、初めての感情が芽生えた。
帰り道。
学園の門を出てすぐ、私は彼に追いついた。
彼の隣を歩く。
二人きりの、他愛ない会話。
「今日の昼食は、購買のパンだったのね」
私が口にすると、彼は少し驚いた顔をした。
「ええ、そうです。桐生院さんは、
いつも立派なお弁当ですね」
「ええ、そうね。私はいつも、
完璧主義で、手抜きはしない主義よ」
なんてことないやりとりなのに、
胸が、高鳴る。
学園での「生徒会長」としての完璧な私と、
家での「妻」としての、
少しだけ抜けている、素顔の私。
この、あまりにも大きなギャップが、
私を混乱させる。
本当の私は、一体、どちらなのだろう。
彼の前でだけ、素顔の私が現れる。
それが、嬉しくもあり、恥ずかしくもあった。
悠真くんが、不意に立ち止まる。
「どうかしたの?」
私の声が、少し上擦る。
彼の視線が、私に向けられる。
そのまっすぐな眼差しに、
私は、心臓が跳ね上がるのを感じた。
まるで、私の奥底に隠された秘密を、
彼が、見透かそうとしているみたいで。
焦りと、少しの期待が、胸をよぎる。
「いえ、なんでもありません」
そう言って、彼は、
困ったように笑った。
その笑顔に、また、胸が、きゅん、と。
そして、同時に、
体中に熱い電流が走るような感覚。
だめ、だめよ、私。
この感情は、契約とは関係ない。
私を惑わせる、邪魔なものだ。
理性でそう言い聞かせても、
心の奥では、もうすでに、
何かが始まっている予感がした。
私は、彼の「契約の相手」。
それ以上の感情は、邪魔になる。
そう、自分に言い聞かせても、
一度芽生えた感情は、消えてくれない。
むしろ、まるで水の波紋のように、
どんどん大きく、深く広がっていく。
彼のちょっとした仕草、声、表情。
彼が近くにいるだけで感じる体温。
全てが、私の中で、特別な意味を持ち始める。
今まで感じたことのない、
甘く、少し苦しい感覚が、
私の全身を駆け巡る。
これって、もしかして、恋愛感情、なの?
私の体が、心とは裏腹に、
彼を求めるように、熱を帯びていく。
家に着くと、彼はすぐにキッチンへ。
トントン、と軽快な包丁の音が響く。
ジュウジュウと、何かが焼ける、食欲をそそる音。
今日の夕食は何だろう。
そんなことを、期待しながら考えている自分がいる。
今まで、食事に興味なんてなかったのに。
彼といると、私の「普通」が、
少しずつ、しかし確実に、変わっていくような気がした。
温かくて、柔らかい、初めての感覚。
まるで、私の心が、硬い殻から解き放たれ、
自由に羽ばたこうとしているみたいに。
食卓には、香ばしい生姜焼きと、
彩り豊かなサラダが並んだ。
一口食べると、肉の旨味が口いっぱいに広がる。
温かくて、優しい味。
「美味しい、わ」
再びそう呟くと、彼は嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔が、私の心を、
じんわりと満たしていく。
このまま、時間が止まればいいのに。
座敷童の気配が、より一層濃くなる。
私の部屋だけでなく、リビング、キッチン。
屋敷のどこにいても、その温かい空気を感じる。
私と彼の間に、確かな、
絆が生まれ始めている。
そう、感じずにはいられなかった。
この生活が「普通」に続けば、
やがて契約が完了し、
平穏な夫婦になるだろう。
そう願う自分が、そこにいた。
この予感は、果たして、
確かなものになるだろうか。
私は、この奇妙な契約結婚が、
私にとって、そして彼にとって、
最高の「普通」になることを、
心の奥底で、願い始めていた。
それが、どれほどの意味を持つのか、
まだ、知る由もなかったけれど。
この穏やかな日々が、
ずっと、ずっと、続けばいい。
心の底から、そう願った。
しかし、その願いが、
決して「普通」ではいられないことを、
そして、この平穏な日々が、
まさに嵐の前の静けさであることを、
この時の私は、まだ、何も知らない。
私の秘めたる欲望が、
彼の存在によって、
今、まさに覚醒しようとしていることも。
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