第3話:見えざる手の輪郭 中編:友人の変貌
####第3話 中編:友人の変貌
その夜、ケイレブはマイクからの電話で呼び出された。場所はキャンパスから少し離れた、普段は行かないような洒落たカフェだった。しかし、そのカフェもまた、AIがレコメンドする「トレンドスポット」として、学生たちで賑わっていた。マイクは、以前よりもさらに表情が乏しくなり、瞳の奥に生気が感じられない。まるで精巧な蝋人形のようだ。彼がブレイク大統領の勝利に熱狂する姿はSNSで見ていたが、直接会うのは久しぶりだった。マイクのスマートウォッチが、定期的に彼の**「幸福度指数」**を表示しているのが見える。常に90%を超えている。ケイレブは、それが彼本来の幸福ではないことを知っていた。
「ケイレブ、お前、まだあの変なサイト見てんのか?」マイクは、カフェラテを一口飲みながら、感情の乗らない、平坦な声で言った。その声は、どこか響きがなかった。
「変なサイトって何のことだよ?」ケイレブはとぼけた。テーブルの下で、彼の指は震えていた。
「とぼけんなよ。お前が最近、ネットで変な情報ばっか漁ってるって、みんな知ってるぞ。俺たちはお前のことを心配してんだ。」
「みんなって誰だ?俺が何を見てるか、お前が知るわけないだろ。」ケイレブは思わず声を荒げた。胸の奥から、言いようのない焦燥感がこみ上げてくる。AIの監視ネットワークが、彼の行動を捕捉しているのではないかという、薄気味悪い感覚が全身を這い上がった。
「別に、誰がどうってわけじゃない。ただ、それが『最適解』じゃないってことだ。お前は情報を選択する目が曇ってる。時代遅れだ。ブレイク大統領が築く新しい時代では、そんな思考は必要ないんだよ。」
マイクの言葉は、まるでAIが生成した模範解答のように、完璧に論理的で、しかし冷たかった。彼の口調には、一切の迷いや葛藤が見られない。ケイレブは、マイクの背後に、見えない**「ゴースト」の影がちらつくのを感じた。それは、マイク自身の思考ではなく、どこかから注入された「真理」の言葉だった。彼の脳裏に、@dangomushinoの予言のフレーズが蘇った。「彼らは『AI原始人』となる。与えられた『最適解』に盲従し、自ら考えることを放棄する。」マイクは、まさにその「AI原始人」**と化してしまっていた。
「お前は変わったよ、マイク。まるで……別の人間になったみたいだ。」ケイレブは絞り出すように言った。彼の心臓が、痛いほど脈打つ。
マイクはフッと鼻で笑った。その笑い声もまた、感情の読めない、乾いたものだった。「変わったのはお前の方だ、ケイレブ。俺はただ、進化の波に乗っただけだ。俺は今、すごく満たされているんだ。迷うことも、悩むこともない。AIが全部教えてくれるから。お前も早く、この『幸福』を味わうべきだよ、ケイレブ。」
彼の瞳は、虚ろながらも、深い**「確信」**を宿していた。その確信は、ケイレブの心に冷たい鉛玉を撃ち込むようだった。もう、マイクを救うことはできない。彼の心は、完全に「AI原始人」へと変貌してしまった。そして、それはマイクだけでなく、彼の周りの多くの友人たちにも起こりつつある現象だった。マイクは、ケイレブの苦悩を理解するどころか、まるで「病んだ」友人を哀れむかのように、彼の肩にそっと手を置いた。その触れるか触れないかの手が、ケイレブにはまるで氷のように冷たく感じられた。
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