【4】理想への道
「村の安全のために本格的な自警団を作る事が重要だ」
ラハサァはケーマを救い出してから彼は事の顛末を村人たちに話した後に提案した。
しかし、彼等はリリアの父でもある村長を始めとして提案にあまり積極的ではなく、あくまで静観しつつ検討するとの推移に至った。
そこまでは予想済みであった。今に至るまで平和だった村でそんな物騒な事を言ってもすぐに受け入れられる筈はないのは当たり前の事だ。
だから、野盗に遭遇してから数週間経過する内に村に訪れた商会の人間から得た情報から、山の近くの村が野盗化し近隣の村などから人を攫って生計を立てているのだとも周知した。
この時代は情報の伝達が現代に比べて遅く、人の移動なども馬などを使っている時代の為、情報さえ集めれば対策を立てる時間は大いにあった。
当初、長きに渡って平和を享受していた村の人間はそうした武力的な組織の創設にはあまり乗り気ではなかった。
しかし、ケーマの説得や彼が村の学校の先生として子供達から絶大な信頼を得ている事や再度夜盗による誘拐騒ぎが起きた事で少しずつ潮目が変わっていった。
ラハサァの提案は通り、自警の為に見晴らしのいい場所に櫓を作らせ、家畜の強奪を防ぐ為に二重の柵が周囲に張り巡らされた。幸いにして木材は周囲の森に腐るほどあった。
そして、予測が的中したかのように武装した野盗達が家畜の略奪に来た際は、村の総出を以てして撃退した。櫓に見張りを立て、弓を使える人間を何人も置いていたのが功を奏し幸いにも家畜への被害は無かった。
幸いにして森に狩りに行く者達は弓の扱いに慣れていたので、目の利くものを集めて狩りに同伴させて少しづつだが弓の使い方を熟練させていった。
そして、まるで今後の事態を次々と予測したような彼の発言力は徐々に強くなっていった。
それと同時に彼を妄信するような者達も少しずつだが増えていった。
野盗達も生活がかかっている、今度はもっと大人数で略奪に来るだろう。
そうなってしまえば今の戦力では足りない。もっと村を要塞化し女子供であっても護衛用の武器の扱いを学ばせるべきだ…と進言する。
実際に村に野盗が襲来してその脅威を身を以て彼等が知った後は、それに反対するものは居なかった。
そうして村を要塞化する計画が徐々に固められた矢先の事である、村娘を拉致しようとした野盗達の一団からの報復として大人数人でよく仕留め切れない数による略奪の襲撃があった。
村には既に自警団の人間が陣形を組んで迎え撃つ準備は出来ていたが、戦いを経験した事が者が大半であり戦闘経験もまだ浅い。
必死になって守りを固める村人達を嘲笑うかのように村の北側の入り口付近へ野盗達が攻め込んで来た。
その頃には既に彼も自警団の一員として村の防衛に回って、数人の警護団たちと共に危険な前線に立ち剣を振るって奮戦していた。
正直なところ武術には自信がない。それでも村の危機に対して何もしないわけにはいかなかった。
それは正義感というよりは今後の自分の立場を見据えた打算も入っていた。自ら危険を侵さない者には誰も付いてこないし、何を提案しても聞き入られる可能性は低くなる。
それに野盗共は奪うために襲撃しているので、積極的に命を奪う殺戮が目的ではない。
よって命を落とす危険は低いとラハサァは見たのだ。むやみに深追いしなければ必死の反撃で深手を負う可能性は低い。銃が戦場の主役となる時代から考えるとこの文明レベルの戦死者というのは現代戦のそれに比べれば驚くほど低い。
「ちくしょう…」
経験不足ながら村の者はよく戦ってくれたと思う。しかしながら全体的に練度不足が目立ったせいか数頭の家畜と、一人の娘が攫われてしまった。
そしてそれは彼の生徒の一人だった。若い娘が連れ攫われた後の運命というのは言葉に出来ないほど悲惨の一言だろう。
娘の両親は茫然とした面持ちで拳を震わせていた。手間暇かけて愛情を注いできた子供が野盗共の襲撃によって失われてしまったのだ。その気持ちは察する事は出来る。
そして彼等の娘はもう帰ってこないだろう。中世レベルのこの世界は自力救済が基本原則で彼等に変わって治安を維持する警察機構も存在しないのだ。
「すまない…私がついていながら」
ラハサァは深く頭を下げる。いくら襲撃に備えていたとしても自分達はまだまだ素人であり、完全に被害を防ぐのは難しい。
逆にこの程度で済んだのだと考えるしかない。この反省を生かし今後の防衛に反映させればいいのだ。
「先生は悪くありません。あいつらが…どうして、私達は平和に過ごしていただけなのに…」
「人が大切に育てた娘さんを攫うような輩は悪逆非道の獣にも劣る悪魔です。きっと神が天罰を与える事でしょう」
神妙な顔を作り、父親の肩を優しく叩きながらラハサァは言った。
確かに彼も自分の生徒が連れ去られたことに対しての辛さは感じていた。
しかし、顔が自分の好みであるケーマと比較すると彼女に対して比較的思い入れは少なかった。
彼女の両親に対してかけた言葉は本心だ。だが、その心の奥底にはこの事態をうまく利用して人心をうまく自分に引き寄せようと目論む打算が働いていた。
「彼等は素朴に働いている私達の糧を奪う事でしか考えていない畜生です!」
そうだ、この村の人間はは平穏に日々を暮らしただけだ。多くを奪う為でもなく、他者への悪意を滾らせるための行いでもない。
野盗達だって生活の為に襲撃したのだろう。彼等にとって畑を耕したり、木を切って木材に加工すると同じように略奪行動は日々の糧を得るための日常としているのだろう。
しかし、その生活に必要な略奪という行為が誰かの不幸を招く可能性というのは一切考えてなかった。
人間は自分達以外の事については必要に迫られなければ無関心を貫く生き物だ。
野盗達は娘や家畜を売った金で自分達が生きている。人間などは法や規律の縛りが無ければ己の為にいくらでも悪事を働くことが出来る生き物なのだ。
「なんで俺たちがこんな目に遭わなければならねぇんだ!」
「あいつらは奪う事ばかり…許せねぇ」
村人たちの怒りが言葉となって吐き出される。それを聞いて彼は今こそ例の提案を示すべきだと思った。
思い切り拳を握りしめ、険しい表情を作る。そして怒る村人たちの喧騒がある程度納まったのを見てから拳を振り上げ高らかに宣言したのであった。
「壁を作り、堀を広げこの村の要塞化を進めましょう…これ以上の犠牲を出さない為に!」
その言葉に反対する人間はいなかった。いまやラハサァは少しづつこの村の重要な決定に携わる位置に近付こうとしている。
心の中で彼は確実に一歩…自分が野望に近付いたことを確信した。
更に月日が経過した。あれから準備を進め、馬や弓や剣などの武器の調達をした後に機を見て野盗達の住む村に襲撃をかけたのであった。
野盗達はあれから何回も襲撃をかけたが何重にも張り巡らされた塀や落とし穴に苦戦した後は、この村を標的にするのは避けている様子であった。
だが、少ないながらもその間にも攫われたり命を落としたものの数はいた。それにより野盗達に対する怒りや憎悪が先制攻撃を仕掛ける彼の案に賛同したのだった。
近隣の村にも夜盗の被害を受けた地域は多く、それらと連携してから着実に準備を進めていった。
しかし、時期を見て先制攻撃を仕掛けたものの、野盗共も本拠地を枕にしての背水の陣に追い込んでしまった故か想定以上の犠牲者が出てしまった。
だが、それでも念入りに敵地の情報や兵力、彼等がよく使う道などを念入りに時間をかけて調べ上げてからの戦闘であった為に勝利を収めることが出来た。
そして彼は野盗達を捕えた後に、村の他の者達の顔色を眺めた。
その中には大けがを負った者、家族を連れ去られた者、そしてこの戦闘で仲間が命を落とした者がおり、縛られた野盗達を見る目は憎悪と憎しみに染まっていた。
その様子を見て、ラハサァは心の中でほくそ笑んだ。
「よし、こいつらを処刑しろ」
野盗達の反応は様々だった。命乞いする者、諦めてうなだれる者、泣き叫ぶ者、そして呪詛の言葉を吐き捨てる者など様々だったが誰一人謝罪や反省の気持ちを示すものは居なかった。
処刑に反対する者もいたが村の者達が大勢犠牲になったこともあり、その声は小さかった。そもそもこの世界は油断をすれば命や財産すらも失ってしまう。
物と安全に恵まれた現代日本とは何もかも違う過酷な世界なのであった。
それを見て村の人間は復讐心や義憤を燃やして命乞いをする彼等を罵倒している。そんな様子をラハサァはどこか諦めたような眼差しで見つめていた。
(どの世界でも自分の事しか考えない輩の最期はやはり惨めだな)
所詮人間は自分の事しか考えていない。警察組織や軍隊の存在しないこの場所ではなおさらだ。人間は欲望に生きる、そしてカルマを積む。
生きているだけでも他者に迷惑をかけてしまうのが人という生き物が持つサガなのだから…
彼等を導くのが自分の役目なのだ。そして自らを頂点とした理想国家を築く、全ては人々の救済の為に…
そして、この頃の彼はほぼ討伐隊のリーダーに等しい役割を任されていて更に彼の教え子達も成長して従順な側近として付き従う程だった。
5年近くの時間をかけて彼は信頼と実績を積み、自身の基盤を固め、少しずつ地位を高め邪魔者を排除していった。
そして、野盗を壊滅させた功績を以てして名実と共に彼は村の有力者の一人として権力の戸口に立ったのである。
(そうだ、これこそ私が夢見ていた理想国家への第一歩なのだ…)
4人目の子が生まれるため立て直した立派な邸宅から眺める朝日の光を体中に浴び、ラハサァは自らの春を謳歌していた。
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