第五章 もうひとつの殺意、もうひとつの鈴

 車両間の通路、床に倒れていたのは、車内スタッフ・鳴海理沙。

 彼女は額から血を流し、手には“何かを掴もうとして滑った跡”があった。


 近くに落ちていたのは、再び──金の鈴。


 「怪異の襲撃……じゃない。誰かが押しただけ。鈴は、“偽装”よ」


 薫が袖をまくり上げながら、落ちていた鈴の紐を見せる。


 「この鈴、古い風鈴細工のタイプね。夜行桜の記念グッズで過去に配布されたもの。

 つまり、犯人は“列車に過去に乗った事がある”人物」


 白菊はふと、ふたりの記録ノートを開いた。


 そこには、永井宗一の名前がある。


 「永井さん、長年この路線を追ってるって言ってたよね。

 グッズも全部集めてるって……」


 薫は首を横に振った。


 「それだけじゃ動機が弱い。理沙さんが何かを見たのか……」


 ◆


 その日の夕刻。

 理沙が意識を取り戻したと連絡が入る。


 「……押された、っていうより……

 “誰かが、私を庇った”気がしたんです」


 理沙は小さく震えながら言った。


 「……女の人が見えた気がした。白い服で、金の鈴を……握ってた。

 “危ないって”って、引き戻された……気がする」


 白菊が小さく目を見開く。


 ──それは久我詩織だ。


 けれど、怨霊ではない。


 彼女は、理沙を守った。


 ◆


 その晩。薫と白菊は、相良美月を再び呼び出す。


 「──名簿から詩織さんの指示だって言ったわよね。それはどういう事は説明して。」


 沈黙。


 美月は視線を落とし、つぶやいた。


 「……彼女が、望んだの。

 “復讐の邪魔になるから、名を残さないで”って。

 私が怖気づいて止めたら、

 “あなたも殺す”って言われたのっ。」


 静寂。


 白菊が思わず、手の中のノートを握りしめる。


 詩織は、生きたまま“怪異”になっていた。


 母を殺した者を探し、列車に乗り、証拠を手にし、

 そして“記録から消されること”すら、武器に変えた。


 ◆


 その夜。


 白菊は、ひとり個室に戻って、夢を見た。


 ──そこは、夜行桜のデッキ。

 久我詩織が立っていた。

 風に白い衣が揺れていた。


 「……ありがとう、白菊さん」



 「君が……理沙さんを守ったの?」



 「……うん。

 でもね、まだ終わってないの」


 彼女は指を指す。


 列車の最後尾、特等車両。


 「“あそこに、本当の嘘つきがいる”。

 私が殺せなかった、あの人が……」


 目が覚めた白菊は、すぐに薫のもとへ駆けた。


 「薫ちゃん……詩織さんが、“最後尾の車両に犯人がいる”って……」


 薫はゆっくりと顔を上げる。


 「……“特等車両”、ね。

 乗客名簿には、一人しか登録されてないけど……」


 白菊の背中に、冷たいものが走る。


 ──まだ“誰か”が、名を偽っている。


 ──まだ“本当の殺人者”は、列車のどこかにいる。

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