第3話 喫茶店での心理戦
入った喫茶店は、常連しかいないような店だった。
比較的穏やかで、高級感がある。
ドリンクの値段も、大手チェーン店の倍はする。
「コーヒー、ブラックなんだね」
「あなたのように、甘いものを頼む気分じゃないんだ」
霜浦はカフェラテを頼んでいた。
「苦い気分?」
「言うまでもない」
肘をつき、手を組む霜浦。
「これからどうするつもりなんだい、幼馴染とは」
「単刀直入だな」
「余計な前置きなんて、くだらないだろう?」
「同感だな」
今後のこと、か。
染川とは、表面上別れていないよう、振る舞うつもりでいる。
実態としては、距離を取り、最低限どの関わりに留めておく。
「君は、幼馴染と距離を取る。そして、許嫁という関係を放棄する」
「そうなるな」
「すると、君は新たな許嫁候補を探す必要があるんじゃないかな」
「許嫁探しか。やるべきことかもしれない」
綺理学園での学校生活のなかで、将来の伴侶を探す者は少なくない。
優良企業の子女同士が、高校生のうちから良い関係性を構築していき、未来の糧とする。
そうした人脈作りの一環で、許嫁を探す者は少なくない。
「しかし、絶対ということもない」
「綺理学園に限らず、君はひくてあまただろうからね」
「お世辞はやめてくれ」
「本気だよ。湊人くんは絶世のイケメンだ」
「……」
「否定はしないんだね」
「したところで、君は言いがかりをつけるだろう?」
「へぇ、そこまでお見通しか」
許嫁、という言葉を霜浦は持ち出した。俺の容姿について言及した。
霜浦の意図が、うっすらと見えてくる。
飲み物が届く。空気が緩む。
コーヒーを一口流してから、俺は続ける。
「霜浦は、俺の許嫁を志願したいのか」
わずかに笑みが浮かんだ。
「単刀直入だね、湊人くん」
「君もそうだ」
「お互い様のようだね」
染川の破局から、すぐに許嫁を志願してきた。あまりにも早い。
「許嫁というのかな。君と付き合い、いずれ結婚したいんだ」
涼しい顔で、言い切った。
「霜浦、まずはそう言ってくれてありがとう」
「ちょ、ちょっと。さっそく断る流れなのかい?」
「破局の瞬間に偶然立ち会い、尾行先で即告白。怪しいにもほどがある」
「さすがは茂木グループの御曹司。リスク管理はバッチリだ」
「褒められたと思っておくよ」
幼馴染を信用していた俺への皮肉にしか聞こえない。
「当然、タダで許嫁候補を志願するわけじゃない」
「対価を差し出すと。もしカラダなんて口にしたら、話は即終了だ」
「私はそんな軽い女じゃない。安心してくれたまえ、もっといい対価がある」
指を組み替えて、手の上に顔を乗せた。
「――幼馴染への復讐」
ほぅ、と自然に声が漏れた。
「湊人くんは、裏切られ、コケにされた。かつての君は、幼馴染のよしみ、つまり深い愛情ですべて許していた」
「あぁ。いま思えば馬鹿げた話だが」
「その通りかもしれない。しかし、いまの湊人くんは違う」
「愛情のベクトルが逆転し、愛情は強い憎しみへと反転した」
霜浦は何度か小さく頷く。満足げである。
「君がいま、一番したいのは復讐。私にはその手伝いができる」
「俺はスムーズに復讐ができる。君はなにを得られる」
「君の婚約者候補として、茂木グループと接近できること。そして、美しい君のそばにいられることだ」
「あくまで利害関係、ということか……なるほどな」
ビジネスライクな関係だ。
そこに、本当の愛はない。
「面白い。面白いじゃないか」
いや、そもそも本当の愛なんて、ないのかもしれない。
誰しも、損得勘定をして生きている。
極端な話、もしも染川の性格や行動がそのまま、美貌を抜き去ったらどうか。
残酷だが、早々に距離を取っていたかもしれない。
悲しいかな、その可愛さや美しさのために、判断を見誤ってしまったと言えなくもない。
「乗ろう、その提案」
「話が早くて助かるよ。ますます好きになってしまいそうだ」
霜浦はカフェラテを口にする。表情が緩む。
「湊人くん。今回の場合、なにを復讐と考えているかい? ただ、ぎゃふんと言わせたいってだけじゃないだろう」
「復讐の定義か」
「ここを擦り合わせないと、認識のすれ違いが生まれるからね」
「染川の自信を土台からぶち壊すことだ」
「続けてくれたまえ」
「周りの人間に、染川に対する失望の念を抱かせる。それ以上に大事なのは、俺が染川から逃れられない、という幻想を砕くことだ」
染川の中には「湊人とは幼馴染だから」という一種の甘えがあるはずだ。
でなければ、なんのためらいもなく、乱れた性関係に堕ちることができたはずがない。
「徐々に人が離れていき、最終的に孤立する。落ちぶれて、助けてくれと許しを乞うた時、俺ははっきり言ってやるんだ」
「決め台詞かな」
あぁ、と返す。
「――いまさら頼ってこようと、もう遅い」
目指すべき場所は、見えた。
「復讐を終えたら、どうするつもりなのかな。本末転倒だけど、復讐はなにも生まない、と多くの人は言うみたいだからね」
これから、復讐だけに人生を割くのは、あまりにも勿体無い。
染川から離れたつもりが、逆に染川に対して貴重な時間を費やす羽目になるのだ。
「もちろん、単にスカッとするためだけの復讐じゃだめだ」
「なら、どうするんだい」
「幸せになるんだ。あるときから、俺の人生は染川に使い潰されてきた。本当の人生を、染川からの脱却を経て手にいれる」
そこまでして、本当の復讐なのだと思う。
「湊人くん。やはり、期待以上の人間だ」
「そういう霜浦も、かなり頭が切れるらしい」
「抜け目がないだけだよ。じゃなきゃ、家のなかで生き残れない」
霜浦が、俺の復讐に協力したいという気持ちは本物だ。
ウィンウィンの関係。
せっかく、一緒に闘ってくれる人が見つかったのだ。
できるだけ、力になってもらう。
利用し、利用されの関係でかまわない。
いまは、染川への復讐が第一なのだから。
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