第2話 家事とか無理

「じゃあ、まずは家の案内をしないとね」

アルジは、そう言って立ち上がると、猫のように伸びをした。そして、俺を手招きして、部屋の中央に呼び寄せる。そこから、突然に部屋紹介が始まった。


「まず、見て分かる通りここはダイニング。ご飯とかを食べるところだよ。あ、でも君、ロボットだよね。食事って採れるの?あ、でも最近のヤツはなんか野菜とか肉とかをエネルギーにできるんだっけ?え、めっちゃ発達って感じだね。そんなことより…」


アルジは、話していないと死んでしまうのかというくらいに饒舌だ。ちなみに、俺は未だに椅子の上から動けていない。なぜなら、先ほども言った通りこの椅子は俺には高すぎるのだ。別に怖いとかでは無いが、どうやって降りれば良いのか分からない。断じて怖い訳では無いが。


「おい、人間」

「人間⁉︎」

俺は足を重力に任せてぶらぶらと動かしながら言った。長ったらしいお喋りをやめたそいつは、心底驚いたという風に目を見開いている。


「人間はないだろ!人間は!名前で呼んでくれよ…」

「じゃあ、アル。もっと端的に説明してくれ」

アルジ、もといアルはちょっと不服そうな顔をしたが、わかったよ…、と言って黙り込んだ。邪魔がなくなった俺は、ゆっくりと辺りを見回した。そこそこの広さの部屋に、テーブルが一つと椅子が四つ。もしかして、こいつは一人暮らしじゃ無いのか?よく考えてみると、この家自体もそれなりに広そうだ。他にも家族とか、ロボットとかがいるのかもしれない。ダイニングテーブルの上にはよく分からないお菓子類やおそらく偽物だろう観葉植物などが乱雑に置かれており、生活感に溢れている。


次に、俺はキッチンを見やった。至って普通の台所のようで、冷蔵庫も付いているようだ。隣には食器棚があって、コップや皿が無造作に、けれども洗練されて並んでいた。

「君には、ここで食事を作ってもらいたいと思ってるよ」

いつの間にかキッチンの前に立っているアルが、くるくると指を回しながら説明する。

「え、俺料理したく無いんだけど」

「⁉︎」

アルは、本日二度目のショックを受けたようで元々大きな目を更に大きくする。

ちなみに、俺の先ほどのセリフには少し語弊がある。料理はしたく無いというより出来ないし、したく無いのは家事全般だ。


…何で俺はこいつの召使を了承したんだろう。早くも後悔しそうになるが、もっと後悔したいのはアルの方だろう。頭を抱えて唸っている。


「んー、分かった。とりあえず、今は案内を続けるね」

アルはそう言って回れ右をし、廊下への扉の方へと進む。

「あー、そうだな。でも、その前に…」

俺は、そんな彼を引き留めた。アルは怪訝な顔をして、茶色の短髪を煌めかせている。俺は、意を決して口を開いた。


「ここから降ろしてくれないか」



その後、俺は様々な場所を連れられた。

風呂やトイレ、玄関はもちろん、この家には和室まであるらしい。俺のデータによると、ここ百年で和室の数は減少を続けているので、かなり珍しいと言えるだろう。


更に、風呂には綺麗に磨かれた鏡があり、俺はそこで初めて自分の顔と対面した。背が鏡の半分ほどしか無いのは、きっと鏡が大きいせいだ。俺は、もっとよく見るために鏡に近づいた。肩の上で切り揃えられた純白の髪が揺れる。シロという名前の由来はこれなのだろう。そこに、緑色の瞳が輝いている。そして、首元にはロボットの象徴、バーコード。


一階の部屋を周り終わった俺たちは、階段を登る。この階段だって、最近では減ってきているはずだ。そういえば、床も踏み出すごとに小さく軋んでいるから、この家はかなり古いのかもしれない。半ばまで来た時、アルが俺に質問をした。


「君って、何処から来たとか覚えているの」

「…」

俺は、無言で首を振る。首を振るだけで否定が示せるなんて、便利な世の中だ。それはそうと、俺は本当にこれまでのデータが無かった。思い出そうとしても、記憶に靄がかかってしまったように不鮮明で、どこまでが現実なのか分からない。


「あー、やっぱり?そういえば、メモリーがだいぶ破損してたって博士も言ってたなー。俺、正直君はもう目を覚さないんじゃないかって思ってたよ」

「⁉︎」

そんな大事そうなことを何故最初に言わない!あと博士って誰だ!

「記憶は無いのに、言葉は話せるんだね」

「…インターネットに接続してあるからな。知識はお前よりずっと膨大にある」


そんな会話をしていたら、もう二階に着いてしまった。そうして、俺は見覚えのある部屋に戻ることとなった。そう、始めに俺が目覚めた部屋だ。当たり前だが全ての家具の位置は変わっておらず、俺に繋がっていた謎の機械も健気に『データの解析が終了しました』という文字を写し続けている。


「君の部屋はここだよ。ここに置いてある机とか棚とかは自由に使っていいし、服もクローゼットのものを勝手に取っていっていいよ。あ、でも資料には触らないでね。後…」

そこまで話した時、アルはピタリと止まってしまった。そして、あー!と、大声を出してある方向を指差した。そこには、例の謎の機械が鎮座していた。


「これ外しちゃったの⁉︎」

いや、だってその機械怪しいじゃないか。なんか洗脳されそうだし。

「どうしよう!博士に怒られちゃうよ!」

アルは、本気で焦った顔をしてあたふたしている。しかし、何とかなると思い直したのかすぐに立ち直ると部屋の説明に戻った。

だから、博士って誰なんだよ!


二階の部屋は、三つだった。俺の部屋、アルの部屋、物置部屋だ。いずれも、特筆すべきところはなく、一般的な家の内装だと言えるだろう。最後に、アルはくるりと振り返って、大きな目を俺に合わせた。


「部屋はこれで全部!何か質問ある?」

正直、部屋についての質問は…特にない。少し古いのが気になるが、それくらいだ。ただ、博士については色々と聞きたい。俺の破損したメモリーを直したのもそいつだろう。多分。もしかしたら、ここに住んでいるのかも。いや、それよりも…。触れてもいい話題なのか分からず、俺は逡巡する。いや、でも…。好奇心に従順に、俺は口を開いた。


「…お前、さっき、俺に初めて会ったとき…誰と話してたんだ?」


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