第5話 新たなる来訪者と、それぞれの思惑

翌朝、城は昨日とは見違えるほど活気を取り戻していた。目覚めた眷属たちが、それぞれの持ち場で動き回っている。廊下を歩けば、清掃をするゴブリンのメイドや、武術訓練に励むオークの騎士団の姿が見える。


「アレン! おはよう!」


朝食の準備をしていると、リリムが飛び込んできた。彼女は、昨日よりもさらに元気になっているように見える。


「おはよう、リリム。今日は気分はどうだ?」


「最高よ! みんなが目覚めてくれて、この城も賑やかになってきたもの!」


リリムは、満面の笑みを浮かべた。その笑顔は、まるで春の日差しのように温かい。


「しかし、魔王の眷属にゴブリンのメイドとはな……想像と違うな」


俺がそう言うと、リリムは首を傾げた。


「そうかしら? 眷属というのは、魔王の性質によって決まるものよ。私は争いを好まないから、平和を愛する眷属が多いの」


リリムの言葉に、俺は納得した。確かに、彼女から感じるのは、邪悪な魔力ではなく、どこか純粋で温かい魔力だ。


朝食を済ませた後、リリムは俺を連れて城の庭園へと向かった。そこには、色とりどりの花が咲き乱れ、小鳥たちがさえずっている。


「ここも、昔はもっと美しかったのよ。もっと色々な花があったし、泉ももっと澄んでいたわ」


リリムは、少し寂しそうに庭園を見つめた。


「じゃあ、ここも綺麗にするか?」


俺がそう言うと、リリムは嬉しそうに俺を見た。


「ええ! あなたが手伝ってくれるなら、きっとこの庭園も昔のように輝きを取り戻すわ!」


俺たちは、庭の手入れを始めた。俺が枯れた草木を抜き、土を耕し、リリムは不思議な歌を口ずさみながら、花に魔力を注いでいく。すると、みるみるうちに花が咲き、庭園は鮮やかな色彩を取り戻していく。


「アレン、あなたって本当にすごいわ! 何でもできるのね!」


リリムは、まるで子供のように目を輝かせた。その純粋な賛辞に、俺は少しだけ照れた。


「まあな。冒険者として色々やってきたからな」


その日の午後、城に新たな来訪者があった。城の門番を務めるドワーフの戦士が、慌てた様子で俺たちの元に駆け寄ってきた。


「リリム様! アレン様! 侵入者です! 人間が、この城に近づいています!」


「人間が?」


リリムは、驚いたように目を見開いた。魔王城の場所は、人間界からは隠されているはずだ。


「一体、誰が……」


俺は嫌な予感がした。まさか、あの連中が?


門番の報告を聞き、リリムと俺は城の最上階へと急いだ。そこには、魔王城全体を見渡せる大きな窓がある。窓の外を見ると、確かに城へと続く道を進んでくる人影が見えた。


その人影は、三つ。そして、その姿は、俺のよく知る人物たちだった。


「嘘だろ……」


俺は思わず呟いた。あのS級パーティ『暁光の剣』のメンバー、ライアス、リーファ、そしてシリルが、魔王城へと向かってきているのだ。


「アレン? どうしたの? 知り合いなの?」


リリムが、不思議そうに俺の顔を覗き込む。俺は、その問いに答えることができなかった。なぜ、奴らがここに? 俺を追放したはずの彼らが、なぜこんな場所に?


「まさか……俺を、連れ戻しに来たのか?」


俺の頭の中に、最悪の可能性がよぎった。もしそうなら、この魔王城での平穏な日々は、あっという間に終わってしまうだろう。


窓の外では、ライアスが剣を構え、警戒しながら進んでいる。リーファは回復魔法の準備をし、シリルは杖を構えていつでも魔法を放てるようにしている。まるで、魔王討伐にでも来たかのような厳戒態勢だ。


「リリム、聞いてくれ。奴らは……俺の元パーティの奴らだ。S級冒険者パーティ、『暁光の剣』」


俺がそう告げると、リリムの表情が固まった。


「S級冒険者……あの人間界で最も強いと言われる者たちね」


リリムの声には、どこか緊張の色が混じっていた。


「ああ。奴らは、俺を追放した。そして、今、なぜかここへ……」


俺は、どうすればいいのか分からなかった。奴らと戦うのか? それとも、逃げるのか? しかし、ここにはリリムがいる。彼女を危険に晒すわけにはいかない。


「アレン……」


リリムが、心配そうに俺の袖を掴んだ。その小さな手が、俺の心を締め付ける。


「大丈夫だ、リリム。俺が、お前を守る」


俺は、そう言い切った。たとえ、相手が元仲間であろうと、俺を追放した者たちであろうと、リリムを守る。それが、今の俺の、執事としての使命だ。


しかし、俺の決意とは裏腹に、リリムはどこか不満そうな顔をしていた。


「アレン、彼らは……」


彼女が何かを言いかけた、その時だった。城の扉が、轟音と共に吹き飛ばされた。


「魔王! どこだ!?」


ライアスの怒声が、城中に響き渡った。

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