第3話 前編:かぐや姫月光幻影

 ✅第一章:霧の誘い


 日本の山奥、鬱蒼とした森の奥深くに、迷い人を呑み込む「マヨイガ」があった。古びた日本家屋は、昼間はただの廃屋に見えるが、夜になると提灯の明かりが揺れ、まるで生き物のように人を誘う。だが、この家に入った者は二度と元の姿で戻れない。マヨイガは人の記憶を喰らい、魂を赤子に還すのだ…



 かぐやは、銀色の瞳と星屑のような黒髪を持つ、20歳の宇宙探索隊員だった。

 彼女の美しさは、まるでこの世のものとは思えないほどだった。彼女の故郷は遠い星系にあり、地球には先祖が残した「オーパーツ」を回収する任務で降り立っていた。


 彼女の恋人、マンメは同じ探索隊の仲間で、陽気で情熱的な男だった。二人は月の裏側にある前哨基地で何度もデートを重ね、愛を育んだ。「かぐや、地球ってさ、青いだけじゃなくて、なんか…心を掴むよな」


 マンメは基地の窓辺で、地球を眺めながら笑った。かぐやは彼の横顔を見つめ、そっと手を握った。


「うん。でも、私たちの星も綺麗だよ。いつか一緒に帰ろうね、マンメ」

 その約束は、二人にとって何よりも大切なものだった。ある日、かぐやは単独で日本の山奥を調査中、濃い霧に包まれた森に迷い込んだ。道は消え、通信機の信号も途切れた。


「…ここ、どこ? なんか変な感じ…」


 彼女の前に、突然、古い家屋が現れた。提灯の明かりが揺れ、まるで彼女を呼んでいるようだった。


「調査しないわけにはいかないよね…マンメなら『行け!』って言うだろうし」


 好奇心と使命感に駆られ、かぐやは戸を開けた。瞬間、冷たい風が彼女を包み、頭の中に囁きにも似た声がどこからか漏れ聞こえた。



 ✅第二章:記憶の霧


 家の中は不思議なほど清潔だった。

 畳の香りが漂い、壁には古い掛け軸が揺れている。だが、かぐやが一歩進むごとに、頭がぼんやりしてきた。


「…あれ? 私、なんでここに?」


 彼女はポケットから通信機を取り出そうとしたが、手が震えて落としてしまう。画面には、マンメからのメッセージが点滅していた。


「かぐや、どこだ!? すぐに戻れ、危ないぞ!」


 だが、その文字を読む前に、彼女の意識は霧に飲み込まれた。マヨイガは静かに、貪欲に、かぐやの記憶を吸い取っていった。20年間の人生、宇宙船での訓練、仲間との笑い声、マンメとの初めてのキス…すべてが薄れていく。


「マンメ…誰…?」


 かぐやの声は弱々しくなり、彼女の体は縮み始めた。髪は短くなり、瞳は無垢な輝きを取り戻し、ついには赤ちゃんの姿に還った。彼女の意識は闇に沈み、マヨイガは満足げに静寂を取り戻した。その夜、森の外でマンメがかぐやの通信機を見つけた。


「かぐや! どこだ、答えてくれ!」


 彼は必死に森を駆け回った。木々の間を縫い、霧を掻き分けたが、マヨイガはすでに姿を消していた。探索隊の規則は厳格だった。一定時間内に仲間を見つけられなかった場合、帰還が優先される。


「くそっ…かぐや、俺は絶対にお前を見つけ出す!」


 マンメは涙をこらえ、宇宙船に乗り込んだ。だが、彼の心は決まっていた。

「月の前哨基地で待つよ、かぐや。絶対に帰ってこいよ」

 彼の声は、宇宙の静寂に溶けていった。



 ✅第三章:竹林の赤子


 翌朝、竹林の奥で老夫婦が小さな赤子を見つけた。

 夫の作蔵と妻の美津は、山で竹を切る仕事をしていた。

 赤子の目は星のように輝き、まるで天からの贈り物だった。


「作蔵さん、みて、この子…なんて綺麗な目をしてるんだい」

 美津が赤子を抱き上げると、赤子は不思議な笑みを浮かべた。


「うむ…まるで竹から生まれたみたいだな。名前は…かぐやにしよう」

 作蔵はそう呟き、美津も頷いた。


「かぐや、か。いい名前だね。うちの子として育てよう」


 二人はかぐやを我が子のように育て始めた。かぐやは驚くべき速さで成長した。わずか数年で10歳になり、さらに数年で絶世の美女へと変わった。彼女の美しさは村中に広まり、人々は「竹から生まれた姫」と囁いた。


 だが、かぐやの心には説明できない渇望があった。


「美津さん、月を見ると、胸が苦しくなるの。誰かが…私を待ってる気がする」

 かぐやは竹林の縁で月を見上げ、涙を流した。美津はそんなかぐやを優しく抱きしめた。


「かぐや、そりゃあ不思議な気持ちだね。でも、いつか答えが見つかるよ」

 かぐやは頷いたが、心の奥では、月への強い衝動が燃えていた。



 ✅第四章:求婚の嵐


 かぐやの美しさは都中に広まり、貴族たちが次々と求婚に訪れた。彼らは金銀財宝や珍しい品々を手に、かぐやの心を掴もうとした。


「かぐや姫、わしの愛は山より高い! この黄金の冠を贈るぞ!」

 ある貴族、源頼政が胸を張って言った。


「…ありがとう、頼政様。でも、私が欲しいのはもっと特別なもの。たとえば…『火鼠の皮衣』は持ってる?」


 かぐやは微笑みながら、まるで冗談のように言った。

 だが、彼女の心の奥では、火鼠の皮衣がただの伝説ではないことを感じていた。それは、彼女の先祖が地球に残したオーパーツの一つだった。


「火鼠の皮衣? そんなもの、どこに…」


 頼政は困惑したが、かぐやの笑顔に負け、探しに出かけた。

 別の貴族は「蓬莱の玉の枝」を求められ、また別の貴族は「龍の首の珠」を要求された。


 かぐやは知っていた。

 これらの宝物は、地球に散らばった宇宙トラベルの鍵なのだ。記憶は失われていても、彼女の魂には先祖の知識が刻まれていた。


「これを集めれば…私は月へ帰れる。マンメが…待ってる」


 彼女はそう呟き、満月を見上げた。

 だが、マンメの顔は思い出せなかった。

 ただ、胸の奥で熱い想いが燃えていた。



 ✅第五章:マンメの孤独


 月の裏側にある前哨基地。

 そこは、冷たい金属と静寂に支配された場所だった。マンメは一人、基地の窓から地球を見つめていた。


「かぐや…お前はどこにいるんだ?」


 彼は通信装置を叩き、地球に向けて信号を送り続けた。

 だが、返事はなかった。基地の壁には、かぐやと撮った写真が貼られていた。月のクレーターを背景に、二人で笑い合う姿。


「覚えてるか? ここで初めてキスしたよな。

『月より綺麗だ』なんて、ベタなこと言っちゃったけど…」


 マンメはメモリーペンダントの中のかぐやに触れ、涙をこぼした。


「俺は待つよ。100年でも、1000年でも。かぐや、お前は絶対に帰ってくる」

 彼の声は、宇宙の果てに響いた。



 ✅第六章:星の羅針盤


 ある夜、かぐやは夢を見た。

 銀色の宇宙船が月に向かって飛び立つ光光景。そして、男の声が響く。


「かぐや、俺は待ってる。月の前哨基地で、ずっと」


 目覚めたかぐやは、胸に熱いものがこみ上げた。

「マンメ…あなた、誰? でも、私、知ってる…会わなきゃいけない!」

 彼女は作蔵と美津に相談し、竹林の奥へ向かった。


「作蔵さん、美津さん、私、なんか呼ばれてる気がするの。竹林の奥に…答えがある」


「かぐや、気をつけな。変なところに行くんじゃないよ」作蔵は心配そうに言ったが、かぐやは笑顔で頷いた。竹林の奥で、かぐやは光る竹を見つけた。


「あった、これよ…私の記憶が教えてくれる。この中に、答えがある!」


 竹を切り開くと、中から「星の羅針盤」と呼ばれる小さな装置が出てきた。それはオーパーツの一つで、宇宙トラベルの座標を指すものだった。


「これがあれば…月へ行ける!」


 かぐやは羅針盤を握りしめ、満月を見上げた。彼女の心は、遠い恋人への想いで溢れていた。


 <続く>

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