Day14 浮き輪

 勇者と魔王の戦いが全て終わった頃には、全てが消えていた。人や動物はおろか、それこそ世界が跡形もなく消えていた。

 壮絶な戦いだった。互いが限界を超えても尚、相手を倒さねばと執念を燃やしていた。双方の力の差はわずかだったと言える。しかし、その差を大きく押し広げたのは目的の違いだった。

 魔王はもはや勇者を倒すことを目的とし、それ以上のものを望まなかった。一方、勇者は魔王を倒した後の平和な世界で生きることを目的としていた。どちらがより貪欲であったか、勇者の切っ先が魔王の首を捉えた瞬間、魔王はそれに気づいたが全てが遅く、そして全ては消えていた。

 靄のような意識の中で勇者は「まいった」と呟く。少なくとも何かを考えられる頭と五感は残っていたが、自分の体と世界は消えていた。

 泥のような暗黒が眼下で渦巻き、渦の筋に沿って時折火花が散っている。いつか見た流れ星のようだったがきっと星ではない。

 守りたかったものは消えた。あまりにもさっぱりと消えてしまったので、絶望するより先に「まいった」としか言えない。渦に引き込まれようとしている自分さえ消えてしまいそうなのだから、自分だけ残った、という後悔も薄い。

 いつかはあの渦の中に入るのだろうかと漂っていると、ふっと何かがその動きを止めた。意識の下に蛇がいる。勇者が気づくと蛇はゆっくりと自分の尾を噛んで浮き輪のような形になった。

──乗れと?

 意識を浮き輪に乗せると渦の引力を感じなくなり、すっと暗黒の上に浮かべるようになる。

──これは……なんだろう。休みのような。休暇のような。幼い頃の夏を思い出す。

 勇者はふう、と世界の終わりと誕生の狭間で一息ついた。

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