Day3 鏡

 あれ、あれ、と同僚の蒔田が首を傾げているので、見かねた三好は「どうした」と声をかけた。蒔田は頭をかきながら「おかしくなった」と振り返る。その向こうでは棒立ちの上半身だけの擬人が一体。

「どこが?」

 ハトバ重工新規研究室──人の代わりに動く人のような「物」を擬人と呼称し、日常の風景に彼らが歩くことを推し進めた一企業の花形部署と言うには程遠い、会議室に毛が生えた程度の広さにぎっしりと機材を詰め込み、その隙間に主任研究員として放り込まれたのが三好と蒔田の二人である。

 中学から大学院にかけてのオタク同士が仲良く手を組んで入社というわけでも、ライバルというほど健康的でもなく、たまたま入った先で顔を合わせて「またこの顔と」と呻いたのが最初だった。

 どうにかして日々に新鮮な空気を、と知識と性癖を総動員して作りあげた「第三の研究員」。ようやく別の顔も拝める、と一安心したところで上司に見つかり、擬人として公表、販売、創造主として打って出ようとした彼らの代わりに広報と営業が表の顔として脚光を浴びた。

 反骨精神に火がついた二人はせっせと擬人のアップデートに努め、今度こそ誰にも盗られない「第三の研究員」と作ろうとしている。

「誰にも盗られない擬人を作るんだろ。俺たちは第三の研究員を作ろうとして、こちらの意図を汲んで自ら行動し、人間には決して危害を加えない博愛精神を宿したものを作った。そしたらあのざまだ」

 三好が指さした先のテレビでは今度リリースされる家族型擬人の広告が流れていた。人気の俳優を使ったそれはたちまちに話題となり、SNSでも評判を呼んでいる。

「だから、今度は意図を汲んで自ら行動しない、人間にも危害を加えることがある、博愛精神は薄味の擬人を作る。つまり真似るだけのポンコツだ」

 蒔田が行っているのはAIを組み込んだ擬人が、蒔田の意図を予想して行動するか否かの検証である。もし予想した行動を取ればそれは違う、とAIを正さなければならない。

「見た感じ、お前はおかしい、と思って首を傾げている。通常の擬人ならそこへどうして、とか困った、とか同調するような行動を見せるはずだ。それが見ろ、棒立ちだ。同調も自律の行動もない。見事なポンコツだろうが」

 蒔田はむっとした表情になる。

「失礼な。だってこれはうちの家族の態度と一緒だ」

 そういえば、蒔田の家はなかなかに難しい家庭だったことを思い出して三好は額に手を当てる。人は鏡というが、この場合蒔田が擬人の鏡になったのだろうか。

「悪かった。とりあえずコーヒーでも飲むか。買ってきてくれ」

「普通は勧めた奴が買ってくるんだろ……」

 ぶつくさ言いながら研究室を出ていく蒔田を見送った後、三好はポンコツ擬人のAIをこっそり調整し直した。「これでいいか」と小さく息を吐くと、擬人は「どうかな」とばかりに肩をすくめてみせた。

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