第三話 新たな誘惑

 それから三日が経った。


 裕也は大学を休み、部屋に引きこもっていた。厚手のパーカーを着込んでも、胸の膨らみは隠しきれない。鏡を見るたびに、自分の体に違和感を覚える。当然、学校などいけない。


「このままじゃ、まともに生活できない……」


 シャワーを浴びる時が一番つらかった。胸に触れる度に、女性特有の感覚が体を駆け抜ける。どうやら、形だけでなく感覚も女性そのものの胸になってしまったようだ。


「……リリスのおっぱい、って事だよな。彼女の胸もこんな立派で綺麗な――」


 などと思ったのも初めだけで、やはり自分に付いていてはエロくもなんともない。


「くそ…、どうすれば……。でも、寿命十年は……」


 現在二十歳。平均寿命を八十歳とすれば、あと六十年。すでに十年減っているので五十年。この胸を戻すとなると――あと四十年。つまり、六十歳で死ぬことになる。


「六十歳か……」


 結婚して、子供を育てて、孫を見ることもできるかもしれない。でも、定年を迎える前に死んでしまう。


「いや、そもそも、この胸のままじゃ結婚も無理か……」


 誰が、男なのに女性の胸を持った相手と結婚してくれるというのか。いや、ジェンダーフリーの今の時代なら、そんな変わった趣味の女性も……


「いやいやいや、そんな女性がいても、気が合うとはとても思えない……」


 三日間、そんなことを何度も何度も考え続けたが、答えは出ない。



 結局――



「もう一度、リリスに相談してみよう」


 裕也は床に魔法陣を広げ、カッターで指を切った。血を一滴垂らすと、すぐに光が部屋を満たした。


「おや、決心がついたのか?」


 現れたリリスは、前回と同じ格好だった。豊満な胸を強調するビスチェ、くびれた腰、艶やかな太もも。思わず見とれたかが、今はそれどころではない。


「実は、その、相談があって……」

「相談?」

「他に方法はないんすか? 寿命を削られずに、その、これ、元に戻す方法」


 悠斗が自らの胸を指して尋ねる。だが、即座にリリスは首を横に振った。


「ない。悪魔との契約は絶対だ。等価交換が原則」

「等価交換……」

「そうじゃ。お前はその胸を手に入れた。その代償として、寿命十年を支払った。それを取り消すなら、さらに十年が必要。そういう事だな」

「でも、おかしくないですか?」


 裕也は必死に食い下がる。


「俺は酔っぱらっていて、まともな判断ができない状態だった。そんな状態での契約が有効なんすか?」

「悪魔の契約に酔っぱらいは関係ない。私を呼び出し、願いを言って、それを叶えた。それが全てだ」


 リリスはにべもなく答え、肩をすくめた。その拍子に豊満なバストがぷるりと揺れるのを悠斗はじっと見つめ、ぐっと拳を握った。


「うぐっ…、確かにそのおっぱいが欲しいと言った、気がする。でもそれは、自分の体に欲しいというわけじゃなくて、その、こう、揉んだり、舐めたり、その……」


 今にもリリスの胸に掴みかからんばかりの様子で裕也が弁明する。すると、リリスが、


「ほう…、では、私が勘違いをした、そう言いたいのだな」


 声のトーンを落として、怖い目で睨んでくる。


「え、それは…、そうでしょ。だって、男と女があのシーンで、おっぱいが欲しいと言ったら――そういう、エロい意味じゃないですか」

「知らんな。私は人間のメスではないのでな」

「えー、それはないでしょ。――だったら、そのおっぱいは、何ですかぁ?」

「私のおっ、胸がどうしたというのだ?」

「だって、俺が欲しいといったのはそのおっぱいですよ。なのに何でまだそこにあるんですか?」

「な――」


 裕也の言い分に言葉を詰まらすリリス。それを見て、裕也はここぞとばかりに畳みかけた。


「本物がまだそこにあるんだから、この俺のおっぱいは、コピー、偽物ばったもんですよね。そんなものの為に、寿命十年も取るんですか? ぼったくりだぁ!」

「うっ――、うるさぁい!」


 リリスがキレた。


「黙れ、この下郎! 私を誰だと思っている。悪魔だぞ、悪魔! 人間ごときのくだらない言い分をいちいち聞いてられるか! 契約は、契約だ。キャンセルはできん! 元に戻したかったら、素直に十年の寿命を差し出せ!」

「あ、いや、その…、だから、そこをどうにかできないかと――」

「わかった。じゃあ、私は帰る。死ぬまでそのままでいろ!」


 リリスがくるりと踵を返し、裕也に背を向ける。プリっとしたお尻から、細長い尻尾が生えているのが見えた。


「あっ、待って!」


 裕也が思わずその尻尾をつかむ。


「いやんっ!」


 リリスの口から色っぽい悲鳴が漏れ出た。裕也は、ハッとなり、尻尾から手を離す。


「この――乙女の尻尾を無遠慮に掴むとは……、死にたいようだな、お前」


 必殺の光線が出るのではないかというほどの鋭い目を向けられ、悠斗は思わず後ずさった。


「あ…、ごめんなさい。すみません、わざとじゃないんです。つい目の前にあったから……」

「……まあいいい。お前の必死さは、わかった。だから、一つ、耳よりの提案をしてやろう」


 リリスの口元がニヤリと歪む。まさに悪魔の微笑み。


「私とパートナー契約を結ぶないか?」

「パートナー契約?」

「ああ、簡単に言えば、お前が私の下僕になるってことだ。ふふ、そうすれば、望み通り、元の体に戻してやるぞ。どうだぁ?」

「あ、いや、それは、その……」


 さすがに悪魔の下僕になるなどという提案に即座に返事できるわけがない。口ごもる裕也を、悠然と見下ろしていたリリスだが、


「まあいい、三日の猶予をやろう。三日後の晩、再び私を呼び出せ。その時、答えを聞く。――じゃあな、人間」


 そう言うと、黒い翼を広げ、ふわりと宙に浮いた。


「あ、待って……」


 反射的に手を伸ばした裕也の目前で、その姿が宙に消える。


「あ、ああ……」


 裕也は途方に暮れた様子で、何もない空間を見つめ続けた……


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