俺と悪魔とおっぱいと

よし ひろし

第一話 目覚めの異変

 ――頭が割れるように痛い


 田中裕也たなか ゆうやは、まるで建設現場のドリルが頭蓋骨を貫いているかのような激痛に顔をしかめながら、重いまぶたを開けた。天井のLEDが容赦なく網膜を刺激し、思わず手で目を覆う。


「うぐっ……」


 口の中は砂漠のように乾き、舌がざらざらと不快だった。昨晩は相当飲んだらしい。大学のオカルト研究会の先輩たちと繁華街を梯子したところまでは覚えているが、その後の記憶は曖昧だ。


 体を起こそうとして、裕也は違和感を覚えた。


 ――胸に、妙な重みを感じる


「ん…?」


 寝ぼけているせいだろうか。シャツの上から胸を触ってみると、確かに何かが膨らんでいる。しかも、その膨らみは思いのほか大きく、柔らかい。


「は――?」


 裕也は慌ててシャツをまくり上げた。そして、目を大きく見開いた。


 ――おっぱい?


 そこにあるのはは、見事に発達した女性の胸……


「うわあぁぁぁあぁーーーぁっ!」


 言葉にならない叫び声を上げながら、裕也は慌てて両手で胸を確認する。間違いない。これは紛れもなく女性の胸だ。それも、Gカップはありそうな立派なサイズ……


「なんで? なんで俺に、おっぱいがぁーっ!?」


 パニック!


 裕也は、なにがなんだかわからなかった。ただ、一つ、気になることがあり、慌てて下半身を確認した。パジャマのズボンを下ろして覗き込む――


「あった……よかった、あった……」


 そこには変わらず自分のモノがついていた。

 安堵の息を漏らしながらも、裕也の混乱は深まるばかりだ。上半身は女性、下半身は男性。いったい自分の体に何が起きているのか?


「おかしい、これは絶対におかしい……」


 裕也は震え声でつぶやきながら、再び胸を見下ろした。夢なら覚めてほしい。しかし、胸の重みも、触れた時の感触も、どれも現実そのものだった。


「昨日の夜、何があった……?」


 記憶を辿ろうとしたが、二日酔いの頭痛がそれを邪魔をする。


「くそ……、ん?」


 そこで、裕也の目に、床に落ちている紙切れが映った。A4サイズほどの白い紙に、黒いインクで複雑な図形が描かれている。


「これは……」


 慎重に紙を拾い上げる。円形の中に幾何学的な模様が組み合わさった、見るからに怪しげな図形。そして、その図形の一部には、赤茶色く変色した染みがついていた。


「魔法陣……?」


 その瞬間、記憶の断片が蘇ってきた。



 ――昨夜、いつものように研究会の仲間たちと居酒屋を何軒か回った。三年生の武田先輩が、どこからともなく持ち出してきた古い本。そこに挟まれていたこの紙を見せながら、酔っぱらった勢いで語っていた先輩の声。


「これはな、悪魔を呼び出す魔法陣らしいぞ」

「またまた、武田先輩ったら」

「本当だって! 血を垂らすと悪魔が現れるんだと」

「はいはい、オカルト研究会らしいお話ですね」


 みんなで笑いながら、結局その紙を裕也が受け取ったのだった。それで、帰り道に――



「あっ!」


 裕也は左手を見た。手のひらに、擦り傷の跡がある。そうだ、昨晩帰る途中で転んだのだ。酔いすぎてふらついて、アスファルトの路面に手をついた時にできた傷……


 血……魔法陣……


「まさか――!?」


 裕也は恐る恐る魔法陣を見つめた。赤茶色く変色した染みは、確かに血のようだった。


「俺の血か? いや、そんなこと…、あるはずない、悪魔なんて……」


 そうつぶやく裕也の声は震えていた。オカルト研究会に所属しているとはいえ、実際に超常現象を信じているわけではない。そのバカらしさを楽しんでいる口だ。それでも、この状況は――


「でも……もしかして……」


 裕也は魔法陣を床に置き、しばらく見つめていた。もしも、本当にこの魔法陣に力があるとしたら。もしも、昨晩、何かが起きて、その結果がこの巨乳だとしたら……


 ――記憶にない時間に、何があったのか?


「確かめてみるしかない……」


 裕也は立ち上がると、キッチンに向かった。引き出しからカッターナイフを取り出し、手のひらの傷の近くに小さく刃を当てる。


「痛っ!」


 小さな傷から、赤い血が滲んできた。


 裕也は魔法陣の前にしゃがみ込み、震える手で血を一滴、図形の中央に垂らした。


 ぽたり……


 落ちた血が、紙に染み込む。直後、魔法陣が光り始めた!


「え……」


 思わず後ずさりする裕也の前で、魔法陣から不思議な光が立ち上り、部屋全体を包み込んでいく。空気が震え、何か巨大な存在が現れようとしている気配を感じた。


「うそ…だろ……」


 つぶやいた裕也の声は、光の中にかき消されていった……


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