第1章「断罪の薔薇は枯れず」

 シャンデリアの光が宝石のように降り注ぐ、王立学園の卒業舞踏会。誰もが新たな門出を祝い、希望に満ちた笑顔を浮かべるその場所で、私の人生は音を立てて崩れ落ちた。


「アリシア・フォン・ローズベルク! 貴様との婚約を、この場を以て破棄する!」


 声の主は、私の婚約者であるエドワード王太子。彼の隣には、今にも泣き出しそうなか弱い表情でしなだれかかる、異母妹のリリアナがいた。エドワードの金色の髪が、怒りで逆立っているように見える。


「エドワード殿下、それはどういう……」

「白々しい!」


 私の言葉は、彼の怒声に遮られた。彼はリリアナの肩を抱き寄せ、集まった満場の貴族たちに向かって高らかに告げる。


「皆も聞いてくれ! この女は、その嫉妬心から、天使のように心優しいリリアナを日夜いじめ抜いていた! 教科書を破り、ドレスを汚し、ついには階段から突き落とすなどという蛮行にまで及んだのだ! このような悪女を、未来の王妃として迎えるわけにはいかない!」


 ざわめきが、波のようにホールに広がる。突き刺さるような視線。囁かれる侮蔑の言葉。身に覚えのない罪状が、次々と並べ立てられていく。私が反論しようと口を開くたびに、リリアナが「お姉様、もうやめてくださいまし……私が我慢すればよかったのです」と儚げに涙をこぼし、私の言葉を封じた。茶番だ。あまりにも見え透いた芝居に、吐き気すら覚える。


 そして、追い打ちをかけるように、父であるローズベルク公爵が糾弾の列に加わった。

「アリシア、お前という娘は……! 我が家の恥だ! 王家への反逆にも等しいこの罪、万死に値する!」


 信じられない。実の父までもが、私ではなくリリアナの嘘を信じるというのか。いや、違う。父は、王家との繋がりを絶たれぬよう、私を切り捨てたのだ。ローズベルク公爵家の体面のために。


「よって、アリシア・フォン・ローズベルクを全ての地位から追放し、平民として王都から追放することを命じる! そして、私の新たな婚約者として、リリアナ・フォン・ローズベルクを迎えることをここに宣言する!」


 エドワードの言葉に、貴族たちから歓声が上がった。祝福されるリリアナと、嘲笑の的にされる私。世界が、ゆっくりと色を失っていく。悔しさで唇を噛みしめると、鉄の味がした。

 涙など、流すものか。ここで泣けば、奴らの思う壺だ。

 私は背筋を伸ばし、唇の端に、かすかな笑みを浮かべた。精一杯の、最後の意地だった。


「――承知、いたしました」


 その声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。

 この日、私は全てを失った。名前も、地位も、家族も、未来も。

 だが、心の中で燃え盛る、たった一つのものだけは失わなかった。


(見ていなさい、エドワード。リリアナ。そして私を見捨てた全ての人間よ)


 断罪の薔薇は枯れない。いつか、この棘でお前たち全員を貫いてやる。

 心の中でそう誓い、私はたった一人、光り輝く舞踏会を背にした。

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