第8話 非常事態

彼らの穏やかな時間は、唐突に終わりを告げた。

湖が食事を終え、一息ついた時だった。彼女が大切にしている海苔の缶、その中に厳重に保管されたONGR機密データが内蔵されたUSBメモリが、一瞬の不注意でテーブルから転がり落ちた。

カラン、と乾いた音を立てて床に落ちたUSBメモリを、好奇心旺盛なトマトが反射的にパクリと飲み込んだのだ。


「ん?!」


湖の目に、信じられない光景が映った。彼女の顔から一瞬にして血の気が引く。


「トマト!」


叫び声がアパートに響き渡る。


「咲さん!猫が飲んだわ!」


湖がトランシーバーを握りしめ、相棒である咲川に必死の形相で叫んだ。咲川はすぐさま応じる。


「ホワット?! 落ち着け、どこにいる?!」


「トマトが!USBメモリを飲み込んだの!ONGRの機密データが入ってる!」


湖はテーブルを乗り越え、呆然としているトマトに駆け寄る。しかし、トマトは状況を理解しているはずもなく、満足げな顔でぺろりと舌を出していた。


「まさか……!」


咲川の声に焦りの色がにじむ。


「すぐにそっちに向かう!絶対に目を離すな!もしあのデータが外部に漏れたら、最悪のシナリオだ!」


湖は床に散らばった海苔の破片も気にせず、トマトの小さな体を抱き上げる。彼の喉元に手を当て、そっと探るが、既にUSBメモリの感触はない。


「くっ!」


湖は歯噛みする。

ちょうどその時、アパートのドアが勢いよく開く音がした。咲川が息を切らせて駆け込んできた。


「トマトを捕まえろ!吐かせるぞ!」


咲川の言葉に、トマトは初めて事の重大さを察したのか、あるいは彼らの剣幕に怯えたのか、湖の腕の中から飛び降り、身を翻してキッチンからリビングへと駆け出した。


「待ちなさい、トマト!」


湖と咲川は、機密データを飲み込んだ小さな影を追って、静かだった中東の湖畔のアパートを、緊迫した追いかけっこが始まった。この小さな体の中に、世界の命運を左右するデータが眠っているとは、誰が想像できただろうか。彼らは、あのUSBメモリを取り戻すためなら、どんな手も使うだろう·········。

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