3-5

◇◇◇


 まだ中学に入学して二日目か、三日目だったと思う。

 よく晴れた朝、あの事件は起きた。


 角を曲がればそこはもう学校というところまで来て、聞こえてきたのは車の激しいブレーキ音だった。

 そのすぐ後、ドンッと響く鈍い音が響き渡る。

 不穏な音に、怖くて身を竦めた。

 聞きなれないその音に心臓が早鳴る、一体何が起きたの?

 恐る恐る足を進め角を曲がると、皆がざわざわと一方向を見ている。

 皆が見ているその先に目を向けたら、黒い小さな塊が道路に落ちていた。

 遠巻きにそれを見て、目を反らしたうちの中学校の生徒たちは、何も見なかったようにして学校へと急ぎだす。

……あれ? 黒い塊が動いてる?

 ヒクヒクと動いてる、まさか生き物なの?

 そうか、動物が車に撥ねられたんだ!!

 さっきの急ブレーキの音と、その後に聞こえた鈍い音の正体に寒気がした。

 轢いた車はとっくに走り去ってしまって、でもまだその黒い生き物は道路の真ん中にいる。

 次の車が来たらペシャンコになるのは目に見えてるのに、誰も怖がって動こうとしない。

 どうしよう、誰か助けて。

 見回しても誰かが助けに行く気配もない中、向こうからまた車が走ってくる音に、夢中で駆け出した。

 抱き上げて道の端へと移動して腕の中を見下ろすと、それは血だらけの黒猫だった。

 震えながらも目を閉じたままで息苦しそうに、だけどまだ生きている。

 慌ててジャケットを脱いでその子を包むように抱いた。

 周りを見渡したけれど、やはり皆見て見ぬふりだ。

 自分で何とかするしかない。

 でも私この辺りの地理がまだよくわかっていない。


「あの、この辺りに」


 動物病院はないですか? と声をかけようと近づくと、


「こっち来んなよ、怖っ!!」


 まるでバイキンを見るような目で皆走り去ってしまう。

 そんな中で猫もどんどん息遣いが荒くなっていくのを感じ、焦りまくる。

 どうしよう、誰か、ねえ、お願い!!

 この子を助けて下さい、お願い……。

 立ち止まり途方に暮れて、どうしよもなくなった、その時だった。


「ちょ、貸せ」

「え?」


 後ろから声をかけてきた同じ学校の制服を着た男の子が、私のジャケットごと子猫を抱き上げて学校に背を向けて早足で歩きだす。


「あ、あの待って!!」


 ずんずんと無言のまま先を急ぐ彼の後を慌てて追いかけた。 

 彼が早足で歩いた先にあったのは小さな動物病院だった。

 猫を見た若い男の獣医さんは、慌ててその子の治療に入ってくれるという。


「う~ん……、ちょっと、ね、難しいかもしれない。手術はしてみるけどね、君たちはこの子の飼い主?」

「いえ、そこではねられたのを拾っただけなんですが」

「そっか……まあ、学校終わったら二人供またおいで。結果だけでも知りたいでしょ?」


 はい、と頷いて祈るように先生を見上げると。


「全力は尽くすから」


 と約束してくれたことに安堵し、私たちは急いで学校へと向かう。

 獣医さんに運んでくれた男の子もまた同じクラスの子なのを、私はその時初めて知る。

 教室まで一緒に向かい、遅刻となってしまった彼と共に私も後に続く。

 猫の血が白いシャツにもジャケットにもついていて、私が教室に入った時は教室中がざわついた。

 私の姿を見て一瞬悲鳴を上げる子もいた。

 先生にはちゃんと事情を話したけれど、怪訝そうな顔をしてジャージに着替えてくるように、とだけ伝えられた。

 休み時間に動物病院に連れて行ってくれた彼に、「ありがとうございました」と話しかけたけれど、「別に」とそっぽ向かれちゃうし……。

 ふと気付いたら、その男の子だけじゃなくてその日クラスの子たちとは誰とも話してなくて、ポツンと一人。

 まあ、まだ入学してすぐだもんね、と無理やり思い込んだ。



◇◇◇

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